表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

短編ラブコメディ・ヒューマンコメディ

王女が恋したお相手は。

作者: ミズアサギ
掲載日:2026/08/04

 

 今夜はとても大事な夜会のはずだった。

 しかし、王族席に座る国王夫妻の表情は険しく、招待客はいつまでも始まらない夜会に戸惑った。


 国王夫妻待望の娘である、シャーリー王女の婚約発表。


 それが夜会の名目だ。三人目の王子の出産から、だいぶ離れてからの王女の誕生。国王夫妻はそれはそれは甘やかして育てた。三人の王子が呆れかえるほどに。

 王女をずっと手元においておきたかった国王夫妻だったが、王女が十八歳を迎える頃、とうとう諦めて婚約者探しを始めた。しかし、釣り合う年齢の有力貴族令息にはすでに婚約者がいる。


 そこで白羽の矢が立ったのは、留学帰りのスティーブン・フロスト公爵令息だった。

 そんなシャーリー王女とスティーブンの婚約発表を兼ねた夜会なのに、肝心のシャーリーだけが姿を現していないのである。



 無表情で立つフロスト公爵親子を、招待客はいたたまれない気持ちで眺めている。

 長く感じられた地獄のような時間も、突然終止符が打たれた。


 血相を変えた宰相が、息を切らしながらホールに飛び込んで来た。注目の中で宰相が国王に耳打ちをしたのと同時に、ホールの大きな扉が開いた。

 全員が扉に注目する。

 そこには、背の高い男と微笑み合うシャーリー王女の姿があった。招待客は、王女の登場に礼をするのも忘れていた。それほど、その光景が異様だったからだ。


「シャーリー! お前はいったい何処に」


 国王が立ち上がった。シャーリーは一瞬目を見開いたが、隣に立つ男性の腕を取ったまま、フロスト公爵親子の前を通り過ぎると国王夫妻の前に立った。


「遅くなってごめんなさい。私、この人……トムと一緒になるの」


 嬉しそうに笑顔で言うシャーリーに、王妃が小さく悲鳴を上げた。

 悲鳴を上げるのも無理はない。トムと呼ばれた男性は顔の造形こそ美しかったが、汚れたシャツとスラックスに、底のすり減った靴という姿。どこから見ても貴族ではなく平民そのものだ。

 この場にいる全員が驚きで声を失っている中、シャーリーとトムだけが幸せそうに微笑み合っていた。


「シャーリー。お前は王女だ。平民なんかと一緒になれないのはわかるだろう」

「そうよ。今まで何不自由なくお前を育てたのに、何が不満で平民なんかと……」


 国王がまるで幼い子どもに言い聞かせるように諭し、王妃は泣き崩れた。しかし、シャーリーはわかっているという風に頷いて言った。


「実はこの人ね、お隣の国のとある王族の落胤なんですって」


 国王がちらりと宰相を見る。宰相は首を横に振った。


「信じていないのね! トムのお母様が毎晩そう言っているんですって。だから本当よ!」


 シャーリーはトムの腕にしがみつく。そんなシャーリーの背中を、トムは諫めるように軽く叩いた。


「それに、トムはとっても働き者なのよ。朝早くから夜遅くまで、毎日働いているのよ」


「ほう、そんなに働かなければならない理由が……。おい、トムとやら」


 顎に手をやり考えていた国王が、トムの名を呼んだ。トムは国王に笑顔を向けた。


「はい」

「なぜ、そんなに働いておる。まさか、借金があるのではないだろうな」

「はい。あと、五年で完済できます」

「……!?」


 あまりにも堂々と借金の存在を認めたトムに、国王も周囲にいる者も絶句した。


「仕方がないじゃない。トムのお母様は働いていないのよ。それにお金目当てなら、とっくに私から騙し取っているはず。私、トムに何ひとつ渡したことはないわ」


 確かに……。場に複雑な空気が流れる。


「しかし、お前はどうやってトムと出会ったんだ」


 再び国王が尋ねる。シャーリーは頬を染めながら答えた。


「お母様の娘時代の話を聞いて、王宮の外に興味を持ったの。お忍びで出かけているのは、お父様もお母様も知っていたでしょう?」


 国王夫妻がばつが悪そうに顔を見合わせた。侯爵家令嬢だった王妃は王都の街の話をしたことがあった。それに、シャーリーが羽を伸ばしているのも見て見ぬふりをしていたのは事実だ。


「だからと言って、平民のいる下町に通っていたとは……」

「侍女から報告はなかったわ。誰か、シャーリーの侍女を呼んで来なさい」


 何人かがバタバタとホールを出て行く。シャーリーは続けた。


「ある日、私は侍女のメアリを怒鳴っていたの。理由は忘れたわ。きっと、些細なこと。そうしたらトムが現れて言ったの」


 シャーリーはうっとりした目でトムを見つめた。


「そんなキレイな顔をして酷い言葉を言っちゃダメだって。私、誰かを怒鳴ることが悪いことって知らなかった。酷い言葉は人を傷つけるって知らなかった……トムが教えてくれたの」


 国王夫妻は何も言えなかった。シャーリーをわがままに育ててしまった自覚があったからだ。幼い頃から、専属の侍女たちはすぐに辞めていった。

 シャーリー専属の侍女メアリは、すぐに連れられて来た。メアリは気の毒なぐらいに青ざめていた。


「お前がついていながら、どうしてシャーリーは平民なんかと付き合うことになった」


 国王が鋭い目つきで質問する。メアリはガタガタと震えていたが、勇気を出したように口を開いた。


「ト、トムさんと会われるようになってから……王女殿下は怒鳴ったり、物を投げたりされなくなりました」


 メアリがその場に泣き崩れた。そして、両手を床についたまま続けた。


「いけないとはわかっていました。でも、せっかくお優しくなった王女殿下が元に戻ってしまうのが怖くて……申し訳ありません!」


 泣きながら謝罪するメアリを、誰も責められなかった。確かに、最近のシャーリーは丸くなったと使用人の中では噂になっている。使用人たちも、いつも辛く当たられるメアリを気の毒に思っていたのも事実だ。

 後ろに控える使用人たちの目が痛い……国王夫妻は、これ以上メアリを責めることができなかった。


「それに……」


 しばらく泣いていたメアリが、顔を上げた。国王夫妻もシャーリーも、メアリを見つめた。


「トムさんは、私にも優しくして下さいました」


 涙こそ浮かんでいたが、メアリはどこか嬉しそうに爆弾発言を落とした。皆、視線をメアリからトムに移す。

 トムは相変わらずニコニコと立っていた。


「トム、本当なの? あなた、メアリにも優しくしていたって」

「ああ、本当だよ」

「私が泣いていると、そっと背中を摩って慰めてくれました」

「……どういうことなの、トム」


 ニコニコしているトムを挟んで、シャーリーがメアリを睨みつけた。肩を震わせたメアリだが、王妃だけはメアリの表情に女の嫌らしいものを感じた。

 トムはしゃがんだままのメアリを立ち上がらせてから、シャーリーの髪をそっと撫でた。


「俺は、すべての女性に優しくするって決めているんだ。世の中の女性は皆、宝物だからね」


 シャーリーにとってはとんでもない発言だったが、ホールにいる女性たちのトムに対する目が少し柔らかくなった。


「女性だけじゃないよ。子どもも可愛いから好きだよ。世の中の子どもには、いつも笑顔でいて欲しいし」


 これを聞いたシャーリーは、トムの心の大きさに感心した。そして、メアリに対して醜い嫉妬をした自分を恥ずかしく思った。



「俺の三人の子どもたちも、いつも笑っているし」


 その途端、ホールの温度が下がった。

 シャーリーは理解が追いつかないのか目を見開き凍りつく。招待客はトムの発言に驚愕し、特に女性たちは、ついさっきトムに肩入れした自分を記憶から即座に消した。

 国王が震える声で聞く。


「お前……子どもがいるのか」

「はい! 妻と可愛い子どもの五人で幸せに暮らしています」


 まるで褒められたかのように嬉しそうなトムに、ホールにいる誰も、状況が理解できないでいた。


「宰相っ!」


 国王が獣の咆哮のような怒鳴り声を上げ、宰相含めた数人が素早くホールを飛び出した。トムの裏を取りに行くのだろう。


「お、奥さんと……子どもがいたの?!」

「いるよ」

「何も聞いていないわ!」

「聞かれたっけ?」


 蒼白になりながら、シャーリーがトムを問い詰める。が、トムは責められているとも思っていないのだろう。終始態度が変わらない。


「お前、結婚するつもりでシャーリーと……王女と過ごしていたのではなかったのか?」


 国王が低い声でゆっくりと尋ねた。これは相当怒りを抑えている……招待客たちの背中に冷たい汗が流れた。とうとう、シャーリーも涙声となった。


「結婚するつもりじゃなかったの?」

「そんなこと、言ったっけ?」

「一緒にずっと笑っていたいって……」

「ずっと怒っているより笑っていたいって言ったね。懐かしい」

「……」


 今度はシャーリーが膝から崩れた。トムは驚いて、シャーリーを支えた。国王がゆっくりとトムに近づこうと歩き出す。近衛が止めていいものか焦る。皆、ことの成り行きを黙って見ているしかなかった……。


「失礼します!」


 またしても空気を変えたのは、宰相だった。夜会にシャーリーが現れなかった時点で、情報収集に部下を走らせていたのだ。


「今、報告がありました。その男、トムについてです」


 国王が足を止め、報告を促すように顎をしゃくった。


「借金についてですが、その男の言う通り五年後に完済予定です。母親の作った借金を、毎月遅れることなく返していると金貸しがいたく誉めていまして……」


 国王は眉間に皺を寄せた。トムはニコニコと頷いた。


「下町の女性たちも、感謝こそすれ恨んでいる者は誰一人いませんでした。暴力男と別れる時に間に入ってもらったやら、娼館に売られそうになったところを助けてもらったやら……年齢問わず、女性はその男に好印象でした。夫婦仲も良好だそうです」


 国王は唸る。これでは非の打ち所がない。


「最後に、隣国の王族の落胤の話ですが……。これは、男の母親の十八番(おはこ)と言いますか。酔った時に必ず言い出す与太話だそうで」


 最後に宰相は言いにくそうに声を小さくした。


「あのあたりの平民たちのジョークと言いますか……明らかに陛下より年上の男性が『俺は国王陛下の隠し子だ』なんて酔っ払って言うことも少なくなく……」


 最後の報告に、国王は頭を抱えてしまった。平民は、そんな不謹慎な遊びをしているのか、と。

 それまで黙っていた王妃が、国王に代わって口を開いた。


「でも、シャーリーに手を出したのでしょう?」


 それを聞いて国王の目に一気に怒りの色がもどってきた。どんなに好青年でも、妻帯者の平民が王女に手を出していい訳がない。しかしトムは、今日初めて顔をしかめた。


「手なんて出す訳ないでしょう! そんな不埒なことをするはずがない!」


 あまりの勢いに、国王と王妃はシャーリーを見る。シャーリーは少し俯いて、そして頷いた。


「何度誘っても、手すら握ってくれなかったわ。大事にされているって思っていたぐらい、何も」


 俯いてしまったシャーリーに、誰も何も言えなかった。

 しかし、トムだけは違った。


「もう外が暗い。俺、そろそろ帰らなきゃ。子どもも風呂に入れないとだし」


 お前、何言っているんだ……。

 そう言いたそうな周囲の目なんて気にせず、トムはシャーリーの肩をポンと叩いて言った。


「ある日、身なりのいいお嬢さんが現れて、町のみんな心配していたんだ。どこかの貴族令嬢が親子喧嘩して家出したんじゃないかって」


 シャーリーは目を伏せる。


「親子喧嘩の仲裁だと思ってついて来たけど、あまり親父さんに心配掛けるんじゃないぞ。いつでも話は聞くからさ」


 トムはそう言うと、シャーリーにウインクをひとつして颯爽とホールを出て行ってしまった。

 残された面々は、内心では自分も帰りたいと思ったものの、国王やシャーリーの心境を慮るとその場に居残るしか選択肢はなかった。


「結局、王女殿下が勘違いして暴走した?」

「どう育てたら、ああなるんだ」


 ヒソヒソと囁く声があちこちから上がり始めた、その時……。


「この婚約はなかったことにしましょう」


 今まで静観の姿勢を貫いていたフロスト公爵が口を開いた。


「スティーブンと共に我が公爵家を継ぐには、シャーリー王女はあまりにも幼すぎた」


 はっきりと言い切る公爵に、国王夫妻もシャーリーも項垂れるしかなかった。力なく、国王がシャーリーに話し掛けた。


「……お前は、この先どうしたい?」


 その声は落胆しているものの、決して見放したものではない。シャーリーはしばらく唇を噛んでいたが、やがてゆっくりと国王の目を見て話し始めた。


「お父様、お母様……ごめんなさい。私は……」


 そこでシャーリーは黙ってしまった。その目には涙が溜まる。が、シャーリーは決してその涙を流そうとはしなかった。


「私……遅いかもしれないけれど、学びたい。何を学べばいいのかわからないけれど、このままではきっと、また同じことになるわ」


 シャーリーは力なく、しかし、しっかりと国王に言い切った。

 国王夫妻は何も言えなかった。シャーリーが兄たちが通った学園に入学する年、娘可愛さに入学を許さなかったのは自分たちだ。まさか娘に必要なのが自分たちの庇護ではなく、教養と自立心だとはひとつも思わなかったのだ。

 二人の視界に、まだ目を赤くして控えるメアリが入る。今さらだが、娘可愛さの余り、仕える者たちへの負担を考えてはいなかったことに気づかされた。

 国王夫妻が困ったように顔を見合わせる。

 娘を可愛がり過ぎている自覚のある招待客たちも、気まずそうに顔を伏せた。



 見つめ合う国王親子の隣で、スティーブンはフロスト公爵に目を向けた。公爵は息子の意図が分からず眉を顰めたが、口は挟まなかった。しばらくしてから、スティーブンがシャーリーに向かって口を開いた。


「私は、来月からまた近隣の国に留学します」


 シャーリーは、スティーブンが何を言いたいのかわからないという表情をして、ぼんやりとスティーブンを見た。

 二人が目を合わせたのは、この時が初めてだった。


「シャーリー王女さえ良ければ、一緒に留学しませんか」


 ぼんやりしていたシャーリーの目が見開く。周囲に空気がざわっとした。


「私が……」

「あなたが何かを学びたいのならぴったりの国です。あの国には、近隣各国の貴族や優秀な平民が学びに来る。そこには身分も何もない、ただ学ぶ姿勢が問われるだけです」


 王妃が口を挟もうとしたのを、国王が止めた。


「私は、同じ留学生としてあなたを支えることができる。そこで、あなたは自分の生きる目的と将来の伴侶を探せばいい。私もそこで自分の妻となる人をのんびりと探します」


 スティーブンの主張に、シャーリーは何も言えなかった。だが、その瞳には希望の光が差していく。


「……あなたには失礼なことばかりしているのに。こんな私の力になっていただけるのかしら」


 おどおどと言うシャーリーに、スティーブンは満面の笑みを向けた。


「もちろん! まずは友人としてお願いします」


 そう言いながら差し出されたスティーブンの右手を、シャーリーは力強く握りしめた。

 国王夫妻が、スティーブン親子に深々と礼をする。ホールからは、拍手の代わりに優しい笑みが送られた。

 高揚のせいか頬を赤くしたシャーリーがスティーブンに言い切った。


「今度こそ誰かの言葉ではなく、自分の目で見て、自分で考えます」


 スティーブンは力強く頷いた。




 帰りの公爵家の馬車の中。

 フロスト公爵が向かいに座るスティーブンに疲れた様子で話し掛けた。


「間一髪で助かったな。あの王女では、うちの嫁は務まらん。いくら国王の頼みでも無理だ」


 それを聞いたスティーブンは、ニコニコしたままで公爵に返した。


「そうですね。でも、あの方が化けたらどうでしょう。それこそ、私が欲しくてたまらなくなるぐらいにね」


 公爵が顔をしかめる。


「お前、まさか初めからそのつもりで……」


 スティーブンはただ黙って、楽しそうに馬車の外を眺めていた。



 








 




 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
甘やかされ娘が好きになった相手がまっとうな大人のトムさんでよかったな…。勘違い量産してそうなところがあるのでまっとうかは要審議か? 周りの人たちもちゃんと王女様の自立を助けてくれそうでいいですね。
血筋は良いからね。中身も良くなればとは思うだろうな。王族相手に完全なる上から目線だけど
シャーリーを取り巻く環境がやさしい世界で良かった。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ