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DISERD  作者: 桜木 凪音
10/44

前夜*「第9記 疾走マツザワ」

第9記から前夜の後半となります。

 急げ。一刻も早く村に辿り着かなければ。

 フレイトのエンジン音が、殺風景な平原に響き渡る。

 現在、真昼。太陽が南の空に高く昇っていた。

 急げ。早く。急げ。早く。

 気持ちだけが、ただはやる。

 夏の日差しは女の額から汗を呼び出した。

 アズウェルの家を出てからおよそ半日、彼女はフレイトを飛ばし続けている。流石に疲労と睡魔が強襲していた。

 彼女は眠気を振り払うために下唇を強く噛み締めた。口の中に鉄の味が広がる。

 早く、早く。

 焦る気持ちに引かれるようにして、更にアクセルを踏み込んだ時。

 がくりとバランスが崩れ、浮遊走行していたフレイトが大地を擦る。

「な……!?」

 あまりの揺れに彼女が飛び降りると、フレイトは地面を抉りながら跳ねていき、程なくして停止した。

「く……! 何故動かない!?」

 彼女がフレイトのスピードを上げすぎたため、エンジンがいかれてしまったのだ。

 だが、彼女がそれに気付くはずもない。

「あとわずかで着くというのに!」

 がん、と蹴り飛ばし、忌々しげに舌打ちする。

「走っていくしかないか……!」

 突如目眩(めまい)が襲い、彼女は片膝をついた。

 眠っていない上に、食事も取っていない。凄まじい眠気が彼女の四肢を縛り付ける。

 まだ倒れるわけにはいかない。早く、少しでも早く村へ辿り着かなければ。

 その気落ちが彼女の体を動かす。

 だが、皮肉なことに頭の中はぼんやりとかすみがかかり、視界も歪む。

 ふらりと立ち上がるが、疲労と睡魔が休めと誘惑してくる。彼女は強く頭を振ってその誘惑を払いけた。

 眠ってなどいられない。

 ぎり、と正面を睨みつけ、彼女は走り出した。まるで風のように、彼女は疾走する。

 急げ、急げ。少しでも一歩でも前へ、前へ。

 平原がまたたく間に後方へと遠のいていく。

 代わりに姿を見せたのは、鬱葱うっそうと茂る竹林だ。

 大地を足で蹴る度に、笹の葉がぱりっと音を立てる。

 この林を抜ければ、故郷だ。

 強風が唸りを上げて女の長い黒髪をなびかせた。

 深緑の視界が、明るく開けた。竹林が覆い隠していた家々が、数日前と少しも違うことなく佇んでいる。

「着いた……!」

 女の足が、自然と速度を上げた。

 心中に仕舞い込んでいた怒りと疑念が、沸々と湧き起こる。

 この感情を吐き出すまでは、とても休めそうにない。

「お、あれ、マツザワ殿ではないか?」

「本当だ。もの凄い勢いでこっちに来るぞ」

 村人が彼女を見つけて呟く。

「な、なんか凄い気迫が……」

 ごくり、と村人は唾を飲んだ。

 彼女の背後に龍の幻影が垣間見えた。何故かわからないが、彼女は激怒している。

「おい!!」

 女の怒号が轟いた。

「は、はいっ!?」

 村人はいきなり怒鳴られて上ずった声を上げる。

「族長は今どこにいる!?」

「え、あ、族長様は今、村役場で会議中かと……」

 村人が全て言い終わらないうちに、風の如く彼女は駆けていった。

「何であんなに怒っていたんだろう? それにやけに急いでいたような……」

「一体どうしたんだろうな……」

 取り残された二人は呆然と呟いた。



      ◇   ◇   ◇



「いいか、皆に急いで戦の準備をさせたまえ」

「は、承知いたしました」

「しかし、族長。そのような攻撃を受けきれるものなのでしょうか。第一、今マツザワ殿が離村しております」

「あれは、別にいなくてもいいだろう」

 刹那、みし、という音と共に会議室のふすまが吹き飛んだ。

 付近にいた者が慌てて飛び退く。

「いなくてもいいなどと、勝手なことを言われては困る……!」

 襖があったはずの場所には、鬼のような形相をした女が立っていた。

 女は抜いた刀の先を族長に向け、厳かに言い放つ。

「次期族長である私が、何故村から遠ざけられなくてはならない? この村は私が守る! たとえ離村することが、父上の命令であろうと、私はクロウ族と戦う!!」

 突然現れた我が子に族長は絶句する。

「な……何故、お前が此処に……」

「ディオウ殿とアズウェルに真相を聞き、帰還した」

「ディオウ殿……? アズウェル? 誰だそれは」

 女は父に向けた刀を静かに下ろした。

「ディオウ殿は、ギアディスだ」

「な……!?」

 その場にいた者全員が、彼女の言葉に息を飲む。

「千里眼を持つディオウ殿、言語能力のあるトゥルーメンズのラキィ殿、そしてその主であり、予知能力を持つアズウェル。以上三名が、我々の味方に付いた。クロウ族の企みを教えてくれたのも彼らだ」

 女、マツザワは滔々と語る。

「父上、ディオウ殿からの言伝がある」

「な……何だ?」

 マツザワは悠然とディオウの伝言を口にする。

「この戦は勝てる……!」

 その言葉を言い切ると、マツザワは昏倒した。



      ◇   ◇   ◇



「うっ……!」

 低い呻き声を上げて、マツザワは目を開いた。

「マツザワさん、気がつかれましたか?」

 聞き慣れた声が耳に届く。

「ユウか……?」

 ユウと呼ばれた少女は、にっこりと微笑んで頷いた。

 少女の名はユウ・リアイリド。彼女はつやのある黒髪を肩よりやや短めに切り揃え、〝浴衣〟というスワロウ族独特の服を身にまとっていた。

「気分はいかがですか?」

 柔らかく、温かい声でユウは尋ねる。

「あぁ、大分いいようだ」

「よかった……」

 そう言うとユウは湯飲みに茶を注ぎ、マツザワに差し出した。

「どうぞ」

「ありがとう」

 ユウは笑顔で応えると、薬草の煎じたものをマツザワに見せる。

 天敵の襲来に、マツザワは顔をしかめた。

「薬もちゃんと飲まなきゃだめですよ。あ、でも何か食べないと飲めませんね」

 ユウはすっと立ち上がると台所に行く。

「別に、薬も食事もいらない……」

 その言葉に反してマツザワの腹の虫が鳴いた。

 思い起こせば、アズウェル家での夕食が最後だ。

「お腹は素直ですね」

 ユウが盆に夕餉ゆうげを乗せて持ってくる。

 スワロウ族の食事は、メニューを見れば時刻がすぐにわかった。

「もうそんな時間か……」

 マツザワは布団から出て、窓の外を見る。夕日が空を紅く染めていた。

「私はどれくらい倒れていたんだ?」

 マツザワが眉を寄せて言った。

「そうですね。だいたい三、四時間くらいでしょうか」

「そうか……」

「さぁ、早く食べてください。冷めてしまいます」

 マツザワは無言で頷いてとこを出ると、座布団の上に腰を下ろした。

 夕餉を口に運びながらマツザワは小さく呟く。

「こんなにのんびりしていていいものなのだろうか……」

「大丈夫ですよ。まじない師が、クロウ族が攻めてくるまでに二、三日あるとおっしゃってましたから」

「二、三日か……」

 箸を置き腕組みをすると、口を閉ざして思案する。

 すぐに動けないのだから、この際致し方あるまい。

「マツザワさん……?」

「ユウ、あの阿呆あほう男を呼んでくれ」

「阿呆男……」

 ユウは思い当たる人物を探しあぐねて、目をしばたたかせた。

「あの、阿呆商人だ」

「あぁ、彼ですか。わかりました。少々お待ちください」

 合点がいったユウは、静かに立ち上がると部屋を出て行く。

「あ、薬はちゃんと飲んでくださいね」

 ひょこっと顔を出し、マツザワに念を押す。

「御意……」

「では、呼んできます」

 ユウが家から出て行くと、マツザワは薬を睨みつけた。

「貴様だけは、ユウに頼まれても好きにはなれないな……」

 できることなら、厄介になりたくない相手ではあるが。状況が状況なだけに、疲労を引きずるわけにもいくまい。

 はぁ、と息を吐いて首を振る。

 飲まなければ、あの穏やかな治療師に叱られるだろう。普段が温厚だからこそ、怒らせると村で一番恐いのだ。

 再び溜息をついて薬を飲み干すが、あまりの不味さに卓上に突っ伏した。



      ◇   ◇   ◇



「やぁ、マツザワはん久しぶりやなぁ~」

 耳障りな声にマツザワは抜刀した。

「来たか……阿呆商人!」

「おぉっと。いきなり何すんねん」

 さして驚いた様子も見せずに飛び上がり、男はマツザワの太刀を避ける。そのまま突き出された刀の上に降り立った。実に無駄のない動きだ。

「……」

 ひくひくとマツザワの頬が引きつる。

 彼女が乱暴に刀を払う。それと同時に飛び上がった男は、空中で一回転して着地した。

「あんさん、さっきまでブッ倒れてたんやろ? そないな危ないモン振り回しとぉないで、休んでいた方がいいんとちゃう?」

「黙れ、阿呆商人」

「阿呆商人……くぅ~素晴らしいわぁ。そないに誉めなくてもええでぇ~。いやぁ照れまんがなぁ~」

 堪忍袋の緒が、強烈な断裂音を伴って切れる。

 我慢の限界だ。

 素早く振り下ろした刀は、算盤そろばんによって軽々と受け止められた。

 木製だというのに、傷一つつかない男の得物が恨めしい。

「ちょっと、マツザワさん、アキラさん。何喧嘩してるんですか!」

 遅れて戻ってきたユウが、その様子を見て口を挟む。

 ユウの兄でるアキラは、マツザワと同じ齢十九。幼馴染に相当するアキラが、マツザワはこの村――いや、この世界で最も苦手な生き物だった。

「ユウよ~、聞いとくれぇ。マツザワはんったらわいを見るなり、刀で襲ってきたんよぉ~。ひどい話やろぉ~? わいは心配して駆けつけてきたんよ? この仕打ちはあんまりやろぉ~」

 実に精悍な顔つきの青年だが、その口調と内容が評価を下げていることを、彼は自覚しているのだろうか。

「黙れ、阿呆商人。何が心配して駆けつけた、だ。私がユウに頼んで呼んでもらっただけの話だろう」

「マツザワはんがわいを呼んでくれたんかぁ~。そら嬉しいわぁ~。何? わいに会いたかったんかぁ?」

 アキラの満面の笑みと歓喜に満ち溢れた声が、マツザワの神経を逆撫でする。

「変なことを言うな! お前は今すぐ村から出て行け!!」

「ひどいわぁ~。わいを追い出すんかぁ?」

 大声で怒鳴るマツザワに、アキラはわざと涙を浮かべてみた。

「マツザワさん、何もそこまでしなくても……」

 そうやってユウの同情を呼んで面白がる態度が、気に入らない。 

 マツザワは二人の言葉を完全に無視して、大股でユウの家を出て行く。

「ちょい、待てぇな」

 アキラがマツザワの腕を掴む。瞬時にマツザワの平手がアキラの頬に炸裂した。

「私に触れるな! 戯け者! さっさとロサリドに行って、客人を連れてこい!!」

「ほぉ。そういうことかいな。客人とは、ちまたで噂の彼らのことやな?」

「ギアディスも共にいる。くれぐれも無礼な行動はするな」

 マツザワは背を向けたまま冷然と言う。

「あいな~」

「アキラさん、お気をつけて」

「ほいほ~い」

 二人の忠告に何とも気の抜けた返事をして、アキラは村を出て行った。

「よかったです。アキラさんが追い出されなくて」

「あの阿呆はもう少し我が種族である自覚を持つべきだ」

 見届けたマツザワは大きな溜息をついた。

 何事も起きずに送迎を終えてくれれば良いのだが。

「疲れた……」

 よろけたマツザワをユウが抱き留める。

「大丈夫ですか?」

「あぁ、すまない。……ん、どうした?」

 淡く微笑んでいるユウに尋ねると、彼女は更に顔を和ませた。

「いえ、何も。マツザワさん、綺麗です」

「何が……」

 怪訝そうに尋ねてくるその顔が、仄かに赤みを帯びているのは、きっと夕日のせいだけではないだろうから。

 とても綺麗だと、ユウは思った。

「夕日、綺麗ですね」

 そう微笑んだ三つ下の幼馴染に頷いて、マツザワも茜色の空を見上げた。



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