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DISERD  作者: 桜木 凪音
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後夜*「第30記 おかえり」

 ずっと聞こえていた。

 心に、響いていた――。


「ディオウ、見て!」

 ラキィが空中の髑髏を羽で指し示す。

 漆黒の髑髏に亀裂が生じ、黄金の光が漏れていた。その亀裂が、全体に広がっていく。

 眩い閃光が、視界を覆った。

「アズウェル……?」

 見開かれたディオウの両眼が捉えたものは。

 光を纏い、徐々に鮮明さを増していく一つの人影。

「アズウェル!」

 見えた。見えたのだ。あの金色の髪が。

 ディオウの足が無意識にその影へと走り出す。

 鼓動が早くなり、己が走っていることすら感じない。

 ただ一重に、名を呼ぶ。


 ずっと呼び続けていた。

 心から、叫び続けていた――。


「アズウェル!!」

「だぁあああ!! いい加減にしろ――っ!!」

 開口一番、まさかの怒号。

 不意打ちを食らったディオウは身体が硬直し、両目をしばたたかせていた。

「ディオウ、おまえ呼びすぎだ! そんなに何度も叫ばなくたって聞こえるやい!!」

 なんと理不尽な。ディオウがどれだけ心配したと思っているのだ。

 完全に外野となったラキィとユウは、同情の色でディオウを見つめた。

「な、な……な……」

「だいたいなー、そんなに何度も呼ばれたら、こっちが恥ずかしいんだよっ! まったくディオウはデリカシーってのがねぇんだから」

「おい、まて」

 それはいくらなんでも心外だ。アズウェルだけには言われたくはない。

 そしてなにより。

「あのな……こっちがどれだけ心配したと思っているんだ、この戯け!!」

「な……!? おれだって出るの大変だったんだぞ!!」

「そもそもお前が一回で! おれの呼びかけに応えれば良かったんだ!!」

「一回目? それいつだよ?」

 怪訝そうに顔をしかめるアズウェルに、ディオウの肩がわなわなと震える。

 あの時は意識がほとんどなかったのだから、覚えていなくても仕方はない。だがしかし。

「大馬鹿アズウェル――――!!」

 半泣きの叫び声が響いた。



 そんな様子を傍観していた者たちがいる。

「あの聖獣、かわいそう」

『キセルのダンナァ。敵に情けかけちゃぁいけませんぜ』

「でも、かわいそう」

 スカロウはぽりぽりと人差し指で頭を掻いた。

 そうではないのだ。敵に同情されたらそれこそ救いがなくなる。

『不憫だねぇ……』

 苦笑いを浮かべ、スカロウはきびすを返した。

『さっさとトンズラしましょうや。怒りの矛先を変えられないうちに』

 保護者の言葉に頷いて、キセルもてこてこと駆け出す。

 肩越しに視線を送ると、金髪の青年と純白の聖獣は未だに弁戦を繰り広げていた。

「変な、ひとたち」

 ほんのり微笑みを浮かべ、数歩先にいる保護者の元へと足を速める。

『また会いましょうぜ、アズウェルのダンナ』

 被っている三角帽子を、片手で軽く持ち上げる。

 それが合図だったかのように、骸骨とエルフの少年は姿を消した。



      ◇   ◇   ◇



 蒼い仮面を見つめて、ショウゴは愕然としていた。

「ソウ? ソウ……?」

 呼びかけても返答はない。

〝キヨミ〟は空を見上げ、眉根を寄せる。

「ピエール、破られたノカ」

 長居は無用だ。

 仮面を凝視したまま動かないショウゴに、再び〝キヨミ〟の声で語りかける。

「ショウゴ、その仮面私に渡してくれる?」

 だが予想に反して、ショウゴは首を横に振った。

 虚ろだったショウゴの瞳に光が灯る。

「違う。あなたは、キヨミさんじゃない」

 唇を噛みしめて、ゼノンから蒼い仮面へ――否、変わり果てたソウエンへ視線を移す。

 自分が情にとらわれたばかりに。

 後悔してもしきれない。

「ごめん……ごめん……ソウ、ごめん……」

 だから、お願い。どうか、戻ってきてくれ……

 傍らに横たわる蒼焔を手に取り、ショウゴは祈る想いで唱える。

「蒼焔、降臨!」

 瞬間、蒼い闘志が空へ立ち上った。

 白い長髪を風になびかせ、蒼白い肌の少年が顕現する。

 目をみはるゼノンに、少年が厳かに言い放った。

『貴様程度の力で、神を封じられるとでも思ったか。使い手の意志さえあれば、俺たちは何処だろうと馳せ参じる』

「フーン。それは残念ダヨ。コレクションが増えたと思ったのにナ」

〝キヨミ〟の姿を解くと、ゼノンは宙へと舞い上がる。

『逃がすか!』

 激昂したソウエンの炎が、ゼノンを捕らえたと思った時。

 一枚の黒い仮面が蒼い炎に包まれて落ちてきた。

 戦いの終わりを告げるように、火の粉が散っていく。

 既にゼノンの姿は、何処にもなかった。



      ◇   ◇   ◇



「このっ、阿呆商人!!」

 マツザワの左手が、アキラの頬を鮮やかに張り飛ばす。

 言動とは裏腹に、彼女は瞳を揺らし、顔を真っ赤に染め上げていた。

 アキラは頬をさすりながら、意地悪そうに微笑んだ。

「なんやぁ? わいが戻ってきてそないに嬉しいかぁ?」

 一年前も似たようなことを言った気がする。確か、そんなわけないとあっさり切られたのだ。

 しかし、その時とは別の答えが返ってきた。

「……勝手に置いていったら許さないっ」

 予想外の返答に一瞬戸惑ったが、彼女の右手が握り締めているものを見とめて、すぐに微笑みを浮かべた。先程とは違う、温かい微笑みを。

 彼女の右手に包まれているそれは、アキラが七年ぶりに帰省した時、ミズナ宛に贈ったかんざし

 毒で犯され麻痺している右手では、もうほとんど握力もないだろうに。

 肩を震わせ、涙をこらえるその姿は、マツザワというよりはミズナの方に近いのかもしれない。

 幼き頃の、表情豊かな彼女が瞳の奥に映る。

 自分より拳二つばかり身長が低い彼女の頭を優しく撫でて、アキラは小さく呟いた。

「ごめんな、心配かけて」

「ばかっ!」

 そのまま、赤面して俯くミズナの頭をそっと抱き寄せる。

 ミズナは抵抗せずに、ただただ「ばか」と繰り返していた。

 やっぱり感情を表に出す方が、断然可愛い。

 そんなことを考えて、初めて安堵感が広がっていく。

 命を捨てる覚悟はした。

 だが、戻ってみれば、こんなにも温かい場所が待っていたのだ。

 帰る場所は、在った。

 待っていてくれた人は、ミズナだけではなかった。

「よく、戻ってきたな」

 それは、懐かしい声で。

 振り向くと、二度と会えないと思っていた憧れの人物が、目の前にいた。

「リュウ兄……」

 本当に、戻ってこられて良かった。心からそう思う。

「帰り道を照らしてくれたからなぁ」

 顔をほころばせ、アキラは目を閉じる。

 瞼の向こうで、金髪の青年と黄金の小鳥が笑っていた。



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