出来損ないのお披露目
マリアとクリスは謁見の間に通された。
王様は玉座に座っており、宰相が傍に控えている。ざわついた部屋の中には高位貴族の面々と、マリアの教育係であった各道の第一人者たちの姿もあった。
「わざわざすまないな、ブラックリー卿、聖女マリア殿」
王様は部屋に入ってきた丁寧に立って声をかけてくれた。想定していたよりも声色は穏やかだ。
しばし人が揃うのを待った後、王様が口火を切った。
「宰相、まずは皆に説明を。聖女さまを待たせている故、手短にな」
「は。皆々様早馬でお聞き及びかと思いますが、本当に突然、もう一人の異世界の聖女が見つかりました。これから詳しく確認することになりますが、おそらく大聖女さまの器であらせられるでしょう」
高位貴族たちがざわめき、我先にと発言をする。
「田舎に打ち捨てられていたと聞きました。大聖女さまはご無事なのですか」
「すでに浄化の魔法をお使いになったというのは本当ですか」
「浄化魔法が使えるならば、ぜひ我が領地に派遣していただきたい」
「いや、我が領地の方が危機に瀕している。何卒ご高配を」
「ご静粛に! まず、ヒマリ様はお元気です。すでに記憶も取り戻され、王宮内に保護しています。今後は浄化魔法を含めた聖なる魔法の安定化を目指していただき、その後順次各領地に赴いていただくこととなるでしょう」
宰相の発言に、まずは安堵の声が漏れる。
「ついては大聖女教育期間を慣例に従い三月とします。ただ、それよりも早く魔法の習得が叶った場合、お披露目は柔軟に早めていきましょう。急ぐ必要がありますので、教育係は、マリア殿の時の教育係にそのまま引き継いでもらうということでいかがでしょうか」
誰からも異論は出なかったが、名前が出てしまったことでマリアに少なからず注目が集まってしまった。
あのう、おずおずと貴族の一人が挙手をする。
「此度は、一度に二人の大聖女が降臨したということですか? それともマリア様は……」
何かの間違いだったのか、という言葉はさすがに続かなかった。
その質問には王が答えた。
「皆、マリア殿は、国が認めた『聖女』である。遠き世界から我らに救いの手を述べんとし、事実今は王立治療院で民の救済にあたってくださっている」
異世界の聖女は、魔法やこの国のことを学び終わって無事に浄化魔法が使いこなせるようになった時に、公式に「これから魔物浄化の巡業にいきますよ」という宣言のためのお披露目式が行われ、大聖女の称号を与えられる。歴代の召喚された女性たちは例外なく華々しい式典で国民の祝福を受けたという。
一方マリアは、巡業に出るような実力がなかったから当然お披露目もされず、大抵の貴族にとっては召喚の儀以来、公の音沙汰がない存在なわけだ。もちろん、王宮の召使いの間でも悪い意味で話題になったくらいだから、高位貴族達は皆それぞれの情報網でマリアの実態を掴んではいたのだろうが。
だから、王はあえて自らここで発言してくれたのだろう。聖女でしかなかったが、国が存在を許した、使い道のある存在だから手を出すな、と。
それでも、落胆と侮蔑が混じった視線がマリアに注がれる。
これが嫌で王宮から逃げだしたのに。これではまるで出来損ないのお披露目だ。背筋を丸めようとしたマリアの前に、クリスが進み出る。
「現状は理解しました。私たちごとき若輩者がお手伝いできることなどなさそうですね。今こうしている間も治療院に運び込まれる患者がおりますので、これにて失礼致します」
生意気な口をきく若造だ。いくら辺境伯家の嫡男とはいえ。いや確か軟弱すぎて廃嫡されたのではなかったか。ああ、あの、男なのに聖なる魔法が使えるという……。
クリスに対しても侮蔑が降り注ぐ。それでもクリスは堂々と王と宰相を見つめていた。ぴんと伸びた背筋が眩しい。自然とマリアもしゃんとする。
宰相が慌てて告げた。
「滅相もない。お二人にはご負担をおかけして申し訳なく思いますが、ブラックリー卿にはヒマリさまの聖なる魔法の教育係になっていただきたいのです」
「私は王立治療院の役職を頂いてからまだまだ日の浅い身です。神殿の聖女さまの方が適任ではありませんか」
「ヒマリさまは18歳でいらっしゃいます」
「それは······!」
「わかってくれ、ブラックリー卿」
「陛下······」
クリスは心外だという顔で食ってかかろうとしたが、王様に対してこの場でそれ以上言い募るわけにいかず、言葉を飲んで引き下がった。マリアには「歳が近いほうが適任」というだけにしか聞こえなかったが、違う意味があるのだろう。後でクリスに聞いてみよう。
「マリア殿は、ヒマリさまと同郷で歳も近い。良き話し相手になってさしあげてほしい」
少々周りがざわついた。出来損ないの並聖女が大事な大事な大聖女さまに近づいては、何か悪い影響を与えるのではないかと危惧する声が誰からともなく上がる。そういった発言には王が睨みを効かせて黙らせた。つまるところ、これは王命なのだ。
マリア個人の感情としては、日本人と会える貴重な機会だし、18歳の女の子であれば何かと内々に相談したいことだってあるだろう。何より自分のせいで知らない土地のさらに辺境に、何の案内もなく放り出されていたのだ。罪滅ぼしのつもりで働くのはやぶさかではなかった。
「謹んで拝命いたします」
聖女教育で習得した淑女の礼をとる。今度はほう、という声が漏れ聞こえてきた。「ほう、出来損ないのくせにマナーは悪くないんだな」の「ほう」だ。いちいち値踏みされるのが不愉快だ。
「ありがとうございます。それでは報告会はこれにて終了です。教育係の皆々様はこの後すぐヒマリさまにご紹介させていただきます」
王様と宰相について教育係たちが部屋を出る。マリアも一応教育係枠らしく、一番後ろをついていく。もちろん隣を歩くのはクリスで、なんだか浮かない顔をしていた。先程のやりとりに原因があるのだろう。
理由を尋ねる間もなく聖女ヒマリの居室に到着する。数ヶ月前までマリアも使っていたあの部屋だ。中に入ると見慣れた調度品に囲まれて、都内の有名女子高のセーラー服に身を包んだ可憐な少女が座っていた。
お読みいただき幸甚です。
ブックマーク、ご評価を頂戴できますと執筆の支えになります。