表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DISERD  作者: 桜木 凪音
33/44

後夜*「第27記 闇は尚深く」

 ユウは治療道具の入ったかごを抱え、村の中を疾走する。

「マツザワさん……! どうか、ご無事で……!」

 先刻届いたアキラの式鳥しきどりには、マツザワの窮地が記されていた。

 早く、一刻も早く。

 そう足を動かす一方で、彼女の心にはわだかまりがあった。

 例え敵であろうと、怪我人を置き去りにして逃げるのは彼女にとって苦だったのだ。

 鮮やかな緋色の長髪が彼女の脳裏を掠める。



      ◇   ◇   ◇



 先刻まで自分を苦しめていたヒウガが、片膝を付き肩で息をしている。

 緋色隊の隊長と言っていた彼の力は、アキラたちと同等か、あるいはそれ以上のはずだ。

「まぁ、流石に隊長なだけあるね。僕も少し本気だそうかな」

 ヒウガを圧倒しているダークマジシャン、エレクは、黒バラの花びらを一枚もぎ取る。

「サンド・アラクラン」

 宙に舞った花弁から紫光しこうほとばしり、漆黒のさそりが顕現した。

「僕見てるから、この子とやってね。野郎には触れたくないからさ」

「舐めやがって……!」

 ヒウガの両腕を多う紅き爪に、魔力が集まる。

 向かってくる蠍に渾身の一撃を叩き込むが、蠍は爪が触れると同時に黒い砂に変化し、掠りもしない。

 代わりに、ヒウガの右腕が黒砂こくさとなって崩れていく。

 やはりダークマジシャンは桁違いの実力なのだ。たかが隊長レベルが敵う相手ではなかった。

 ユウが知っている中で、ダークマジシャンの襲来は過去二度。

 一度目は、ミズナとリュウジの母親、キヨミが命を落とした下弦の乱。

 二度目は、およそ十年前の上弦の乱。

 どちらもユウは幼過ぎたため、後に聞かされた話だが、十年前に彼女はエレクに遭っている。

 あの時、ショウゴはエレク相手に苦戦を強いられたのだ。

 天を仰いだユウの瞳に映るものは、どす黒い満月。

 これが、偶然とは思えない。

 下弦の夜、上弦の夜と来て、今宵は満月の襲来だ。

 嫌な予感がした。不安が心に影を落とす。仲間の無事が気がかりだった。

 だが、この場から、果たして姿を消していいものなのだろうか。

 普段の彼女なら、迷うことなく味方の救護に行くだろう。

 しかし、目の前で次々と砂に変貌していく人々、そして、仲間を殺され激昂するヒウガに、ユウの心は揺れていた。

 瞼を閉じて、今一度己の立場をかんがみる。

 治療師である前に、スワロウ族の一員だ。敵に、情を移してはならない。

 足元の籠を拾い上げ、味方の救援に向かう決意をする。

 その時、一羽の白い鳥がユウの前に舞い降りた。



      ◇   ◇   ◇



 しらせを受けて、兄と親友の元へと走り出してみたが、〝ヒウガ〟の名前が頭から離れなかった。

 彼の名を、何処かで、誰かが、口にしていた。確かに、記憶の隅に在った名だ。


――ヒウガ、ごめん……


「まさか……!」

 一瞬足が止まり、背後を顧みる。

 思い出した。あれは、あの人は。

 しかし、立ち止まる猶予はない。時には、人を天秤はかりに掛けなければならないこともあるのだ。

 迷いを振り払い、再び駆け出す。自分にとってより大切な人を救うために。

 だが、現実はいつも、思い通りにはならない。

 はやる想いを胸に抱く彼女の視界に、凄惨な光景が飛び込んできた。

「アズウェル! アズウェル!!」

「ディオウさん!?」

 空中に佇む巨大な髑髏に身体を打ち付ける度に、純白の美しい毛並みは赤黒いものに浸食されていく。

「ねぇ、ディオウ、もうやめてー!」

 半泣きのラキィは、へたりと地面に座り込んでいた。

「ラキィさん、一体何が……」

「あんた、治療師の……!」

 こくりと頷いて、ユウは次の言葉を待つ。

「アズウェルが、アズウェルがあの髑髏に食べられちゃったの!」

「そんな……!?」

「お願い、ディオウを止めて! あのばか、力ずくで止めなきゃずっと身体をぶつけ続けるわ!」

 視線をラキィからディオウに移す。

 痛々しい姿のディオウは、傷などものともせずにひたすら叫び続けている。

「アズウェル!!」

 ユウは籠から小瓶を取り出すと、ラキィに努めて冷静に言った。

「ディオウさんの怪我を治します……!」



      ◇   ◇   ◇



――どうしてあの人がここにいる……?


 目の前で死んだはずの〝母親〟に、ショウゴの両目は釘付けられていた。

『ショウゴ! あれは幻だ!』

 ソウエンが必死に訴えかける。

『もう十数年も前に死んだ人間が生きているわけがないだろう!?』

「そんなことないヨ。ワタシの仮面はネ、その仮面のニンゲンの顔に化けれるんだヨ。そしてさっきも言ったように、コレはニンゲンそのものなんだヨ」

 不気味な声の発信源は、ゼノンではない。何故なら、ソウエンには聞こえていないからだ。

 ショウゴの頭の中だけに響くそれは、相方の言葉をことごとく否定し、過去の傷を抉る。

「ホラ、思い出してみなヨ。あの時、キミに見えた敵はどんなヤツ……?」

「あの時いたのは……」

 ショウゴの目が大きく見開かれ、うめき声にも似たものが震える唇から零れ落ちる。

「嘘……だ……」

『おい、しっかりしろ!!』

 ソウエンが肩を揺するが、両膝をついたショウゴは、相方を見ていない。何処か遠い彼方を愕然と見つめていた。

 反応のないショウゴに、ソウエンは苦虫を噛み潰したように唸る。

『この馬鹿が……!』

 色を失ったショウゴは、今にも倒れそうだった。

 どうする。これではクエンたちに助太刀するどころの話ではない。

 目の前の敵は微笑を浮かべると、その顔の持ち主の声で言う。

「久しぶりね、ショウゴ」

 瞠目するソウエンの傍らで、ショウゴの手から刀が滑り落ちた。



      ◇   ◇   ◇



 淡黄の体躯が、突如震えを帯びる。

「あや、しょうごが……!」

 焦燥の色に染まるライリンの顔を見つめ、アヤは忌々しげに舌打ちした。

「馬鹿が。未だに引きずってんのか」

 だが、戻るわけにはいかないのだ。ここで己の存在を奴らに知られては、今までの努力が水の泡となる。

 アヤは苛立ちを胸にしまい込み、自己暗示をかける。

 大丈夫だ。ソウエンが傍らにいる。ソウエンなら、ショウゴを守ってくれる。

「りん怖い。すごく怖いにょ……」

 不安を煽るライリンの頭をわしゃわしゃと掻き回して、アヤは胸に渦巻く思いを音にする。

「ソウエンがいる。あのへたれは一度燃やされた方がいい」

「でもでもっ」

「リン」

 凛とした声音でライリンの抗議をかえぎり、アヤはかぶりを振った。

「託されためいを忘れたのか。アタシらは戻れないんだ」

 そう、自分たちには大きな命がある。そのために、自分は全てを捨ててここにいるのだから。

 今戻れば、自分の存在価値など無くなってしまう。

「敵は元を絶たないとね……」

 呟かれた言葉に、ライリンは押し黙った。

 今のアヤに何を言っても無駄だ。

 本音は今すぐにでも駆けつけたいのだろう。その気持ちを殺している使い手に、はぐれ者の自分が何を言えようか。

 しょんぼりと項垂うなだれるライリンを抱え上げ、アヤは歩調を早めた。

「リン、大丈夫だ。ソウエンを信じろ」

 まるで己に言い聞かせるように呟くアヤに、ライリンは告げることができなかった。


――ソウエンの気が途絶えたと。



      ◇   ◇   ◇



 一瞬クエンの反応が鈍ったことを、ピエールは見逃さなかった。

 アキラの風がクエンを八つ裂きにする。

 体中に数多あまたの裂傷が刻まれ、ルーティング諸共竹林の中へ吹き飛ばされた。

「兄さま! クエン!」

 ミズナが声を上げるが、クエンの耳には届かない。

「どうした、クエン」

 いぶかるルーティングにクエンは呆然と呟いた。

『ソウエンが……消えた』

「何だと!?」

 目を剥くルーティングは、背後に殺気を感じて咄嗟にクエンを突き飛ばす。

『相棒!』

 ルーティングの左肩を玄鳥が貫く。

 頬に付いた返り血を拭い、アキラは冷たく微笑んだ。

 クエンは自分の情けなさに吐き気がした。

 今、一気に劣勢になった。その原因を作ったのは僅かな気の迷い。

 歯を食いしばり、ルーティングの肩越しにアキラの顔面を蹴り飛ばす。

 アキラは、そう簡単に玄鳥を手放してはくれない。

 アキラと共にルーティングの肩から離れた白刃は朱に染まり、宙に血飛沫が舞い散った。

『ごめん、俺のせいで……』

「大丈夫だ」

 即答したルーティングの瞳は、まだ諦めていなかった。

「クエン、何があった」

 静かに問う使い手に、クエンは泣き出しそうな表情になる。

 守り神の中で一番感情を表に出すクエンは、鬼神というより少年の方が似合っている。頼りがいのある相棒だが、弟分のようなものだ。

 そんならちもないことを思い、ルーティングは気を落ち着かせる。恐らくクエンが言葉にするのは、自分が描く最悪の状況だ。

『ソウエンが……ソウエンがどこにもいないんだ。気が感じられない』

「ショウゴが蒼焔を手放したと言うことか」

『違うんだ。放しただけなら俺は感じることができる。そうじゃねぇんだ。ソウエン自体の存在が感じられねぇんだ』

 絞り出す言葉はとても弱々しかった。

 勝ち目が刻一刻と薄れていく。

「……そうか」

 平静を装っているルーティングも、立ち上がるのがやっとの状態だった。

 今は堪え忍ぶしかない。

 徐々にだが、アキラの動きも遅くなってきた。

 感情や感覚がないとはいえ、身体には確実にそれまでの痛みや疲労が積み重なっている。降臨を続けていられるのも後僅かだろう。

 降臨が解かれれば、こちらにも勝機が見えてくる。

「クエン、まだ、諦めるな……!」

『わかって……る……!』

 目眩めまいと戦いながら、ルーティングは紅焔を振り続けた。

 太刀音が一つ響く度に空の闇が深まり、全てを呑み込もうと黒雲がうごめく。

 暗闇の中でピエールが口端を吊り上げた。

「サテ、もうじき終演デスね」

 風と炎の影に身を潜ませているいんに、まだルーティングたちは気付いていなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ