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救国の大聖女、候補

神官に案内されたのは応接間と思われる部屋だった。大きな窓にはガラスがはめ込まれている。青空が眩しい。どうもこちらは昼間らしい。窓枠もその他の調度品も装飾が少ない質実剛健といったもので、赤い布張りのソファの座り心地は真理愛の自宅マンションに置いてある国産の安物にちょっと似ていた。


「お口に合えばよろしいのですが」

取っ手のないティーカップに入ったお茶らしき液体が、木製のローテーブルに置かれた。


「頂戴します」

そっと口をつけると、ハーブのような爽やかな風味がやさしく広がった。日本でいうところのカモミールティーみたいなものだ。お茶菓子もどうぞ、とシンプルなクッキーも勧められた。全粒粉とナッツと思われる香ばしいおいしさだ。


国の要人を通すであろう部屋でこの調度品や茶菓子ということは、文明のレベルは現代よりは多少落ちるのだろう。が、極端に味覚が違うこともないようだし、雨風をしのぐには十分な住居が期待できる。衣服も、少なくとも見た目は清潔でしっかりした布地にみえる。真理愛はまたひとつ安堵した。


真理愛の肩の力が少し抜けたのが伝わったのだろうか、白ひげの神官が軽く腰を折ったまま話し始めた。


「それでは、ご説明をさせて頂きます。私は神官長を務めております、アルバと申します」

「岡本真理愛と申します。真理愛、の部分が名前です。よろしくお願いします。もしよろしければお向かいに座ってお話しいただけますか」

「光栄の至りにございます」


神官長は意外に大きな抵抗もせず座ってくれた。丁重すぎる扱い方だったから、固辞される覚悟もしていたのに。


「まず、突然お呼び立てした非礼を心よりお詫び申し上げます。ですが、我々には他に手立てがないのです……」

こちらをご覧ください、と机の上に簡易的な地図が広げられる。


「このように、我が国は四方を山と森に囲まれ、そこには魔物がうじゃうじゃと跋扈しています。街と街を結ぶ街道、果ては王都のすぐ外にさえも魔物どもが出没し、作物や人肉を求めてたびたび襲かかります。兵を集め、都度討伐しておりますが、それだけでは犠牲者が増えるのみ。数百年前、そのような状況を憂いた王が神に祈ったところ、異世界から大聖女さまをお呼び寄せくださったのです」


周りの神官たちもうんうんと頷いている。この国におけるよく知られた歴史なのだろう。神官長の話は続く。


「召喚された大聖女さまは、瞬く間に魔物どもを浄化してくださいました。以来、およそ80年ごとに異世界から大聖女様をお呼びして参りました。先代様がお隠れになって早10年、日に日に増える魔物どもに翻弄される我々の呼びかけに応えてくださったのがマリア様なのです」


救国の大聖女、とか聞こえていたのは気のせいではなかったらしい。真理愛は頭を抱えた。


「確かに私はあなた方の声を聞きました。でも、私は普通の人間ですよ? 特に秀でたところもない、ごく普通の女です。とても恐ろしい魔物の相手ができるとは思えません」

「ほほ、召喚された大聖女さまは必ずそう仰いますね。しかし、どの大聖女さまも、見事魔物を鎮めてくださいました。きっとマリア様も」

「そういうものでしょうか……」

「はい。第一に、召喚魔法で世界を越えてこられるのは、聖なる力をお持ちの方だけです。ですからマリアさまは、確実に、少なくとも聖女であらせられます」


少なくとも聖女、という表現に引っかかった。純日本人の真理愛にしてみれば聖女と聞くだけですごい人な気がするが、大聖女には敬称がついていたし、たぶんもっと格上の存在なのだろう。


「聖女と大聖女という名称は、明確に使い分けていらっしゃるのですね?」

「おっしゃる通りです。『聖女』とは、聖なる力が使える方を指します。力が強くとも、弱くとも。弱い方だと、簡単な治癒魔法だけが使えます。ただの聖女であれば、我が国民にもごく稀に生まれます」

「ただの聖女……」

「『大聖女さま』とは、聖なる力を強く宿しておいでで、治癒魔法はもちろん、浄化魔法も使える御方を指します。我が国生まれの大聖女さまは歴代にお1人だけで、逆に異世界からお呼びした方々は全員が大聖女様になられました」

「なるほど。だから私には『大聖女』としての役割を期待しておいでなのですね」

「率直に申しませば。まずはこれから三月の間、王宮でお過ごしになってください。その間に聖なる魔法の使い方や我が国の文化についてお話させていただければと思います」


真理愛はふっと息を吐いた。どこかのゲームシナリオみたいに、いきなり「魔王討伐に行け」などと言われるか警戒していたが、そういうことでもないようだ。


「もし、私がただの聖女で終わってしまったらどうするのですか」

「ほほ、ご心配召されますな。そのような前例はございませんよ。滞りなく大聖女さまとなられた暁には、国を挙げて生涯お仕え致します」


大聖女ほどの力がない可能性は考慮してくれないらしい。この感覚、大学受験の時に似ている。嫌な予感に身震いする。

それでも、ここまで来てしまった以上、とりあえずやってみるしかないだろう。

聖女マリアの誕生だ。



***



「嫌な予感って当たるもんだよね」

王宮内の一室、大聖女を癒すべく誂えられた快適な天蓋付きのベッドに大の字になってマリアは独りごちた。


猶予期間の三ヶ月はあっという間に過ぎ去った。

つけてもらった教育係は、皆その道の一流の方々。もちろんマリアはとても真剣に取り組んだ。おかげでこの国の貴族の面々はほとんど覚えていて、宮廷マナーは完璧だ。何も見ないでもまあまあ詳しい地図を描けるし、各地の主要産業や経済状況だってスラスラ出てくる。


でも、肝心の魔法が、どうやっても上達しなかった。


まったく使えないわけじゃない。そこそこのケガや病気は治せる。間違いなく聖女ではある。でも、大聖女なら生きてさえいればどんな大怪我であろうとたちまち治せるという。そんなマリアには、治癒魔法より上位とされる浄化魔法は当然使えない。


「つまり、大聖女になるよう期待されていたけど、そこそこの聖女にしかなれなかったわけだ。私、いつもこうだなぁ」


歴代の大聖女は、召喚されて1週間もすれば浄化魔法を使いこなしていたらしく、教育係たちにとってもこんなことは初めてらしい。時が経つごとに周囲の目に焦りが浮かび、ここ1ヶ月は落胆や侮蔑の色が混じり始めた。当然だろう、とマリアは受け止めていた。貴重な20年に一度のチャンスを無駄にした他所者なんて疎んじて然るべきだ。


「しっかし、これからどうするかなぁ」


マリアはこの三ヶ月で悟った。この国の人達は、優しく理性的だ。

いきなり呼び寄せるという非常識を自覚していて、マリアの不安を取り除いた上で、彼らにできる最大級のもてなしをしてくれた。今は、どうも大聖女ではないと勘づいているのに、放り出したり始末したりする素振りもない。直接文句を言ってくることすらない。気には食わないが、呼び出した以上面倒はみてやろう·····そんな感じに見受ける。


「だからこそ、このまま穀潰しとして生きていくのは嫌なんだよね。うーん、うん、よし、働きたいって頼んでみよう」


治癒魔法がそこそこでも使えるのはマリアにとって最大の幸運だった。この国生まれの「ただの聖女」達は、力はマリアと同じかもっと弱く、大聖女と違って信仰の対象ではない。それでも数百人に一人しか生まれない貴重性故、治療院では重宝されているらしく、きっとマリアも自分の食い扶持を稼ぐくらいのことはできるだろう。


期待を裏切った元大聖女候補として王宮に囲われ続けるのは嫌だ。

ただのマリアとして、ただの聖女Aとして目立たないように慎ましく暮らそう。


教育係にそう伝えると、明らかにほっとした顔をした。マリアはもっと早く決心するべきだったと申し訳なく思った。教育係は、それはもう素早く王立治療院への紹介状を用意してくれた。治療院の方は万年人手不足らしく、並聖女であっても大歓迎で、これまた早々に色よい返事をくれた。


あれよあれよと話が進み、王宮を出たいと希望してからほんの10日後、マリアは王立治療院で働くこととなった。

続きもお読み頂けたら幸いです。

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