夢に落ちる
振り回された話
「ねぇ、ちゃんと俺を見て」
私の婚約者が、そう懇願する。
それに、私は曖昧に微笑んだ。
私は転生者だ。
ここは、私が前世で読んだライトノベルの世界。
私は、私の婚約者でヒーローの彼とこの物語の主人公でありヒロインの、恋の当て馬になる悪役令嬢。
笑ってしまうくらいの予定調和。
本当に馬鹿みたい。
そんな相手に恋してしまうなんて。
家同士の、政略としての婚約。
初めて出会ったその日、一目で恋に落ちた。
そしてその瞬間に、自分の前世とこの世界の事を思い出したの。
だから私は、彼を決して愛さない。
だって、これから裏切ってくる相手をこれ以上好きになるなんて虚しいだけだもの。
「ねぇ、聞いてるかい?」
彼の問いかけに「えぇ、もちろんよ」と返す。
……なんて無駄な時間だろう。
彼とのお茶会なんて、なんの意味もないのに。
「学園に通い出したら、お昼は一緒に取ろうね」
でも、その学園で貴方はヒロインに出会うのよ。
「用事がない日は、一緒に帰れたら嬉しいな」
そのうち段々と、私を置いてヒロインと帰るようになるくせに。
「楽しみだね」
学園なんか、行きたくもないわ。
「そんなに冷たくしたら、彼が可哀相よ」
あぁ、またお節介な人達がやって来た。
私達の事なんて、何にも知らないくせに。
「大丈夫よ、放っておいて」
そう返す私に、呆れたように溜息をつく同級生達。
「せっかく誘われても、全部突き放すように断って……見限られても知らないわよ」
「あんなに優しい人、何が不満なの?」
ウルサイなぁ……。
どうせ、あと少しでヒロインが現れる。
そうしたら、どっちにしても私は捨てられるのだ。
「私はね、あの人の何もかもが気に入らないの。私があの人を愛する事なんかないわ。契約通りちゃんと結婚して、子供は産むんだからそれでいいじゃない」
そう吐き捨てた私に、皆の顔が歪んだ。
その顔を見ていると溜飲が下がった私は、フンっと鼻を鳴らして場を後にした。
そして、ヒロインが現れる前に私達の婚約は白紙撤回になった。
お父様からは「お前有責の破棄にならなかった事をありがたく思うんだな」と言われ、それからは何かと煩かった両親や兄弟も、チクチク言ってきていた同級生も、誰も彼もが私に何も構わなくなった。
あっという間に、独りぼっちになってしまった。
大丈夫……元々破滅する運命だったんだ。
それが、少し早くなっただけ。
「僕はね、本当に君が好きだったんだよ。政略結婚だけど、愛し合う夫婦になりたかった……。君と一緒に過ごせる日を楽しみにしていたのに、そんなに嫌ならハッキリと言ってほしかった」
ある日、学園の廊下で偶然すれ違った彼にそう言われた。
「貴方の愛なんて、信じられる訳ないじゃない」
私の言葉に彼は顔をクシャリと歪めると、泣きそうな顔で横をすり抜けていった。
結局のところ、ヒロインは現れた。
彼女の婚約者だという知らない男性と共に。
学園を卒業すると、私は商家の後妻として嫁がされた。
悪い噂の立った私が、苦労なく暮らせるところに嫁に出されたのだから御の字だろう。
前妻との間に子供がいるから、私はお飾りらしい。
夫も継子も使用人も、私をお客様として大事にしてくれる。
元婚約者の彼は、新しく歳下の令嬢と婚約したそうだ。
彼女が学園を卒業し次第、結婚するらしい。
随分と大切にしていると、親切な人が教えてくれた。
一人部屋に居ると、時々、あの頃の事を思い出す。
「ねぇ、ちゃんと俺を見て。俺を通して誰かを見ないで。俺を好きになって」
そう言った彼は、あの時どんな気持ちだったのだろう。
私は、間違ったのだろうか。
それとも、私が決めた選択で未来が変わった?
瞼を閉じると、彼の穏やかな笑顔が浮かんでくる。
年々朧気になるその真っ直ぐにこちらを見つめる瞳を忘れたくなくて、私はそのまま微睡みに身を委ねた。
転生ヒロイン(善良)は「略奪愛なんてヤなこった!」と自力で最愛を見つけて意気揚々と入学するも、既に悪役令嬢が自滅していてビックリして「なんでぇ?」となっている。




