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DISERD  作者: 桜木 凪音
15/44

前夜*「第14記 破る者」

 アズウェルはルーティングの言葉を思い出す。

――この戦は、お前に全てが懸かっている

 言われなくとも、絶対守り抜くと誓った。だが、急に「全て」と言われても。

 戸惑が予知の邪魔をする。

「遅い!」

 ルーティングのいんが完成した。

 風が雄叫びを上げて、アズウェルを吹き飛ばす。

 がん、という音と共に、アズウェルは道場の壁に叩きつけられた。

「――――~っ! ……いってー」

「お前、真面目にやれ!!」

 鋭利なルーティングの怒号が道場に反響する。

 何度目の怒号なのか、数えるだけでうんざりだ。

「やってるよ……」

 不満をあらわにして、アズウェルはルーティングを睨み上げた。

「結果を出せなければ意味がない。時間がないんだ。感覚を研ぎ澄ませ」

「意図的に能力を使うなんて、天気予報くらいしかしたことねぇんだよ……」

「……」

 緊張感のないアズウェルを、ルーティングは半ば呆れて見つめていた。

 印、即ち魔術。それを破る術をたった一日で叩き込めというのだ。

 相変わらず無理難題を押しつける主に、頭を抱える。

「予知能力を何でもいい、何か武器として考えてみろ」

「武器?」

「漠然としているものより、形をイメージできるものの方が扱い易い」

「なるほど、扱い易いモノのイメージかぁ」

 数秒の後、アズウェルは大真面目に答える。

「じゃ、ディオウで」

「……は?」

「だから、扱い易いモノのイメージだろ?」

「……」


――真面目にやれぇえええっ!!


 空が朝焼けに染まる頃、ルーティングの怒号が高らかに響いた。



      ◇   ◇   ◇



「おい、起きろ、この馬鹿商人!!」

 リアイリド家は早朝からディオウの罵声と怒声で賑やかだ。

「んぁ~……ディオウはん、寝込みを襲うなんてあんまりやないでっか~」

 ディオウはアキラの胸元を前足で押さえつけていた。

 今にも尖った爪が胸板に食い込みそうで恐ろしい。

「……重いっす」

「黙れ。おまえ、アズウェルをどこにやった!?」

「アズウェルはん? おらへんの?」

「あいつがこんなに朝早く起きれるわけがない。一体どこへ隠した!?」

 相当お冠のようだ。下手に答えると殺されそうな勢いだった。

「ちょ、ちょっとディオウ! いくら起きたらアズウェルの姿がなかったからって何やってんの!?」

 ラキィがぱたぱたと耳で飛びながら、アキラの寝室に入ってくる。

「ラキィはん、ユウには聞いたか?」

「ええ。聞いたわ。知らないって」

「あ~、そらおかしいで。朝おらんようになったならユウが見とるはずや。ユウは朝早いからな。ユウが見とらんなら、夜の間やろ」

「夜の間にどこへ隠した!?」

 ディオウの押さえつける力が強くなる。

 肺が圧迫されて呼吸が不規則になり、アキラの額に冷や汗が生じた。

「あぁ……あかんて、ディオウはん……ちょ、ちょっと」

「ディオウさん、ディオウさ……アキラさん!? 何してらっしゃるんですか、ディオウさん!!」

 ひょっこりと襖の隙間から顔を出したユウは、アキラが半殺しにされている様子を見て顔を真っ青に染め上げた。

「アキラ、すまぬが邪魔するぞ」

 事態が悪転していく中、落ち着いた声音がディオウの凶行に歯止めをかけた。

「……族長」

 ディオウの力が徐々に弱まり、アキラはほっとして咳き込んだ。

 流石にもう殺される心配はないだろう。

「朝からアズウェルの姿がない。どういうことだ?」

「これでアズウェルが勝手に散歩にでも行っていたらいい迷惑だわ」

 ラキィの文句を聞いて、族長は微かに目をみはった。

 流石、というべきか、彼女の勘は鋭かった。半分、当たってはいる。

 だが、朝になってもアズウェルが戻って来られなかったのは、本人のせいではなかった。

「アズウェルには少々修行をお願いした。明日の十時までには戻るだろう」

 族長の脳裏に、昨夜の会話が鮮明に浮かんだ。



 震える口が言葉を紡ぐ。

「……リュウジ……戻ってきてくれたのか」

 リュウジと呼ばれた男は静かに視線を落とした。

「俺はもう……その名は捨てた。村を出たあの日から。俺の名はルアルティド・レジアだ」

 ルアルティド・レジア。アズウェルが知っている名前。しかしそれは彼の本名ではなかった。

「たとえ……たとえ村を出て行っても、我が息子であることになんら変わりはない。お前の名は、リュウジ・コネクティードだ」

 族長に昼間の気迫はなかった。震える声がはらむのは哀しみを織り混ぜた後悔だ。

「頼む……村へ、ワツキへ戻ってきてくれ」

 懇願するように絞り出された言の葉を、ルーティングは迷うことなく断ち切った。

「俺は、戻らない。アキラにも、ミズ……マツザワにも会わない。あくまで俺は主の命でここに来た。村を出て、クロウ族になった俺が、貴様に従う筋合いはない」

 迷いは、ないのだ。自分に迷いがあれば、この八年のアキラ、マツザワの想いが、自分の八年前の行動が、無に還る。

「俺は主の命でここに結界を張りに来ただけだ。この村は崖に囲まれている。崖の上から攻撃されれば打つ手がない。貴様に会いに来たのは、この印をマツザワ、アキラ、ショウゴに渡してもらう必要があるからだ」

 文字通り、呆然となっている族長に、ルーティングは印を刻み込んだガラスを差し出す。

「……受け取れば戻ってくれるか?」

「それとこれは話が別だ。俺は命令でここに来ているだけだ。言う通りにしてくれ……いや、しなくてもいい。村が潰れても構わないならな」

 族長は押し黙った。

 知っていた。クロウ族になり、刀も名も捨てたことは。

 だが、それを本人の口から滔々と述べられたとき、後悔の念に駆られた。

 掟を覆してでも、追い出すべきではなかったのだ。

 ルーティングは真っ直ぐに父を見つめている。

 息子の視線から、逃げてはいけない。彼の決意が変わることは、もうないだろう。今はワツキを、民を守ることが先決。族長という立場である以上、私情に捕らわれてはならない。

「……受け取ろう」

 堂々と印を受け取る。族長は本来の気迫を取り戻した。

「全部で四枚ある。この結界は族長、マツザワ、アキラ、ショウゴ、そしてこの俺で作る」

「私は構わない。ショウゴもよいだろう。しかし……」

 ルーティングは族長の言わんとしてるところを察した。

 問題はアキラとマツザワである。

「よりこの村を守る意志が強い者を選んだ。俺が張る結界の源はその想いだ。あの二人は誰よりも適任だろう」

「そうだ。だが、マツザワはともかく……アキラは今刀を抜くことすらできない」

 八年前のあの悲劇は、アキラから刀技を奪った。無論、失ったものはそれだけれはない。悲劇は今も尚、それぞれの心に深い爪痕を残している。

「それは俺の知ったことじゃない。アキラ以外じゃ術は成り立たない。術者である俺、そして……」

 固まっているアズウェルへ視線を移す。

「結界の核になるアズウェルの信頼がなければ」

「お……おれが、核……?」

 自分の名を呼ばれ、ようやく呪縛が解けたのか、アズウェルの言葉が音になった。

「別に難しい事じゃない。お前はただ、俺たち全員の力を感じていればいい。後は無意識にできるはずだ。それより、お前にはもう一つやることがある」

「やること?」

 ルーティングは族長へ向き直ると静かに告げた。

「今から丸一日、アズウェルを預けていただきたい。俺はこいつに印の破り方を叩き込む。闇魔術ダークマジックに対抗するには、印破りができなければならない。俺とショウゴと族長……貴方だけでは力不足だ」

「……いいだろう。ディオウ殿の方には私から伝えておこう」

 察しがいい。何より問題はそこだ。朝アズウェルの姿がなければ必ず騒ぎになる。

 族長の言葉にルーティングは無言で頷いた。

「お、おれ、これからどうすんの?」

「時間は惜しい。今からこの道場で印破りを覚えろ。この戦は、お前に全てが懸かっている」



 ルーティングの心配通り、族長の察した通り、リアイリド家では騒ぎになっていた。

 危うくアキラが絞め殺されるところだったのだ。

「私が頼んだのだ。心配することはない」

「アズウェルはどこだ?」

 ディオウはアキラから降り、族長を見据える。

「それは答えることはできない。誰一人として干渉することはならん」

「無理矢理アズウェルにやらせていないだろうな?」

「本人の意志だ。強くなりたい、守りたい、というな」

 その言葉にディオウも口を閉ざした。

 アズウェルの意志なら止める必要はない。むしろ、止めればアズウェルの気持ちを踏みにじることになる。

「……わかった。アキラ、疑って悪かった」

「ええよ、ええよ。いやぁ、しかし。ディオウはんお強いでんなぁ。ホンマ殺されるかと思うたわ」

 けたけたと笑っているアキラに、族長が冷然とめいを突き刺す。

「アキラ、後で我が家へ。玄鳥を持ってくるのだ」

 アキラはその言葉に顔を強張らせた。血の気が引いていく。

 ユウが心配そうにアキラを見つめている。

 あのアキラが、全身をがたがたと震わせていた。

「族長さま、それはあまりに……!」

「待っておるぞ」

 ユウの批難を遮り、族長はリアイリド家を後にした。



      ◇   ◇   ◇



「まだ遅い!!」

「くそっ!」

 またアズウェルはルーティングの風に殴り飛ばされた。

「予知は大分追いついているはずだ。体が遅れている。数歩先を見据えて動け!」

 再びルーティングが宙に印を描く。

 印を破るにはいくつかの柱を崩せばいい。より、魔力が注入されている柱を切り崩せば。

「上と下っ……!」

 アズウェルは小刀で印の上下を素早く斬り込む。

 窓ガラスが割れるような音を立てて、印が破れる。ルーティングの詠唱が中断した。

「おっしゃ! 破れた!」

「ようやく一つ目か。これはまだまだ低級魔法だ。徐々に詠唱速度と魔法ランクを上げていくぞ」

「おう!!」

 アズウェルの心にはルーティングの台詞が木霊している。


――失いたくなければ、己の力で守り通してみろ



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