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DISERD  作者: 桜木 凪音
21/44

中夜*Past Memory 「想うが故に〝華〟」

 水面みなもに浮かぶ花弁は、風に流され波紋を作る。朧月がうっすらと池に光を落としていた。

「兄さま……」

 私は一人、池のほとりで膝を抱えている。

「アキラ……」

 呼んでみても返事はない。

 目頭が熱くなる。

「置いて……かないでよ……」

 どうして気がつくことができなかったのだろう。いつもあんなに近くにいたのに。

「母さま……私どうしたらいいの……」



      ◇   ◇   ◇



 時は少しさかのぼり、昨日の夕暮れのこと。

 買い物に行ったはずのユウが、血相を変えて村へ戻ってきた。

「ゆ、ユウ?」

「みずなおねえちゃん……! ごめんなさい、どいてください!」

 何かあったのだろうか。

 ユウの駆けていく姿を呆然と見送る。

 しばらくして、ショウゴさんが村へ帰ってきた。傷だらけのアキラを抱えて。

「アキラ!?」

 私が駆け寄ると、アキラは決まりが悪そうに笑みを浮かべた。

「あはは。しくっちゃった。かっこわりぃな」

 笑っているアキラに対して、ショウゴさんの表情は暗い。

「ミズナ、ちょっと族長にこれ預けてくれよ」

「え……」

 アキラが差し出したのは、普段手放すことなどほとんどない玄鳥。

「お、おれさ。こっちの腕折っちまったみてぇだから。ユウは手入れできねぇからよ」

「あ……あぁ、わかった」

 頷いて私は玄鳥を受け取った。

「よろしくな」

 再びアキラが微笑む。

「あっきー、ゆーちゃん待ってるから」

「あ、はい」

 ショウゴさんに連れられて、アキラは自宅へと帰っていった。

「今、ショウゴさんの声震えていたような……」

 気のせいだよね、きっと……

 自分を安心させるように思い込んで、私も家へ足を運んだ。



「父上、失礼します」

「アキラが怪我をしたそうだが」

「あ、はい。全身傷だらけでした。利き腕を骨折したようで、しばらくこれを預かって欲しいと」

 アキラから託された玄鳥を、父さまの前に差し出した。

 一瞬だけ、父さまが目を見開く。

 少しの沈黙が長く感じられた。

「……そうか」

 玄鳥を手に取り、その目を細める。

「他に何か変わったことは?」

「え、いえ。アキラは特に」

「そうか……」

 それきり、父さまは口を開かなかった。



      ◇   ◇   ◇



 今思えば、あの時にショウゴさんも父さまも気付いていたんだ。アキラの異変に。

 私だけ、気がつかなかった。

 後悔が頭をよぎる。

「今更……追いかけても……」

 どこにいるかすらわからない。

「なんで、私に何も言わないで行っちゃうのよ……」

 アキラはもう、この村にいない。

 私がそれを知ったのはついさっきだった。


 

      ◇   ◇   ◇



 昨日のことが気がかりで、夕刻、ユウの家を訪れてみた。

 いつもより静かだ。アキラは寝ているのだろうか。

「ユウ? いるか?」

「あ……みずなおねえちゃん」

 ユウはぼんやりと居間の座布団に腰を下ろしていた。

「アキラは?」

 寝ているのだとしても、ユウが夕刻に台所にいないなんておかしい。ユウの両親は随分前に亡くなっているから、家事はもっぱらユウの仕事だったのだ。

「おにいちゃんは……この村にはいません」

「え?」

 思わず聞き返す。

「おにいちゃんは……おやかたさんといっしょに、村をでていきました」

 それは兄さまを失ったばかりの私にとって、受け入れがたい現実だった。

〝親方さん〟とは、おそらくワツキと外とを結ぶ大商人のこと。

 剣術一筋のアキラが、どうして親方さんと一緒に出て行くの?

 それに……親方さんって、滅多に村に来ないのに……

「あ……」

 昨日の夜、父上が手紙を書いていた。

 誰宛かは知らないけれど、急な用事みたいだった。

 でも……まさか……

「おにいちゃんが、でていったりゆうは、カタナをふれなくなったからです」

「アキラが……?」

「ごめんなさい。くわしくはショウゴさんにきいてください」

 そう言ってユウは微笑んだ。

 瞳に大粒の涙を浮かべて。



      ◇   ◇   ◇



 カラン。

 突然の足音に振り向くと、ショウゴさんが立っていた。

「みずなちゃん、こんなに遅く一人でどうしたの~?」

 着物姿に下駄を履き、腰には蒼焔を帯びている。

「……アキラが」

 そこまで言い出すが、言葉が出てこない。気持ちが沈み、それと共にうつむく。

 返事が、ない。

 ちらりと目線を上げてみると、ショウゴさんの瞳が揺れていた。

 私がそれを見とめたことに気付くと、ショウゴさんは右手で目元を覆い隠した。

「あっきーは、優しい子だよ……」

 重い沈黙が流れる。

 アキラが刀を振れなくなったのは、兄さまを斬りつけたことが原因だと、父上が教えてくれた。

 私が気付かないところで、時は流れていたのだ。

 兄さまの跡を私が継げば終わりだと思っていた。そんな簡単なことじゃなかったんだ……


――私ガ刀ヲ抜イタセイデ……全テノ歯車ガ狂ッタ……


「みずなちゃん?」

 気が付くと、ショウゴさんは隣に座り、私の顔を覗き込んでいた。

「自分を責めたらだめだよー。……そぉれっと~」

 ショウゴさんが石を投げる。その石は綺麗に水を切って飛んでいった。

「昔これよくやったなぁ。たっちゃんと二人でさ~」

 にっこりと微笑み、ショウゴさんは空を仰ぐ。

「こんな、朧月夜だったなぁ。二人でイタズラして、この池の前で水切りしながら、そのいい訳を考えてね~。結局み~んなばれちゃって、ぞくちょーに怒られるんだけど」

「……」

 そんなことがあったんだ……。私とアキラも似たようなことしてたっけ。

「たっちゃんもあっきーもね。キミのことを心配していたよ」

「え……?」

「二人とも、自分が出て行くことで、みずなちゃんが自分を責めないか~ってね」

 私は何も言えなかった。文字通り、図星を突かれて絶句していた。

「あっきー、そういうところたっちゃんに似てるんだよなぁ。ほんと、あいつの弟みたいでさ」

 くすくすと笑みをこぼすショウゴさんは、どこか寂しげな表情をしていた。

「あ、そうだ。もう一つ、二人揃って言ってたことがぁ」

「なんですか……?」

「それはね~、夢をキミに託すってことだよー」

 夢を……私に……?

「ほら、覚えてない? まだあっきーもみずなちゃんも四歳くらいだったから……五年くらい前かなぁ。オレっちたち四人で、約束したじゃん?」


――約束だぞ!


 頭の中でアキラの声がした。

 その約束は、遠い遠い昔の記憶。私とアキラが初めて刀を握った日。

「覚えて、ます……」

「今は、もう……オレっちとみずなちゃんだけになっちゃったけどね~」

 ショウゴさんは再び石を投げた。今度も鮮やかに飛び跳ねていく。

「だから、オレっちたちは責任重だぁい」

 そう言うと、立ち上がって蒼焔を抜いた。

「二人の分も頑張らなきゃね~」

 二人の分も……

 そっか……初めから私のやることは決まっていたんだ。

「はい」

 私も水華を抜く。その刃を蒼焔と交差した。

 刀と刀を交えるのは、昔した約束の証。

「さぁ、こんなところにいつまでもいたら風邪引いちゃうよ~」

「……はい」

「戻ろっか」

 その笑顔はいつものショウゴさんのものだった。

 笑顔で応えて、私たちは石段を下りていった。



      ◇   ◇   ◇



「次!!」

「ま……マツザワ殿、少し休まれては……」

「私は平気だ。次、出る者はいないのか!?」

 あれから数年が経つ。アキラも兄さまも戻ってこない。

 でも、私がやることは決まっている。その心は揺らがない。


――父上、お願いがあります


 あの晩、ショウゴさんと話をした後、父さまに自分の気持ちを伝えた。


――名を、封じさせてください


 アキラが玄鳥を封じたように。

 兄さまがその名を心に封じたように。

 私の名も、その時が来るまで。


――まだ私はミズナとは名乗れません


 強く優しかった二人が、呼んでくれた名前。

 母さまに付けてもらった名前。 

 夢を託された名前。


――スイカを降ろし、己の力で制したときに


 まだ私はスイカを降ろせていなかった。

 スイカを降ろし、制御して初めて、その名を名乗れると思った。

 だから、それまでは……


――それまでは母さま、力を貸してください


 ある時は静かに佇む松の如く、ある時は山を切り裂く沢の如し。

 その斬り口は淀むことなく澄み渡り、水龍と共に清い流れになる。

〝マツザワ〟はそう謳われた母さまの通り名。


 スイカを降ろした母さま。

 母さまが亡くなって以来、父さまも兄さまも降ろすことのできなかった水龍様。

 私は必ず降ろすから、だからその時まで見守ってください……


「次、出る者はいないのか!?」

「はぁ~い。オレっちとやらなぁい~?」

「お願いします!」

 ショウゴさんはあれから程なくしてソウエンを降ろしていた。

 今はそのショウゴさんの背を追っている。その先には、アキラと兄さまがいる。

「はじめ!」

 強く、強くならなければ。

 昔兄さまが教えてくれたことがある。


――失いたくないものは、己の力で守り通せ


 このワツキは、私が守る!



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