婚約破棄された公爵令嬢は、隣国王子に溺愛されながら元婚約者を地獄に落とす
王都の春の夜会。
煌びやかなシャンデリアの下、貴族たちが優雅に踊っていた。
その中央で――
「リリアーナ・アルヴェルト公爵令嬢!」
王太子の声が、会場中に響いた。
名を呼ばれた瞬間、私は静かに顔を上げる。
「はい。何でしょうか、レオンハルト殿下」
王太子レオンハルト。
私の婚約者であり、未来の王。
……のはずだった。
だが彼は、私を見下ろすように笑いながら言った。
「私は今ここで、貴様との婚約を破棄する!」
会場がざわめいた。
予想通りの展開だ。
私は表情を変えない。
「理由をお聞きしても?」
すると、王太子の隣に立っていた少女が、勝ち誇ったように私を睨んだ。
伯爵令嬢、エミリア・ローレンツ。
王都で最近やたらと噂になっている女性だ。
「あなたは性格が冷酷で、私をいじめていました!」
エミリアは涙を流しながら叫んだ。
「私は何度も耐えました……でも、もう限界です!」
貴族たちの視線が私に集まる。
レオンハルトは腕を組み、得意げに言った。
「証人もいる。貴様はエミリアを何度も侮辱し、ドレスを破り、階段から突き落とそうとした!」
……まあ、予想通りのテンプレートだ。
私は小さく息を吐いた。
「証拠は?」
「なに?」
「証拠です。殿下」
私は静かに微笑む。
「証人ではなく、証拠をお出しください」
王太子の顔がわずかに歪む。
その時だった。
「証拠ならあります!」
エミリアが叫ぶ。
「侍女たちが見ています!」
すると数人の侍女が前に出た。
だが――
私は知っている。
彼女たちは全員、エミリアの家が雇った者だ。
つまり、買収済み。
王太子は勝ち誇った。
「これで十分だろう」
「なるほど」
私は頷いた。
そして。
「では、こちらも証拠を出しましょう」
「……は?」
私は指を鳴らす。
その瞬間。
会場の扉が開いた。
入ってきたのは、王城の近衛騎士団。
そして――
王国宰相。
「なっ!?」
王太子の顔色が変わる。
宰相は静かに言った。
「リリアーナ嬢から提出された資料を確認した」
「資料……?」
私は扇を開きながら言う。
「殿下。ここ半年間のあなたの行動記録です」
「なっ!?」
貴族たちがざわめく。
「王太子が伯爵令嬢と密会を繰り返していた証拠」
「金銭の授受」
「侍女買収」
「そして――」
私は最後の紙を見せる。
「王家の資金横領」
会場が凍りついた。
「ば、馬鹿な!」
レオンハルトが叫ぶ。
「捏造だ!」
「残念ながら」
宰相が言う。
「すべて事実だ」
エミリアの顔が青ざめた。
「そ、そんな……」
私は静かに微笑む。
「婚約破棄は構いません」
そして言った。
「ただし――」
「王太子殿下」
「あなたの方が、先に破滅します」
その時だった。
会場の扉が再び開く。
現れたのは――
見慣れない男。
だが、その姿を見た瞬間、貴族たちがざわめく。
「隣国の……!」
「皇太子……!」
男はゆっくり歩いてくる。
そして。
私の前で止まった。
「久しぶりだな、リリアーナ」
私は苦笑する。
「お久しぶりです、カイル殿下」
隣国アルディア帝国。
その皇太子。
カイル・アルディア。
彼は私の手を取った。
そして。
「この女性は」
会場に響く声で言った。
「私の婚約者になる予定だ」
「なっ!?」
王太子が絶叫する。
カイルは冷たく笑った。
「愚かな王太子よ」
「宝石を捨てて石ころを拾った気分はどうだ?」
会場が爆笑に包まれる。
王太子の顔は真っ赤だった。
私は扇で口元を隠しながら思う。
――まだ序章ですわ。
❈ ❈ ❈ ❈
「この女性は――私の婚約者になる予定だ」
隣国アルディア帝国の皇太子、カイルの言葉が夜会の会場に響いた。
静まり返る会場。
その沈黙を破ったのは、怒鳴り声だった。
「ふざけるな!!」
レオンハルト王太子が叫んだ。
「そんな話、聞いていないぞ!」
カイルは肩をすくめる。
「当然だ。今決めた」
貴族たちがざわつく。
私は小さく溜息をついた。
「殿下、勝手に話を進めないでください」
「嫌か?」
カイルが覗き込む。
「嫌ではありませんが」
正直に言うと――
この人は昔からこうだ。
強引で、傲慢で、だが誰よりも誠実。
レオンハルトとは真逆の人間だった。
「と、とにかく!」
王太子が怒鳴る。
「この女は性悪令嬢だ!隣国の皇太子ともあろう方が騙されている!」
その言葉に、カイルは冷たい目を向けた。
「性悪?」
そしてゆっくり言う。
「王家の金を横領し、侍女を買収し、女に溺れて国政を放置した男が言う台詞か?」
会場がざわめく。
レオンハルトの顔が真っ青になる。
「なっ……!」
宰相が前に出た。
「王太子殿下」
その声は重かった。
「先ほどの資料について、陛下に報告しました」
「…………」
「結果――」
宰相は告げる。
「王太子殿下は、本日をもって王位継承権を剥奪されます」
会場が騒然となった。
「嘘だ!!」
レオンハルトが叫ぶ。
「私は王太子だぞ!!」
「いいえ」
宰相は冷たく言う。
「もう違います」
その瞬間、近衛騎士がレオンハルトを取り囲んだ。
「は、離せ!」
「不正資金の件で拘束します」
「やめろ!!」
王太子は必死に叫ぶ。
「エミリア!!助けろ!!」
突然名前を呼ばれた伯爵令嬢エミリアは、青ざめた。
「え……?」
「お前も共犯だろう!!」
その言葉に、会場の視線が彼女へ向く。
宰相が静かに言う。
「伯爵令嬢エミリア」
「王太子への贈賄、虚偽証言、侍女買収」
「すべて確認されています」
「そ、そんな……!」
彼女は泣き崩れた。
「私はただ……愛されただけで……!」
「それを共犯と言う」
冷たい声だった。
カイルだ。
「自分が何をしたか理解しているのか?」
エミリアは震える。
「あなたのせいで、この女性は侮辱された」
彼は私の肩を抱く。
「……俺の大切な人がな」
その言葉に、会場がざわめいた。
私は少しだけ顔が熱くなる。
レオンハルトは絶叫した。
「リリアーナ!!」
私はゆっくり彼を見る。
「お前がこんなことを……!」
「ええ」
私は微笑んだ。
「半年かけて準備しました」
「なっ……」
「殿下が浮気を始めた日から、すべて記録しています」
王太子の顔が歪む。
「お前……最初から……!」
「ええ」
私は静かに言った。
「婚約破棄されるつもりでしたから」
会場が驚きに包まれる。
「あなたのような方が国王になれば、この国は滅びます」
「だから」
「その前に潰しました」
完全な沈黙。
カイルが小さく笑う。
「さすがだな」
「褒め言葉として受け取ります」
その時、騎士が王太子を連れていこうとした。
「待て!!」
レオンハルトが叫ぶ。
「リリアーナ!!」
私は振り返る。
彼は叫んだ。
「お前は後悔するぞ!!」
「私は王太子だったんだ!!」
私は静かに答える。
「でした、でしょう?」
その言葉で、すべて終わった。
騎士たちは彼を連行していった。
エミリアも泣きながら引きずられていく。
夜会は騒然としていた。
そして――
静かになった会場で。
カイルが私の手を取った。
「さて」
「正式に聞こう」
私は目を瞬く。
「何をです?」
「結婚だ」
会場がざわめく。
「俺の妃になれ」
直球だった。
昔からこの人は遠回しをしない。
私は苦笑する。
「外交問題になりますよ」
「問題ない」
「両国に利益がある」
「それに」
彼は優しく笑った。
「俺は昔からお前が好きだ」
私は少し驚いた。
「十年前、覚えているか?」
「庭園で泣いていた俺を、お前が叱った」
思い出した。
「泣く暇があるなら努力しなさい」
そう言った。
子供の頃の話だ。
「その日から決めていた」
カイルは言う。
「いつかお前を妻にするって」
私は小さく笑った。
「随分長い片思いですね」
「やっと報われる」
彼は真剣だった。
私は少し考えてから言った。
「条件があります」
「言え」
「私を、絶対に裏切らないこと」
カイルは笑った。
「それは俺の台詞だ」
そして。
彼は私の手に口づけた。
「リリアーナ」
「俺の皇妃になれ」
私は答える。
「はい」
その瞬間、会場が拍手に包まれた。
こうして――
婚約破棄された公爵令嬢は、
隣国の皇太子に愛でられながら
元婚約者を完全に屈服させたのだった。
そして数年後。
アルディア帝国にはこう噂される皇妃がいた。
「絶対に怒らせてはいけない皇妃」
だが同時に。
「皇帝の愛を世界一………そして、誰よりも寵愛されてている女性」
としても有名だった。
――そして元王太子?
彼の名はもう、誰も口にしなかった。




