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手紙の舟  作者: 木蓮
3/6

海を渡る手紙

あの日、ポストの中に見慣れない色の封筒が混ざっていた。

少し擦れた、淡い青。


宛名は、たどたどしい日本語で書かれている。


「サトウ ハルコ サマ」


春子は思わず手を止めた。

差出人の欄には、フランスの住所。

ブルターニュ……はじめて聞く土地の名まえにワクワクした。


封を切る指先が震えた。

中から現れたのは、白い便箋が三枚。


少し大きな字で、丁寧に書かれた日本語が並んでいた。

ところどころひらがなを間違えているのが、かえって愛おしく感じられた。


春子は机に腰を下ろし、ゆっくりと読みはじめた。


────────────────────────

親愛なる春子さんへ


はじめまして。ぼくはリュカ・ローランといいます。

フランスのブルターニュという町に住んでいます。

牧場の家に生まれ、毎日動物たちと一緒に暮らしています。


戦争が終わって、ぼくの町もやっと静かになりました。

でも、まだ壊れた家がたくさんあります。

大人たちは、「これからは新しい世界になる」と言っています。

ぼくも、そうなってほしいと思います。


日本のことは、学校で少しだけ習いました。

富士山という大きな山と、桜の花がとても美しいと聞きました。

でも、ぼくはまだ一度も桜を見たことがありません。

いつか、見てみたいです。


ぼくの町にも春になると花が咲きます。

ぼくは花が好きです。

きっと、春子さんの町にも花がありますよね?

どんな色の花が咲いていますか?


ぼくの日本語は下手かもしれません。

お父さんが少し手伝ってくれました。

どうか、読みにくかったらごめんなさい。


これから、あなたと手紙を交わせることがとてもうれしいです。

ぼくは十七歳です。

でも、いつか日本へ行ってみたいと思っています。


あなたの国の春は、どんな匂いがしますか?


敬意をこめて

リュカ・ローラン

フランス・ブルターニュから

──────────────────────────────



文字の揺れや、何度も消した跡から、リュカの誠実さや純粋な心が伝わってきた。

便箋を読み終えるころ、春子の胸がほんのり温かくなっていた。


言葉は拙くても、真っすぐで、どこか懐かしい。

遠い海の向こうで同じ春を見ている――それだけで、涙が出そうになった。


春子はそっと窓を開けた。

春の風が吹き込み、菜の花の香りが部屋に満ちる。

その香りが、まるで彼の手紙の続きを運んでくるように感じられた。


――あなたの国の春は、どんな匂いがしますか?


リュカの最後の問いが、何度も心の中で反響した。

彼に伝えたいことが、たくさんあった。


けれど、どんな言葉を選べばいいのだろう。

「ありがとう」だけでは足りない。

「うれしい」だけでは軽すぎる。


窓の外の黄色い花を見つめながら、春子は心の中でそっとつぶやいた。


――この景色を、あの青年に見せたい。


その夜、机の上に便箋を広げた。

ペンを持つ指が少し震えていた。


でも、胸の奥には小さな灯がともっていた。


やがてインクが紙を染め、

一文字ずつ、彼女の想いが形を取りはじめる。


彼が読みやすいように、理解しやすいように。


それが、彼女の最初の返事となる手紙だった。

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