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DISERD  作者: 桜木 凪音
39/44

Extra Chapter*読み切り 「フライテリアの休日」

時系列で言うと第一部終了後~第二部開始前のお話になります。

ちょっと長めの読み切りです。

 此処はエンプロイ。ディザード大陸の北部への入り口だ。

 レンガで築かれた店が建ち並び、普段は見られない三角形の旗が、あちこちにはためいている。

「うっへぇ~、今回は随分と度派手にやるんだなぁ~」

 明日は盛大な秋祭りが行われる。数日前から外との交流を遮断し、エンプロイでは店と店が手を取り合って準備を行っていた。

「こんな辺境に回ってくることは滅多にないからだろう」

 ディザード大陸では街々が交代に四季の祭りを開催している。今秋はエンプロイが主催というわけだ。

「ディオウ、今日は堂々と街歩けるなっ」

 金髪の少年は隣を歩いている純白の獣に笑顔を向ける。

「街の住人しかいないからな。で、アズウェル、今日は何しに来たんだ? 食料は買えないぞ」

 アズウェルと呼ばれた少年は頭の後ろで両手を組み、嬉々とした声音で言った。

「スチリディーさんとこ手伝いに行こうと思ってさ」

「バイトか。何でおれまで連れてきたんだ」

「え、いいじゃん。こんな機会滅多にないんだし」

 けろりと答えた飼い主に、聖獣ディオウは小さく息を吐き出す。

 本来、聖獣であるディオウは街中を歩くことはできない。目立ち過ぎるからだ。

 街の民しかいない今日は特別な日だった。

 ディオウとしては、日課という名の睡眠したかったのが本音。

 斜めに見上げたアズウェルの目が、キラキラと輝いている。

 ディオウと街を歩けることが余程嬉しかったのだろう。

「……今日だけだぞ」

「え? 今なんか言った?」

 ぼそりと呟いた言葉は、アズウェルに届かなかった。

 二度も念を押すのは気が引ける。

 ディオウは首を振って、嘆息した。

「いや……何でもない」

「何だよ?」

「別に何でもない。気にするな」

「言わなきゃわかんねぇぞ?」

「だから何でもないと……」

「おや、アズウェル君!」

 そうこう話している内に、目的の店に着いたようだ。

 店主のスチリディーが埃叩きを持って二人の元へ駆けてくる。

「ちょうどいいところに来てくれた! 今日はディオウも一緒なのかい」

「うん、街の人たちだけだからさ」

 そうかそうかと頷いて、スチリディーは満面の笑みで言った。

「リペイヤーの依頼が溜まってるのだよ。パッパと直してくれ」

「えぇー? 店は閉まってるんじゃねぇの?」

「こういうときは、より繁盛するのだよ」

 飄々(ひょうひょう)と言ってのけるスチリディーに、ディオウは呆れた眼差しを向ける。

「貴様で直せないくせに、ほいほいと引き受けるとは愚かだな」

「大丈夫だよ、アズウェル君がいるからねぇ」

「他力本願とは情けないな」

 ディオウが目を細めた、その時。


「ふげぇぁ!!」


 店の中からカエルが潰れたような声がした。

「アズウェル、どうし……」

 喉元まで出た言葉をごくりと飲み込む。

 答えを聞かずとも、その光景を見れば明らかだった。

「ちょっと、スチリディーさん!? これ全部おれが直すの!?」

「その通りだよ、アズウェル君。今日の夕暮れまでにな」

「えぇ――――!?」

 アズウェルは積み上げられたズタボロフレイトの山を見上げる。

 数十台……いや、百台近くはあるだろう。

「アズウェル、帰るぞ」

 不機嫌丸出しの声で言うディオウに、アズウェルは苦笑いを浮かべた。

「それがさ……今日、ボーナス日なんだよ……」

「アズウェル君、それ全部終わらなかったら給料半額だよ」

 実にさらりと、まるで流れる小川の如くさらりと放たれた言葉に、アズウェルはビシッという音を立てて固まる。


 間。


「ぼ、ボーナス半額っ!?」

「半額だとまずいのか?」

 普段アズウェルがどれくらい手取りをもらっているのか知らないディオウが、首を傾げた。

「あのね……」

 がくりと両肩を落とし、アズウェルは深く嘆息する。

「これ、半額になったら、当分ディオウ肉無しな」

「な、何ぃ!?」

 瞳を白黒させて固まる聖獣を部屋の端に追いやり、アズウェルはズタボロフレイトを睨みつける。

「とにかく、夕暮れまでにやりゃぁいいんだろ? やってやるよ、肉無しなんておれもごめんだ!」

 ジャケットを脱ぎ、腕まくりをする。左手に耐火性の手袋を装着し、右手でスパナを握り締める。

 準備完了だ。

「見てろ、必ず終わらせてやる!!」

 意気込むアズウェルの瞳には、闘志という名の炎が燃え上がっていた。

 手際よくリペイヤー、つまり修理をこなしていく愛弟子を見つめて、スチリディーはにやりとほくそ笑む。

「単純とはいいものだ」

 さて、と。

 安楽椅子に腰掛け、新聞を広げる。片手には入れ立ての珈琲。 

 まさにゆとり体勢である。

 視線を横に滑らせると、ズタボロフレイトと必死に睨めっこをしているアズウェルが見て取れた。

 めらめらと青い炎を上げるバーナーを右手で操り、左手で凹んだ金属を加工していく。

 平らにしたものをバケツの水に浸すと、シューッと蒸気が立ち上がった。

「これはここで冷ましておいて……こっちはコアがいかれてるのか」

「アズウェル、終わるのか?」

「ディオウ、邪魔っ!!」

 乱暴に片手を振って、ディオウを遠ざける。

 ディオウはしょんぼりと耳を垂らし、尻尾を一振りした。

「おれは寝ているぞ」

「ったく、どう乗り回せばここが破損するんだよっ!」

「……終わったら教えろ」

 溜息混じりに力なく呟く。

「そもそもスチリディーさん、どこからこんなに集めてきたんだ?」

 眉根を寄せて唸るアズウェルの背を見つめて、ディオウは再び嘆息する。

 その背中には「邪魔をするな」と書かれていた。

 壁際に寝そべり、三度目の大きな溜息が無意識に起こる。

 交差させた前足の上にあごを乗せ、聖獣は瞼を閉じた。

 そんな二人のやり取りを一部始終眺めていた店主は、にやにやと顎をしゃくった。

「少々熱過ぎるようだね……」

 アズウェルの熱気は店中に充満していた。

 椅子から立ち上がり、左手の窓を開ける。

「風が心地よいの」

〝Flytelia〟と書かれた赤い旗が、秋風と共に踊っていた。



 正午過ぎ。

 フライテリアに一人の青年が訪ねてきた。

「おい、スチリディー。何だ、この有様は」

「おやおや、珍しい来客だねぇ」

 腕を組み仁王立ちしている青年は、紅い瞳をすがめてフレイトの山を顎で指す。

「ここ数日は商売禁止のはずだぞ」

「わしは商売はしていないよ。修理依頼を引き受けただけさ」

「それもあきないに値する」

 眼光が険しくなる。

 左目は眼帯で覆われているため右目だけだが、その気迫は凄まじかった。

「問題ないよ。引き渡しは皆祭りが終わった後だからの」

 気迫をひらりとかわし、スチリディーは陽気な笑い声を上げる。

 青年の頭の中で何かが切れる音がした。

「貴様……!」

「スチリディーさん!」

 緊迫した空気に少年の声が割って入る。

「あー! おまえ! ……えーっと、ん~っと……うー……そうだ、ルーティング!!」

 金髪の少年がびしっと青年を指差した。

「貴様誰だ?」

「おれはここでバイトしているアズウェルだっ! おまえ、前にもここに来ただろ! いちゃもんつけに!!」

「言いがかりを……俺はこいつの不正を正しに来ただけだ」

 今度は青年がスチリディーを指差す。

「ほほっ、わしは何も不正なんぞしてないよ」

 ほけほけと笑うスチリディーに、眼帯の青年、ルーティングのこめかみに青筋が浮かぶ。

「もうあんたはいいからさ! こんなやつよりスチリディーさん、おれの話聞いてよ!」

「何だい? アズウェル君」

「おい、スチリディー」

「あんさー、これのここ、これこれ。金属カバーごと取っ替えなきゃいけねぇんだけど、材料がたりねぇ」

「それは困ったのぉ。ではその分はボーナスからカットということで」

「うげ!?」

 素っ頓狂な声を上げて硬直する弟子の頭を、店主が優しく撫でる。

「はは、冗談だよ。部品は後で注文しておくからそれは後回しでいいからの」

「……おい!」

「はぁ、びっくりした。それとさ、細いドライバーない? コアの部分直すのには、おれのヤツじゃ太すぎて傷つけちゃうから」

「あぁそれなら工具箱の中にあったかの」

「俺の話を聞けぇ!!」

 自分を蚊帳の外に放り出して話を進める二人に、ルーティングが拳を震わせ、怒声を張り上げる。

 が、それよりも凄まじい怒号が、入口付近で佇む三人の耳朶じだを貫いた。

「うるさいぞ、餓鬼!!」

 両眼をぱちくりさせているアズウェルたちの後方から、不機嫌度満点のディオウが三人の前にのっそりと現れた。

「アズウェルはそこの瓦礫がれきの山を夕暮れまでに片付けなきゃならないんだ。貴様などの相手をしている暇はない」

「せ……聖獣?」

 ルーティングの一つしかない瞳が大きく見開かれた。

 思わず頬が引きつる。

 つい最近エンプロイに店を開いたルーティングは、ディオウと初対面だったのだ。

 両者が互い最悪のに第一印象を心に刻み込んだことは言うまでもなく。

「おれの睡眠を妨げたな、クソ餓鬼」

「く……クソ餓鬼だと? 俺はフレイト協会の会長に頼まれてスチリディーを連れに来ただけだ」

「なっ! スチリディーさん誘拐しようとしてる!?」

「違う!!」

「うるさいと言ってるだろ! 餓鬼! 食うぞ!!」

 賑やかに騒ぎ立てる三人  正確には二人と一頭を尻目に、スチリディーは安楽椅子に腰を下ろす。

 実に愉快だ。丸一日眺めていても飽きはしない。

「平和だのぅ」

 当分は続くだろう。

 カップに熱い珈琲を注ぎ、店主は満足げに微笑んだ。



   ◇   ◇   ◇



「それでな、祭りの時フライテリアは喫茶店の代わりになるから、店内を片付けなくちゃいけなくて、結局ルーティングも手伝ってさ」

「に、兄さまが手伝い……? 片付いたのか?」

 腕組みをして壁に背を預けているマツザワが問いかける。

 茶袱台ちゃぶだいの周りを囲んでいるアキラやユウも、アズウェルの話を興味津々に聞いていた。

「もう少しーって所までいったんだけど……」

 アズウェルが横で寝そべる聖獣に視線を送ると、応じるように長い尾がぴしりと一振りされた。

「あの馬鹿店主が余計なことをしたんだ」

 さも嫌そうに毒づくディオウの瞳は半月になっていた。



   ◇   ◇   ◇



 大分片付いた。

 残りの台数も一桁になり、アズウェルとルーティングは額の汗を拭う。

「あと僅かだな」

「うっひゃあ~。頑張れば終わるもんだなぁ」

 ほっと一息ついていた彼らの前に、スキップをしながらスチリディーがやって来た。

「もう少しかね。どれわしも……」

「え?」

「おい」

 血の気が下がった二人を気にすることもなく、ズタボロフレイトの一つに手を掛ける。

「これくらいならわしでも……」

「あ!! スチリディーさん、それはっ……!」

「まずい、小僧頭を下げろ!」

 刹那、まばゆい光がほとばしった。

 轟音が街道を伝って街中に響き渡る。

 行き交う人々が「またか」と言わんばかりに肩をすくめる。

 店の中は破片が飛び散り、黒い煙が視界を覆っていた。

「ごほ、げほっ……」

「アズウェル、大丈夫か?」

「う、うん。なんとか……ディオウサンキュ」

 のろのろとディオウの下から出ると、上から下まで真っ黒なすすまみれのルーティングが隣にいた。

「……スチリディー、貴様っ」

「もしかして、振り出しに戻っちゃったとか……?」

 失笑したアズウェルに、ディオウが唸る。

「いつもこんなに危険な場所でバイトをしているのか」

「まぁ、こんなもんかなぁ。今日はまだマシかも」

 純白の獣も墨色に染め上げられ、半眼でスチリディーを見据える。

 当人はと言うと。

「おや、随分と汚れてしまったねぇ。ルーティング君、アズウェル君、日暮れまでに掃除しておいとくれ」

「はぁ!? 何ぃ!?」

 名指しされた二人の声が異口同音に重なる。

「じゃあよろしく」

 ほけほけと笑って、店主はすす入りの珈琲を口に入れる。

「いい加減にしろ――――っ!!」

 二人と一頭の怒号が一つになり、斜陽の差したエンプロイを駆け抜けた。



   ◇   ◇   ◇



「なかなかええキャラしてますなぁ、店主はん」

「そうか? スチリディー殿は掴み所がなくて骨が折れるぞ」

「大変だったのですね……」

 しかしそれにしても。

「リュウ兄が……」

「兄さまが……」

「リュウジさんが……」

 そこまで言ってアキラ、マツザワ、ユウは互いに顔を見合わせた。

「あん時のルーティングの顔は面白かったなぁ~」

 声を上げて笑うアズウェルの背後に、黒い影が差す。

「あの時の小僧はお前か」

「げ。ルーティング……」

 爆発事件以来、顔を合わせていなかったため、ルーティングはアズウェルの名前まで覚えていなかったのだ。

 徐々に眉間のしわが深くなる。

 がしりとアズウェルの襟元えりもとを掴み、大股でアキラの部屋を出て行く。

「え、ちょっと放せよ!?」

「おい、貴様、アズウェルをどこに連れて行く気だ!」

 食いつきそうな勢いのディオウに冷たい視線を送り、低い声音で返した。

「小僧は外傷ないのだろう?」

「え、うん」

「それがどうした」

「だが、敵に一度呑まれただろう」

「う……」

「それは……」

 言葉に詰まった二人に、ルーティングは止めの一言を突きつける。

「修行だ」

「ひぃ――――!!」

「何ぃ――――!?」


 風に乗って聞こえてきた二人の悲鳴に、アキラたちは苦笑した。



Fin.



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