表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DISERD  作者: 桜木 凪音
22/44

中夜*Past Memory 「想うが故に〝after episode〟」

中夜は今話で終了です。

この話はマツザワとアズウェルが出会う一年前になります。


次回から後夜に入ります。

 あの桜を見なくなってから七年目の春が訪れた。

「ルーティング、こっちですよ、こっち!」

「主、俺は任務が……」

 現在俺は、クロウ族のシルードに仕えている。当然、俺たちの宿敵である本家ではないわけだが。

「任務ってボクがお願いしたあの件でしょう?」

「あぁ。まだ片付いたわけではない」

「じゃ、今日はボクに付き合うことが任務で」

 爽やかな笑顔で、主はさらりと命令を下した。

「……俺は人混みは」

「ほら、ルーティング! あそこにリンゴ飴が売ってますよ!」

 屈辱の記憶が甦る。俺は小さく嘆息した。

 主と俺はロサリドの春祭りに来ている。ディザード有数の大都市なだけあり、祭りに来る奴らが多い。大きな声でなければ会話にならなかった。

「……俺は甘いものは」

 届かないであろう言葉を漏らした時、ある会話が一際大きく俺の耳に入った。

「ほな、おやっさん。わいはワツキに寄ってきますわ」

「あいよ! 族長さんによろしゅうな!」

「しかと、伝えときますわ~」

 親方と一緒にいたあいつは……

「ルーティング! ボクの話聞いていましたか?」

「あ、主……いや、その……」

 主が俺の前で仁王立ちしていた。

 俺はそろそろと背後へ視線を送る。

 先刻の二人は、既に人混みの中へ姿を消していた。

「誰かいたのですか?」

 刀を持っていなかったな……

 だが、あいつの選んだ道なら。あの心は失われていないだろう。

 俺は静かに目を閉じる。

「ルーティング……?」

 ゆっくりと瞼を上げて、俺を見上げる顔に微笑む。

「少々……懐かしい風が吹いたな、と」



      ◇   ◇   ◇



 こんこん、とある屋敷の窓を拳で叩く。

「入って構わんぞ、ショウゴ」

「はぁ~い」

 開いた窓から中へ身を送った。

「あっきーが戻ってきたとか?」

「あぁ、さっき私の所へ来たな」

「どうだったぁ?」

 族長の部屋にどかりと座り込む。

「うむ……何というか、親方さんに染め上げられたというか……」

 苦笑いを浮かべながら話す族長だが、とても嬉しそうに見えた。

「ってことは、あの独特の訛りがぁ~」

「見事だったぞ」

「そりゃ、まぁ……」

 あっきー、みずなちゃんに殴られるなぁ~。「何だそのふざけた口調は!」と切れる彼女が目に浮かぶ。

「あぁ~、そういえばー。たっちゃんの話聞きましたー?」

「リュウジのことか……風の便りでな。ショウゴ、どう思う?」

 リュウジはクロウ族の一員となり、オレたちと同じように任務をしているらしい。

「べ~つに、なぁにも。オレっちはむしろ嬉しいかな~」

「嬉しい……?」

 親友がかたきの一族に仲間入りしたからといって、別に驚くわけでも怒るわけでもなかった。

 リュウジはあいつなりに考えてのことだろう。ずっとワツキにいたオレが口出しすることじゃない。オレは誰よりあいつを信じているから、むしろ喜ばしいことだったのだ。

「同じように任務をしてる~ってことはぁ」

「うむ……」

 まったく、族長は何を期待しているのだろう。

 オレはにやりとほくそ笑んだ。

「そのうち、どっかで会えるかなぁ~って」

 オレにとって、それが何よりの報せだった。

 窓の外へ顔を向ける。

 ひらりと一枚の花弁が舞い降りた。



      ◇   ◇   ◇



「ユウ!!」

「あら、マツザワさん。どうかなさいましたか?」

 呼吸を整えながら落ち着いて問う。

「アキラが……村へ戻っていると聞いたのだが……」

 ユウは柔らかい笑みを浮かべて頷いた。

「ええ。つい先ほど。今なら……神社にいるかもしれません。桜を見に行くと言っておりましたので」

「神社か……ありがとう、ユウ」

 身を翻し、再び全力疾走しようとした時。

「あ、お待ちください」

「な、何か?」

 ユウはふところから何か小物を取り出すと、それを私の手に乗せた。

「アキラさんから頼み事です」

「頼み……事?」

「ええ、マツザワさんに。このお土産を〝ミズナさん〟に届けて欲しいと」

 速くなっていた鼓動が、一瞬止まった。

 手の中にある物へ視線を送る。

 それは綺麗なかんざしだった。桜の花弁をあしらい、美しい深紅の玉がついている。この玉はルビーだろうか。

「お願い、できますか?」

 なかなか答えない私に、ユウが首を傾げて尋ねてくる。

「あぁ。必ず、届けよう」

「はい」

 にっこりとユウが微笑んだ。その笑顔を見るのは、七年ぶりだ。

「少し、神社に行ってくる」

「お気をつけて」

 目と鼻の先ほどだから、気をつけることもないのだが、彼女はどこへ行く時でもそう言った。それは、アキラが怪我をして村へ戻ってきた日から。

 こくんと頷き、私は駆け出した。



      ◇   ◇   ◇



 満開の桜を見るのは、〝あの時〟以来か。

 七年ぶりの桜を一人ぼんやりと眺めていたとき、あいつの声がした。

「アキラ……」

 様子を見るに、長い石段を駆け上がってきたようだ。息が上がっている。

 ふと、あいつの左手を見ると、おれがユウに頼んでおいた品が握り締められていた。

「お久しぶりでんなぁ、マツザワはん」

 あの方の通り名を口にして、懐かしい気持ちが沸き起こる。

 おれはユウと族長から、ミズナがその名を封じたことを聞いていた。

「その……口調……」

 あいつがあからさまに顔をしかめる。

 そういえば、親方さんの口調は苦手だと前言っていたな。

「ええ感じやろ~? おやっさんのがす~っかりうつってもうた」

「……前より余計にうるさくなった」

 あぁ、嫌味を言われるのも久しぶりだなぁ。

 昔のおれなら反論していただろう。でも、今は久しぶりのそれに顔を綻ばせていた。

 それがお気に召さなかったらしく、ミズナは刀を突きつける。

「笑い事ではない。ふざけるのも大概にしろ」

「おなごがこないなもん、やたらと振り回したらあきまへんで~」

 火に油を注ぐとはこのこと。今は自覚してやっていたりする。向きになるのが懐かしい。

「戯けたことを!」

 相変わらずおちょくられることが苦手なようだ。

 刀を思いっきり振り下ろしてくる。

「危ないいうてんのになぁ」

 おれの今の相棒。算盤そろばんを取り出して刀を受ける。

 ホントに久しぶりだな、こうして喧嘩するの。

 喧嘩をしていれば、またリュウ兄が仲裁に来てくれるだろうか。

 心の奥で、そんな気がしていた。

「ほれほれ、社の前でそないなもん出しとったら罰当たりとちゃうん?」

「む……」

 ミズナは渋々刀を鞘に収めながら、おれから目線をらす。

「あの……」

「なんや?」

「しばらくは、いるのか?」

 囁くような声で聞いてくる。

 昔から変わらんなぁ。

「せやな。これからはここを拠点にするさかい。おやっさんに認められて、ワツキ専属の商人になれたからなぁ」

 言いながら、おれは池の畔へ足を運ぶ。

「……ミズナ、久しぶりに水切りしねぇか?」

 あえてミズナと呼び、かつてのおれの口調で問うた。

 突然名を呼ばれ驚いているのか、ミズナは瞠目していた。

「やらね?」

「……いいよ、やろう」

 可愛らしい笑みを浮かべると、あいつも〝あの時〟のままの口調で返事をした。

 おれたちは小石を手に取り、池を見つめる。

 今ここに、リュウ兄はいない。

「せーので投げるぜ」

「うん」

「せ~っの!」

 同時に放たれた二つの石は、並んで飛び跳ねていく。

 おれたちは、歩き出したんだ。

 並行だった石の間隔が徐々に開いていく。まるで、おれたちの進む道が分かれたことを示しているかのように。

 静かな沈黙が流れる。

「……さてと。仕事に戻りましょか。マツザワはんも任務抜け出して来たんやろ?」

「な……」

「その格好、よそ行きやもんなぁ」

 村にいる間、基本的にミズナは道着姿だった。

 図星なのか、そのまま押し黙る。

「そないにわいに会いたかったんかぁ?」

 意地悪そうな笑みを浮かべると、案の定あいつは向きになった。

「そんなわけないだろう! すぐに戻る!」

 そう怒鳴って、足早に石段を駆け下りていく。

「わいもロサリドへ商談に行かんとなぁ」

 ミズナの背を見送りながら、ゆっくりと歩き出した。

 カラン、カラン、カラン。

 石段を一段下りる度に下駄の音が響く。

 振り返ると、神木がおれたちを送り出すように、風が花弁を運んでくる。

「ほな、行ってきますわ」

 おれは身を翻し、右手を上げた。


 風が吹いた。

 それは美しく咲き乱れる花弁を空へ運び、ワツキを駆け抜けていく。

 春色の雪がこの地に降り注いでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ