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DISERD  作者: 桜木 凪音
17/44

前夜*「第16記 いざ開かれん」

 日が照りつける真昼の道場で、秘密裏の修行が行われていた。

「小僧、見ていたか?」

「あぁ、ど真ん中に突き刺してたな」

 食事を終えたアズウェルが、道場から出て二人の元へ歩いてきた。

「ただ突き刺すだけではだめだ。これはタイミングが鍵になる」

「予知して刺せばいいってもんじゃねぇってことか」

「そうだな。こればっかりは失敗したときのリスクが大きい。とても練習など」

「だめだろ、それじゃ」

 ルーティングの言葉を遮り、アズウェルは真剣な眼差しを向ける。

「失敗を恐れてたら何もできねぇよ」

 揺らぐことのない蒼い瞳。

 二人の会話を静かに聞いていたショウゴが口を開いた。

「たっちゃん、エクストラ出してみぃ」

「エクストラだと? お前にか?」

 怪訝そうな顔をする親友に、ショウゴは珍しく真面目に答える。

「オレっちじゃなくて、アズっちに」

「まだ中級の二重詠唱を破ったばかりだ。いきなりエクストラは危険過ぎる」

「大丈夫よぉー。いざとなったらオレっちも降ろすから」

 そう言ってルーティングに片目を瞑ってみせる。

 無茶をして傷でも負わせようものなら、後で主にどやされるだろう。人の気も知らないで、一体何を考えているのか。

 半眼でショウゴを睥睨していたルーティングに、アズウェルが言った。

「自分のことは自分で守る。自分も守れないようじゃ、何かを守り抜くことはできない。そう思わない?」

「……もしものことがあったら、ギアディスにどう説明するんだ」

「もしもを恐れていたら闇魔術ダークマジックは破れないんだろ」

 その言葉にルーティングは何も言えなかった。

「試してみぃ。オレっちの蒼焔がうずいてるんサァ」

 落ち着いた声音でショウゴが耳打ちする。

 二人を一瞥して、ルーティングは道場に置いてきた紅焔の元へ向かう。

 どくん、と紅焔を持ち上げた瞬間、刀の鼓動が伝わってきた。

「こいつもか……」

 刀が、ショウゴに賛同している。

 足元に紅焔を置いて二人を顧みると、ルーティングは宙に印を描き始めた。

「アズっち、本番やと思ってやってみぃー。オレっちがサポートすっからサァ」

 ショウゴに無言で頷き、アズウェルはルーティングの詠唱へ意識を集める。

 花びらのように文字が高速で回転する印から派生した。その文字はそれぞれ帯状になり、術者を守るように球体を作る。

 上位より上のエクストラ。簡単に破れるわけがない。

 アズウェルは印の変化を凝視しながら、かつてのディオウとの他愛のない会話を思い起こす。


――エクストラってのはな。自然界の精霊を呼び出す術だ。唱えられる奴はそうそういないがな。呼び出すのには精霊と波長を同調させなければいけないぞ

――それおれにもできる?

――呼び出してどうするんだ

――雪が見たいんだぁ


 自然との同調。

 アズウェルは真っ直ぐ前を見据える。ルーティングの詠唱はまだ続いていた。

 徐々に深紅の文字が金色に変わっていく。

「来るよー……!」

 ショウゴの言葉はアズウェルに届いていなかった。

 目を閉じたアズウェルは静かに小刀を抜く。

 精霊。自然界の化身といえども意識を持っている。

 アズウェルがゆっくりと瞼を上げると、金色の瞳が輝いていた。

「火か」

 アズウェルのまとう空気が変わったことを、ショウゴは肌で感じていた。

「……まさか……アズっち……破るつもりは毛頭ないって感じ?」

「エクストラ・マジック」

 印が完成した。球体が紅い光を放つ。

「朱雀」

 ルーティングが唱えると、巨大な炎の鳥が顕現した。

 ぼう、とアズウェルの持つ小刀が光を帯びる。小刀を真っ直ぐ突き出すと、文字を綴る。その文字は魔法文字でもなければ、ショウゴたちが知る一般の文字でもなかった。

「この字は……!」

 ショウゴが目を瞠る。

 読めない。だがしかし、見たことがある気もする。そう、例えばそれは古代書で。

 文字が形を成していく。それは小さな箱。


――キュルルル……


 箱が小鳥を吸い込んだ。いや、鳥が自分の意志で入っていったようにも見えた。

 アズウェルは一歩も動いていない。

「おいで、バード」

 アズウェルが小箱に話しかける。

 呼声に応えるように、炎の小鳥が飛び出した。

 小鳥は小刀に止まると、首を傾げてアズウェルの瞳を見つめた。

「もう、いいよ」

 キュル、と一声さえずって、小鳥は炎が掻き消えるように姿を消す。

 ぼんやりとした静寂の中、ショウゴは呆然と尋ねた。

「……あ、アズっち今の何?」

「今のはディオウに教えてもらったヤツだよ」

 にっこりと微笑むアズウェルの瞳は、澄んだ蒼に戻っていた。

「対精霊でしか使えないけど……妖精の巣箱リリヴィリーっていうんだ」

 道場では、ルーティングが瞠目したまま佇んでいる。

 あの、技は。

 二本の刀が共鳴した。



      ◇   ◇   ◇


 

 夕刻。

 族長は一人寝室で座禅を組んでいた。

 窓を叩く音がする。障子を開けるとショウゴが立っていた。

「戻ったか」

 族長の言葉に頷いたショウゴは、窓を開けてくれと鍵を指差す。

 族長が窓の鍵を外すと、ショウゴはひらりと部屋に舞い込んだ。

「どうだ。二人の様子は」

「いー感じでしたよぉー。アズウェルって子、とんだダークホースかもねー」

 よっこいせと畳に腰を下ろして、ショウゴは蒼焔を抜く。

「久々に、こいつが唸ったサァー」

 昼間の出来事を思い出し、ショウゴは唇に笑みを滲ませた。

「妖精の巣箱リリヴィリー。ぞくちょー聞いたことありませんー?」

「……ある。彼はやはり……」

「マジでその可能性が高くなりましたねー」

 二人は窓の外を見つめた。淡い緋色の影が、部屋に差し込んでいる。

 開戦は、明日の午前十時。



      ◇   ◇   ◇



 草木も眠る丑三つ時。ワツキは夜のとばりに包まれていた。

「ハッ。わざわざ本家が手を下すまでもねぇっつーの」

 崖の上から見下ろす複数の影。

「いいのぉ~? 攻撃時刻は明日の十時だよ~ん?」

「あぁん? 俺らでっちまえばいいだろ」

「そうそう。由緒ある純血族とか、うざいよね」

 緋色の髪の男を中心に、不気味な笑い声が空気を揺らす。

「小鳥たちよ、お前らに夜明けは来ねぇぜ!」

「誰が一番獲物狩れるか競争しなぁ~い?」

「いいね。哀れなツバメを撃ち落としてやるよ」

 不敵な笑みを浮かべて三人は背後の部下を顧みる。

「い~い? あたしたちの隊が優秀ってこと見せつけるのよぉ~?」

「こんなちっぽけな村に闇魔術ダークマジックはもったいないぜ」

「さぁ、狩りの幕開けだよ」

 眼鏡をかけた少年が、背負っている矢を一本弓につがえる。

「ド派手に行っちゃいます? 緋色さん」

「あぁ、叩き起こしてやれ」

 ゆっくりと弓を打ち起こし、引き分ける。

「逃げ惑え、小鳥たちよ」

 矢がワツキ上空へ放たれる。その矢は炎を纏い、大爆発した。



      ◇   ◇   ◇



 突然の地響きにマツザワは家を飛び出す。空が紅く光っていた。

「奴らか……!」

「本家ではないな。先走った者が来たのだろう」

「……父上」

 族長は既に武装していた。

「族長……!」

 アキラとディオウが駆けてくる。

「うむ。開戦のようだ」

「アズウェルはまだ戻らないのか!?」

 ディオウに迫られた族長は、静かに神社の方へ視線を移す。

「あれも気付いたことだろう……」



      ◇   ◇   ◇



「な、なんだ!? 空が爆発したぞ!?」

 爆発音を聞きつけて、道場の外へと躍り出る影は二つ。

「……緋色隊か。余計な真似を……」

 アズウェルに聞こえないように吐き捨てて、ルーティングは小さく舌打ちした。

 もう、時間はない。

「結界を張るぞ。小僧準備はいいか?」

 背後からかけられた言葉に、アズウェルは力強く頷いた。

「おう……!」



      ◇   ◇   ◇



「綺麗な花火だねぇ……」

 空を見上げていた男はすっと目を細める。

「さてと、小鳥狩りのスタートだ」


 長い一日が幕を開けた。



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