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DISERD  作者: 桜木 凪音
27/44

後夜*「第21記 風が吹く」

 アズウェルは眉をひそめた。

「マツザワの力が落ちてる……」

 胸騒ぎが起こる。

 今ではなく、少し先に、〝何か〟が迫っているような気がした。

 しかし予知を働かせてみても、それが何だかわからない。

 おかしい。不自然だ。

 ぼやけて見えるなら力が足りないだけだが、アズウェルに見えた光景は、黒い膜がかかっていた。――まるで誰かに妨害されているかのように。

「小僧、集中力を切らすな! 結界が歪んでいるぞ!」

 風の向こうから放たれたルーティングの怒鳴り声が、耳を貫く。

 余所見よそみをしている場合ではない。今は力を均等にすることに集中せねば。

 頭によぎる不安を追いやり、アズウェルは足下の印に視線を落とした。



      ◇   ◇   ◇



 じわじわとその距離が縮まっていく。

 傍らにある水華を手に取ろうとするが、指先の感覚はなく、動いているのかすらわからなかった。

「せっかくですから、僕自身の手で落としてあげますよ」

 天へ向け放った矢は漆黒のつるぎと化し、術者であるセロの前に降りてきた。

「右腕を落とされたら、もうその刀は振れませんよね……!」

 嘲笑を浮かべ、セロは剣を振り上げた。

 動け、と強く念じてみるが、マツザワの四肢は眠ったように動かない。

「く……!」

「あははははっ!!」

 漆黒の刃は月光を浴び、鈍く光った。

「由緒ある血族の終焉だっ!!」

 恨みを込めた剣を振り下ろす。


――キィン!


 全体重かけた剣は、突然現れた木によって阻まれた。

 片手でセロの剣を受け止めた男は、瞠目しているマツザワに飄々(ひょうひょう)うそぶく。

「わいのこと惚れ直したんとちゃう?」

 緊張感の欠片もない言葉に、二人は魚のように口をぱくぱくしている。

 普段なら「元々惚れてなどいない!」とマツザワも切り返すのだが、それすらできなかった。

 満足そうに微笑んで、アキラは背後のセロに煽りをかける。

「あんさん非力やのぅ~」

「てめ……!」

 おちょくられたセロは柄を握る両手に力を込めた。

 しかし刃は、欠片ほどもアキラの得物に食い込まない。

「その剣、ちゃんと手入れしとらんとちゃう?」

 算盤そろばんを持つ右手に僅かに力を入れ、セロの剣を弾き飛ばす。

「阿呆、何しに来た」

 我を取り戻したマツザワが不服そうにアキラを睨み上げた。

 マツザワに背を向け、アキラは声を落として告げる。

「動かん方がええで。今ユウも足止めくろうてる」

「ちっ……」

 状況は芳しくない。ユウが足止めされているということは即ち、すぐに毒を取り除けないことを示していた。

 動けばその分、毒が回るのも早くなる。

 それ故、今はアキラの言うことに従うほかなかった。

「何をごちゃごちゃと言っているんですか。人の獲物を横取りしないでくださいよ……!」

 眼鏡のつるを中指で鼻に押しつけながら、セロは弓を握りしめる。

「そらちゃうな。マツザワはんがあんさんの獲物やのぅて、あんさんがわいの獲物や」

 にやりと口元に笑みを滲ませ、アキラは懐から呪符を取り出した。

雷矢らいし!」

 刹那、辺りがまばゆい閃光で包まれる。

 轟く雷鳴と共に、セロは二歩後ろへ飛び退いた。

 先刻まで彼のいた場所には、真っ黒な焦げ跡がついている。

 落ち着きを取り戻したセロは、目の前でけたけたと笑っている人物を上から下へと見積もっていた。

「貴方……ワツキ商ですね」

「こらどうも、わいのことご存じでっか」

 口端を吊り上げて、セロは冷ややか言葉を突きつける。

「ええ、知っていますよ。そう、確か貴方、刀抜けないんですよね!」

 さも馬鹿にしたような笑い声が竹林に響き渡った。

「貴様……!」

 何も、何も知らないくせに。

 憤るマツザワに対し、アキラは苦笑した。

「相手にせんでええて。ここはわいに任せときぃや」



      ◇   ◇   ◇



 ラキィは一人、村の上空を旋回していた。

「もう! アキラったらいきなり消えちゃって! あたし一人だけ置いていかないでよね!」

 結界が張られた今、崖上の敵は何もできない。

「どうしようかしら……」

 村全体を見渡していると、見覚えのある姿が目についた。

「あ! あの子は……!」

 円を描きながらラキィは急降下した。



      ◇   ◇   ◇



 数多の金属片が大地を埋め尽くしている。

「まだ続けるかい?」

 いくら投げても、ユンアの円月輪はショウゴに届く前に寸断される。

 冷や汗がユンアの背筋を伝った。

「やぁ~ってくれるじゃなぁ~い?」

 隊長は何をしているのか。こんな危ない敵を放置しておくなんて。

 内心で毒づいたユンアは、忌々しげに舌打ちした。

 余裕の様を見せつけているショウゴは、彼女の次の手を待っていた。

『さっさと片付けろ』

 頭の中で不機嫌な声が響く。

『こんな小娘になに時間かけてやがる』

「ちょっと気になることがあってね~」

 ささやくように応じて、ショウゴはすっと目を細めた。

『あ?』

「うん。副たいちょーならたいちょーの顔も知ってるでしょー」

『……ヒウガか』

 顔をしかめる気配が伝わってくる。

「緋色隊って名乗ったからねー。ちょっと尋問させてもらうサァ」

『ならさっさと片を付けろ』

「敵に情報を吐かせるときは、圧倒的な力の差を見せつけた方が早いから。それにあの人、まだ本気出してないよ……」

 毒々しい魔力がちくちくと肌を刺す。

「おに~さん強いみたいだからぁ、あたしも本気出しちゃうわよ~ん」

 彼女の左腕は黒い円盤に取り込まれていた。巨大な円月輪が、腕輪のように嵌っているのだ。

「キミ、換装魔術師アームマジシャンだね」

「そうよ~ん。これでミンチにしてあげるぅ~」

 高速で回転した円盤が、耳につく金属音を周囲にき散らした。



      ◇   ◇   ◇



「デビル・バースト!」

 巨大な鉄球がアキラを襲う。

 算盤で受け止めた瞬間、黒い炎がほとばしった。

「な、なんや!?」

 反射的に相棒から手を放し、数歩退(しりぞ)く。

「なかなかいい目を持っていますね。この炎は触れたものを腐敗させるのですよ」

 もはや原形すらない算盤は、無惨な黒い塊へと姿を変えていた。

「貴方が刀を抜けない理由、確か次期族長さんのお兄さんを傷つけたとか」

 ぴくり、とアキラが片眉を上げる。

「本当、馬鹿揃いですね、小鳥の群れは。そしてお兄さんはくだらない掟で村を追われたのでしょう。そのお兄さんが今どこにいるかご存じですか?」

 一拍間を置いて、呪いを紡ぐ。

「貴方方、小鳥の群れを裏切り、僕たちの仲間になっているのですよ」

「ふざけたことを抜かすな!」

 いきり立つマツザワを、アキラが制止する。

「あんさんはここで見とれって」

「ふふふ……! 符術ではこの剣は止められませんね!」

 セロは先ほど弾かれた剣をアキラへ突きつけた。

「せやな、符術では止められへんなぁ」

 肩をすくめて両手を上げるアキラの背を、ただ見つめていることしかできないマツザワは、ぎりっと唇を噛みしめた。

 自分が油断をしたばっかりに。

 動かない右手を睨みつけたところで、状況が変わることはなかった。

「さぁ、死んでもらいますよ!」

 セロがアキラの首をねようとしたその時。

 風が止んだ。

「な……!?」

 振り切られた剣は空を斬り、目の前にいたはずのアキラは何事もなかったかのように、セロの背後を歩いていた。鞘に収めたままの玄鳥で、右肩をぽんぽんと叩きながら。

「てめ……何をしやがった!?」

 敵意()き出しの眼差しを送られ、アキラは目を細める。

「飛び立て」

 風が、吹いた。

「居合い、渡り鳥」

 アキラが天を仰いだ時、無数の鳥が飛び立った。



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