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幸せでいてほしい

マリアが王立治療院で働きだして早2ヶ月。召喚されたのは寒い季節だったが、この頃は日中はぽかぽか陽気になってきている。

そして、気候と連動するかのような変化が、マリアの心にも訪れていた。


マリアは治療院の中庭のベンチにクリスと並んで座り、サンドイッチに舌鼓を打ちながら思った。


「クリスさんが、とにかく推せるのよ……」

「ん、何か言った?」

「これすごくおいしいですね!!」


あまりの心地よさについ気が緩んで心の声が漏れた。味の感想を伝えてうやむやにする。本日の昼食は、なんとクリスのお手製。作りすぎたから一緒にどうかと誘われたのだ。


「よかった!」


昔実家で飼っていたゴールデンレトリーバーのような笑顔で喜ぶクリス。

見たところ貴族出身のお坊ちゃんだろうに、貴族らしい裏のある言葉も使わないし、余計な詮索や噂話もしない。宿舎では身の回りのことや家事も自分でこなしている。それらはこの国の価値観では必ずしも良いことではないのかもしれないが、マリアにとってはすべて好ましく映った。


恋愛感情……とは違うと思う。だって、仮にクリスが明日誰かと結婚すると聞いたとしても、マリアの心に浮かぶのは嫉妬ではなく祝福だ。

彼には幸せでいてほしい。

それがマリアの素直な気持ちで、恋心ってきっとそんな綺麗なだけのものではないはずだ。


「マリア、申し訳ないんだけど、時間がある時に副院長室の整理を手伝ってくれないかな」

「もちろんいいですよ」

「助かるよ。急に任命されたはいいけど、前の副院長が書庫みたいにしちゃってて。ほんと勘弁してほしいよ」

「ふふふ、じゃあこの後少し頑張っちゃいましょうか」


クリスを励ましつつ副院長室に行くと、なるほど、確かに部屋というより崩れる寸前の本棚だ。これを下の者に任せずに自力で掃除しようというのがクリスらしい。そんなクリスに頼ってもらえたのが、マリアは誇らしかった。


クリスとしては、マリアには力仕事でなく空いた場所の掃除を頼みたかったのだが、マリアは当然のように本を運び始めた。


「ま、マリア、これ重いよ?無理しないで。あ、そんなに持ったら危ないよ。一冊ずつにしな」

「一冊って。私のこと赤ちゃんとでも思ってます?」

「かわいい後輩だと思ってるよ」


ぐ、マリアは唇を噛んでにやけるのを抑える。不意打ちでこういうのはずるいと思う。

咳払いで誤魔化して、マリアは持てるだけの本を抱えた。

これを図書室に持っていけば、と、方向転換した瞬間、足元の本に躓いた。抱えていた本の山が傾き、それを追いかけるようにマリア自身もつんのめる。


「危ない!······っと、うわ!」


ドサドサドサッ

クリスは颯爽と構えて本ごとマリアを受け止めよう――として、支えきれずに二人して倒れた。


「わ、すみません!ケガは!」

「わー、ごめんね!ケガは!」

言葉がピッタリ重なる。クリスとマリアは顔を見合わせて同時に噴き出した。


「すみません、すぐどきます。重かったですよね」

笑いを噛み殺しながらマリアが言うと、クリスは慌てて否定した。

「いや、僕が非力なのが悪いんだ」


クリスには珍しい言い回しだ。顔は笑いつつも瞳にほんのりと悲しさが宿っているのも気になった。

マリアは少しだけ踏み込んでみた。


「私に対しては浄化魔法が使えないのが悪いなんて絶対仰らないのに、ご自分には厳しいのですね?」

「うっ······ちょっと、トラウマというかコンプレックスというか······。情けない話なんだけど、いい機会だから聞いてもらえる?」

「クリスさんが話したいところまでなら」


決して無理強いする気はないとマリアが示すと、クリスは表情をいつもの柔和な笑みに戻して語りだした。


「僕、辺境伯の長男なんだ。領地は特に魔物が多い地域で、家業はほぼ魔物の討伐。でも、僕は剣術や馬術ってものがからっきしだった。僕なりに努力はして、やっとの思いで前線に出てみても、やっぱりこの手で魔物を殺すことができなかった。辺境伯の跡継ぎが戦えないなんて笑えない。それで、成人すると同時に廃嫡されて、家を出てきたんだ」


どこかで聞いたような話だった。短く纏めているけれど、辛さもやるせなさも申し訳なさも、マリアには深く、深く理解できた。


「その後すぐ治癒魔法が使えることに気づいて、意気揚々と治療院に行ったのに、そこからまた大騒ぎだったよ。男の聖女なんて聞いたことがない! って」


まとわりつく好奇の目線。


「もともと家の者からは男のくせにナヨナヨして情けないって言われてたのに、他人からも聖女を冒涜するなとか言われてさ」


どこにも居場所がない悲しみ。


「剣が使えれば『治癒もできる有能な剣士』になれたし、浄化が使えたら『故郷を守るべく顕現した聖なる魔法使い』になれたかもしれないのになあ。なーんて」


中途半端な自分への憤り。

マリアにはわかる。ああ、私達は本当に似ている。あなたが私に欲しい言葉をくれるのは、私を通して過去の自分を守っていたからだったんだね。


それなら。

精一杯の誠意を乗せて、マリアは口を開いた。


「私はここでクリスさんに会えて救われました」


それなら、私の言葉も、あなたに届くかな。


「戦いが嫌って、何も傷つけたくないって素敵なことだと思います」


あなたに貰った、とても大事な言葉。


「最善を尽くしてきたあなたの過去を心から尊敬します」


そして、未来が幸せであることを願います。

何度だって祈る。

あなたには幸せでいてほしい。

お読みいただきありがとうございます。

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