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世界名作劇場

檸檬 #祭絵

作者: 鳴海 酒
掲載日:2026/09/25


 えたいの知れない不快な塊が私の心を始終圧(おさ)えつけていた。

 焦燥と言おうか、自棄と言おうか――自涜を嗜(たしな)んだあとに賢者タイムがあるように、ネットの海に毎日溺れていると妄執に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。

 これはちょっといけなかった。結果した痛風や帯状疱疹(たいじょうほうしん)がいけないのではない。また胃を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不快な塊だ。

 以前私を喜ばせたどんな美しい少女も、どんな美しいアニメのOPも辛抱がならなくなった。YouTubeを立ち上げてわざわざ探し回っても、最初の二三小節で不意にショートが観たくなってしまう。何かが私を居堪(いたたま)らずさせるのだ。それで始終私はネットからNETを浮浪し続けていた。


 何故(なぜ)だかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。恋愛にしても寝取られだとか、その寝取られにしても仲の良い幼馴染よりもどこか接点の希釈された、年の離れた叔母だったり虚構のヒロインが転がり落ちる堕落を覗くのが好きであった。

 ふええやはわわなど媚(こ)びに蝕(むしば)まれている、と言ったような趣のある娘が、脱ぐと途端に膨らみが大きくなっていたり――じゅぷぷ、ずぽぽっなどと、時とするとびっくりさせるような所業を見せたりオホったりもする。


 時々私はそんな画を覗きながら、ふと、彼女らが現在ではなくて何十年か先のヴァーチャル空間とかセクサロイドとか――そのような技術の恩恵を今自分が受けているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、出来ることならこの現実から逃げ出して誰一人知らないようなモニタの中へ行ってしまいたかった。

 第一にパソコン。誰も入らない四畳半の部屋。快適なネット環境。色鮮やかな等身大のタペストリと1/7サイズのフィギュア。そこで死ぬまで何も思わず引きこもりたい。

 希(ねが)わくは印税か何かで不労所得が入ってくるのだったら。

 ――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった妄想との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。


 私はまたあのホロライブというやつが好きになった。

 VTuberそのものは第二段として、あの煌びやかなモデルで赤や紫や黄や青や、さまざまの意匠を持った玉石の束、ごった煮のゲマズ、0期生、冷めたチキン。それから三十路(みそじ)芸の船長というのは一つずつ輪になっていて箱に詰めてある。そんなものが変に私の心を唆(そそ)った。


 それからまた、う(・)た(・)っ(・)て(・)み(・)た(・)というボカロ曲でイラストや新コスを打ち出してくる配信が好きになったし、ゲーム実況が好きになった。またそれにコメントしてみるのが私にとってなんともいえない享楽だったのだ。

 あの「お覚悟を」の味ほど晴れやかな涼しい味があるものか。

 私は新参の時よく指示行為に及んでは自治厨に叱られたものだが、その時の苦い記憶が大きくなって落ち魄(ぶ)れた私に蘇(よみが)えってくる故(せい)だろうか、まったくあの「言えぬ」には幽(かす)かな爽(さわ)やかななんとなく詩美と言ったような味覚が漂って来る。


 察しはつくだろうが私にはまるで金がなかった。とは言えそんなものを見て少しでも心の動きかけた時の私自身を慰めるためには贅沢(ぜいたく)ということが必要であった。

 数百円程度の――と言ってアクスタ、スパチャ――と言ってメン限のライブ配信――そう言ったものが自然、私の優越を埋めるのだ。


 生活がまだ蝕(むしば)まれていなかった以前私の好きであった所は、たとえばコミケであった。

 オリジナルや二次創作の薄い本。洒落(しゃれ)たラバストや典雅な表情を見せる抱き枕やシーツカバー。缶バッジ、栞、ぬいぐるみ、魔改造フィギュア。私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。

 そして結局一等薄い本を一冊買うくらいの贅沢をするのだった。

 しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。汗の匂い、暑熱、待ち時間、これらはみな現実の亡霊のように私には見えるのだった。


 ある朝――その頃私は甲の同人から乙の動画へというふうにグレーな視聴を転々として暮らしていたのだが――愛用のサイトが閉鎖されてしまったあとの空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残された。

 私はまたそこから彷徨(さまよ)い出なければならなかった。何かが私を追いたてる。そしてサイトからサイトへ、先に言ったような検索ワードを入れたり、過去のブックマークを再び辿ったり、三次元のコスプレや原作コラボAVを眺めたり、とうとう私は2.5次元の方へASMRを漁り、ホロライブの配信で目を留(と)めた。


 ここでちょっとその配信者を紹介したいのだが、その夏色まつりは私の知っていた範囲で最も愛しき配信者であった。彼女は決して立派な配信者ではなかったのだが、清楚担当みんなのアイドル特有のあざとさが最も露骨に感ぜられた。

 彼女はかなり勾配の急な距離感が先にあって、その距離というのもバグったガチ恋量産方向だったように思える。

 何か華やかな清楚な音楽の快速調(アレッグロ)の流れで、共演者を石に化したというゴルゴンの鬼面――的な失言を突きつけられて、あんな面倒属性やあんなユニコーンを散々に煽り散らかすというふうに魅力が並んでいる。

 切り抜きもやはり見れば見るほど際どくまとめられている。――実際あそこのおち○ちんを出すの切れ味はすごかった。それから2回抜いたあとでキスできるかどうかだとか。


 またそのホロライブの美しいのは箱だった。マイクラ配信はいったいに賑(にぎ)やかな配信で――と言って感じはGTAよりはずっと澄んでいるが――虚飾の声がおびただしく配信に流れ出ている。それがどうしたわけか特定の周囲だけが特にセンシティブなのだ。

 もともと判定は夏色まつりが接しているラインになっているので、他メンが合わせるのが当然であったが、猫又がまつりラインにもかかわらず踏み越えたのが瞭然(はっきり)しない。しかしその声が低くなかったら、あんなにも私を誘惑するには至らなかったと思う。

 もう一つはその後に加入した船長(マリン)なのだが、その癖(へき)が眼深(まぶか)に冠った帽子ではとても隠せずに――これは形容というよりも、「おや、あそこの配信はブレーキがさっぱり壊れているぞ」と思わせるほどなので、コラボ者はこれも真青なのだ。

 そう周囲がオタクだらけなため、ミームに毒されぬ幾つもの「知ってるー!」が驟雨(しゅうう)のように浴びせかけるアニメ同時視聴は、周囲の何者にも奪われることなく、ほしいままにも輝きすばるが照らし出されているのだ。

 裸の団長らが豊満な双丘で天使の心にきりきりダメージを刺し込んでくる配信に立って、また自宅にある浴室の硝子(ガラス)戸をすかして聞いたこの浴室配信の心地ほど、その時々の私を興(きょう)がらせたものはオフコラボの中でも稀(まれ)だった。


 その日私はいつになくその配信を蒲団(ベッド)で聞いた。というのは彼女には珍しいASMRが出ていたのだ。

 ASMRなどごくありふれている。が夏色まつりというのはASMRが皆無ではないまでもゲーム実況があたりまえの配信だったので、それまであまり見かけたことはなかった。

 いったい私はASMRが好きだ。白銀ノエルの音圧だけで耳内の皮膚をはがされるようなあの混濁した音色も、それからあの雪花ラミィの声帯が直接舌を伸ばしてくるようなHz(ヘルツ)も。

 ――結局私は一ヵ月だけメンシに入ることにした。


 それからの私は正気をどこに置き忘れたのだろう。私は長い間彼女と自室を漂っていた。終始私の心を圧えつけていた不快な塊がそれを聞いた瞬間からどっと流れ出したとみえて、私は蒲団(ベッド)の上で非常に幸福であった。

 あんなに執拗(しつこ)かった自己が、そんなものざぁことわからせられる――あるいは意志薄弱なことが、逆説的なしあわせであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。


 夏色まつりのヴォイスはたとえようもなくよかった。その頃私は帯状疱疹(たいじょうほうしん)を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実家族の誰彼(だれかれ)に私は稼ぐために外に出ろなどとよく言われるのだが、私の熱があるうちは言われなかった。

 家族のぼやく故(せい)だったのだろう、澄ましている耳から身内に浸み透っていくようなそのバブみは快いものだった。


 私は何度も何度もそのASMRを聞いてはにやけていた。高価なヘッドフォンまで買っている。雑誌で読んだ『To LOVEる -とらぶる- ダークネス』の中に書いてあった「ページの裏を透かす」という技法が断(き)れぎれに浮かんで来る。

 そしてふかぶかと脳全体にちゅぱ音を沁み込ませれば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか愚息に元気が目覚めて来たのだった。……

 実際あんな単純な庇護欲や独占欲や承認欲や愛欲が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――それがあの頃のことなんだから。


 私はもう部屋内を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持ちさえ感じながら、限定衣装を着て部屋でまちゅといちゃつくことなど思い浮かべては悶えていた。どちらの耳が弱いか考えてみたり、ちゅきちゅき攻撃に耐えられず彼女に主導権を奪われてみたり、またこんなセリフを反芻(はんすう)したり、

 ――おとこのこのくせに、よわよわですねぇ~。――

 この愛こそ常(つね)づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さは、まちゅがすべての善いものすべての美しいものを愛に換算して私に預けた重さであるとか、思いあがった諧謔心(かいぎゃくしん)からそんな馬鹿げたことを考えて見たり――なにがさて私は幸福だったのだ。


 何をどう聞いていたのだろう、YouTubeが最後に再生したのは、メン限の雑談配信だった。平常あんなに傍らに聞いていたまちゅがその時は私を誘っているように思えた。

「今日は一(ひと)つ、まちゅを応援してやろう」そして私はカチカチクリックしていった。

 しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。他のホロメンとの絡みにも私の心はのしかかってはゆかなかった。

 憂鬱が立て罩(こ)めて来る、私は聞き続けた疲労が出て来たのだと思った。

 私は関連動画の欄を覗いてみた。まちゅの過去の切り抜きにさえ常に楽に探せるな! と思った。そして私はひとつずつ覗いてはみる、覗いてはみるのだが、克明に潜ってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の動画が再生されて行く。それも同じことだ。それでいて一度コメントをスクロールしてみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪(たま)らなくなってブラバしてしまう。以前のお気に入りへ戻ることさえできない。

 私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだった、まつりすとのプロレスやマシュマロまでなおいっそうの堪(た)えがたさのために見られなくなってしまった。――なんという呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が開いたまま放置したタブの群を眺めていた。

 以前にはあんなに私をひきつけたコメントがどうしたことだろう。一文字一文字に眼を晒(さら)し終わって後、さてあまりに尋常でない周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には外から味わっていたものであった。……


「あ、そうだそうだ」その時私は夏色まつりの中のエゴサ癖を憶い出した。ことの顛末を詳細に書き上げて、一度この【#祭絵】で試してみたら。「そうだ」

 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は書棚から『檸檬(れもん)』を取り出し、また慌(あわただ)しく分解し、また慌しく組みあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な『檸檬』が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。

 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その作品のタイトルに恐る恐る【#祭絵】と据えつけた。そしてそれは上出来だった。


 見わたすと、その『檸檬』の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。

 私は埃(ほこり)っぽい四畳半の中の空気が、そのパソコンの周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを味わっていた。


 不意に第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。

 ――それを『小説家になろう』に投稿しておいて私は、なに喰(く)わぬ顔をして外へ出る。――


 私は変にくすぐったい気持がした。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」そして私はすたすた出て行った。

 変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑(ほほえ)ませた。ネットの海へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう数刻後には【#まつりす】たちがあの夏色まつりを中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。

 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの行き詰まりな私のアカウントも爆発炎上だろう」

 そして私は美少女たちの看板画が奇体な趣きで街を彩(いろど)っているアニメイトへと歩いて行った。


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