第8話「王都の再会、剣姫の帰還」
王都──かつての日常が、視界の向こうに広がっていた。
高い尖塔、整然とした石畳、昼下がりでも行き交う人々の声が響く。
変わっていないように見えるその景色に、私は懐かしさと同時に、わずかな警戒を覚えていた。
(この空気。懐かしいのに、どこか遠くなった気がする)
馬車を降りたとき、私を出迎えたのは、騎士団の紋章を刻んだ衛兵たちだった。
けれど、彼らの視線はあの日とは違っていた。
「リセリア様、お戻りをお待ちしておりました」
抑揚のない声。だが、どこか敬意を含んでいる。
それが形式的なものでも、私を“追い出された存在”としてではなく、
“必要とされる者”として扱うように感じたのは、私の思い上がりではないはずだ。
「ふん。あの時はあなたたち、私を見もしなかったくせに」
と、小さく呟いたのはノエだった。
彼は軽口のように言うが、その視線は周囲の兵の動きを鋭く観察している。
セラは何も言わず、私のすぐ後ろをぴたりと歩いていた。
まるで影のように、私の背を守ってくれるその存在が、いまは頼もしい。
私たちはそのまま、王宮の正門をくぐる。
城の内部は以前と何も変わらなかった。だが、通る人々の視線が、やはりどこか違っている。
ざわり、と。
私が通るたびに、視線が走る。
(知っているのね、“契約した”ことを)
当たり前だ。月竜との契約が、宮廷で隠しきれるものではないことくらい、私自身が一番理解している。
私が案内されたのは、かつてよく使われていた応接の間だった。
懐かしさに目を細める暇もなく、扉が開いて──そこに現れたのは。
「……やあ、リセリア。久しぶりだね」
第二王子、リオネル・ヴァルセリオ。
(顔は変わっていない。けれど、瞳の奥にあるものが──薄く、揺れている)
「随分と軽い言葉ね、リオネル殿下。
“お久しぶり”と呼ぶには、私たち、あまりに不愉快な別れをしたはずだけれど?」
私は静かにそう返した。声に棘は含めない。
だが、その温度は限りなく冷たい。
「……あれは、誤解だった」
「そう。ならその誤解で、私はすべてを失ったわ。
名誉も、立場も、未来も。あなたの“言葉”ひとつで、すべて」
リオネルが何かを言いかけたその瞬間、部屋にひときわ大きな足音が響いた。
「リセリア・ヴァンブローズ!」
扉がもう一度開かれ、入ってきたのは──クロエ・デュメレ。
男爵家の令嬢にして、あの断罪劇の中心にいた少女だ。
「あなた、よくものこのこと……!」
「“契約者”に対して、よくもそんな無礼を。
王宮に泥を塗るつもりか?」
遮ったのは、セラだった。
彼はクロエの前に立ちふさがり、その瞳を冷たく細める。
「誓約騎士、セラヴェル・フェルゼイン。
この剣は、契約者リセリアにのみ仕える。……敵意があるなら、今、試してもいい」
その場に、冷たい緊張が走った。
クロエは顔を赤くして口を噤み、リオネルは唇を噛みしめた。
そして私は、息を吐き出す。
「私は陛下に呼ばれてきた。
それ以外の口論に興味はないわ。……私の剣は、誰かと争うためではなく、“確かめる”ためにあるの」
「リセリア……」
リオネルの声がわずかに揺れていた。
その揺れの理由が、後悔なのか、未練なのか。
それとも、かつて自ら追放した女が、自分よりも強い力を得たことへの動揺なのか。
私は、それを確かめるつもりはなかった。




