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本物の大聖女

ふわふわ波打つ肩より少し上の黒髪に、ぱっちりした二重の目の中はさながら黒曜石の輝き。まだあどけなさの残るぷるぷるの唇とほっぺ。制服も中身も可愛いと有名な女子高と記憶しているが、きっとその中でもかなり目立つ部類の子だろう。マリアより小柄なこともあって、思わず抱きしめたくなる可愛らしさだ。


少女は立ち上がってぺこりと頭を下げる。純日本風の挨拶だ。こちらでは謝罪以外で頭を下げることはないので、何も悪いことをしていない大聖女さま(仮)のお辞儀に王様までもが慌てていた。


順々に名前と担当科目を告げて挨拶する。少女に近い順、つまり部屋に入ってきた順だったので、これもマリアが最後だった。


「半年前、きっとあなたと同じタイミングでこちらに来ました。岡本真理愛と言います。日本では普通に会社員でした」

「!!」


名前と「日本」という単語を出した途端、少女の表情が変わった。驚きと喜び。


良かった。少なくとも現時点で、大聖女さまはマリアを憎んではいないようだ。


「私があなたに教えられることなんてほとんどないと思うけれど、話し相手にしてもらえたら嬉しいです」

「とんでもないです!! 向こうのことを知っている人がいらっしゃるなんて、本当に、本当に······! ぜひ詳しいお話を聞かせてください。わたしは坂本陽茉莉です。高校3年でした」


涙ぐむほどの勢いで真理愛に握手を求める陽茉莉。知り合いも記憶もなしに異世界で過ごすというのは、この華奢な少女にとっていかに過酷なことだったろう。それでも、「向こう」とか高校生「でした」といった言い回しに、この世界で生きていこうと必死で食らいついてきた少女の強さと覚悟が読み取れた。


王宮に保護されたことで、陽茉莉の心が少しでも安らげばいい。自分との雑談がちょっとした休息になればいいな。マリアは素直にそう思った。


「気軽にマリアと呼んでください。週に1回、お茶会の練習がてら、私とお喋りしましょう」

「はい、マリアさん。わたしのことはヒマリでお願いします。お茶会、とても楽しみにしています······!」


表情がくるくる変わるヒマリの飾らない様子に、マリアはかなり好印象を持った。クリスを含めた他の教育係たちも同様らしく、マリアと握手するヒマリを微笑ましそうに見つめていた。


かくしてヒマリの大聖女教育が始まったのである。



***



今さらだがこの世界はマリアがいた現代日本と時間間隔はほぼ同じである。といっても正確な時計やカレンダーは普及していないので、王城や教会の鐘の音で朝の一定の時刻――たぶん6時くらい――を知るのみだ。日本で言うところの日曜日は鐘が1つ。月曜は2つで火曜は3つ、どんどん7つまで増えて次の日曜にまた1つに戻る。


マリアの担当は7つ鐘の日の午後。

クリスは、大聖女教育のメインである聖なる魔法の担当だけあって、2つ鐘から6つ鐘まで毎日の午前中担当になった。


マリアはその間クリスの分まで治療院の仕事をこなさなければならないし、クリスはクリスで限られた時間で業務を進める必要があり、どちらも目が回るほど忙しくなった。


必然的に、クリスとゆっくり話せる時間はほぼなくなってしまった。


マリアには、この世界にクリス以外に親しい人などいない。クリスと話せないということは、一日中業務上の味気ない会話しかしないということであり、これがけっこうきつかった。


「マリアさん、何かお疲れですか?」

「あっ……すみません、ぼーっとしちゃって。大丈夫です」

「ならいいんですけど……」

「それより、話の続きを聞かせてください。貴族名鑑を覚えるのに作った語呂合わせって?」

「あ、はい! えっと……」


七日に一度のヒマリとの会話は、いつしかマリアにとっても楽しみになっていた。


ヒマリは第一印象の時から変わらず、素直で明るい少女だ。きっと家族や友人にも愛されていただろう。それを突然引き離したこの世界の住人を恨むでもなく、「この世界の人達だって、困り果ててやったことですから」と自らの役割を進んで果たそうとしている。


すでに高位の治癒魔法も浄化魔法も使いこなせ、今はこの国の文化や常識を学んでいる段階だ。ヒマリに言わせれば、「魔法は教わらなくても何となく使い方がわかるのに、勉強はちゃんと自力で頑張らないといけなくて容赦がない。異世界に来てまで地理や歴史のテストがあるとは思わなかった」だそうだ。


有名女子高生であっただけあって地頭が良いようで、文句を言いながらも着々と知識を身に着けている。今日は3回目のお茶会だが、このぶんなら大聖女としてのお披露目が早まるだろうから、次の次くらいのお茶会はなくなるかもしれない。


これが本物の大聖女。中途半端でない、才能をもった人。


マリアはすでにこの国を故郷のように思い始めていたから、ヒマリのような子が国を守ってくれるようになるのはとても嬉しかった。彼女なら人々の期待に見事応え、国に平和をもたらしてくれるだろう。

自分が失望させてしまった人々も、今度こそ安心して眠れるようになるといい。



***



平和とヒマリの活躍を祈る心は本音だが、全てを飲み込み切れているわけではない。


「はぁ~~~~」

治療院の外来、患者と患者の合間に、マリアはどんな幸せも裸足で逃げ出しそうな重苦しいため息を吐いた。助手が驚いて振り返る。


「腹でも壊したんスか?」

「や、違います違います! ちょっと疲れちゃって」

「クリスさんにも会えてねえですもんね」

「それなんですよ······」

「······まさかこんな堂々と惚気られるとは俺も思ってねかったっスよ」

「いや惚気とかでは······はぁ······」


独特な訛りの助手は、聖女ではなく治癒魔法は使えないが、患者の案内や診察の補助をしてくれる。現代日本で言うところの看護師さんに近い役割だ。クリスやマリアにとっては信頼できる同僚なのだが、さすがに今の複雑な乙女心を事細かに共有されても彼も困るだろう。そう思ってマリアは説明を諦めた。


今日は5つ鐘の日、時刻は大体夕方。もうとっくにクリスは王宮から帰ってきているだろうに挨拶もできていない。というか4日前、1つ鐘の夜以来、顔すら見ていない。


「会いたいなぁ······」


今度は助手に聞こえないような小さな声。

相変わらず恋愛感情なのか自己投影なのかわからない宙ぶらりんなマリアの心中だが、会いたいというのは疑いようのない本心だ。もはや吐息と言ったほうが正しいマリアの微かな呟きは、誰にも届かず空気に同化していった。

まだしばし連続投稿する予定ですので、お読みいただけたら幸いです。

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