表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

第7話「呼び戻しの書状、そして剣の決意」

朝の空気は、夜のそれとはまるで違っていた。

清涼というよりも、張り詰めた冷たさがあった。


私は塔のバルコニーから、霧の立ちこめる森を見下ろしていた。

そこには何も見えない。けれど、何かが近づいてくる気配だけはわかる。


ノエが昨日言っていた“お呼び”。

それが今日、届く予感がしていた。


ノックの音は、やはり静かだった。


「失礼いたします。リセリア様、王都からの使者がいらしております」


ミリアムの声。普段はやかましいくらいに元気なのに、今朝の彼女はやけに静かだった。

無理もない。こうなることは予想していたけれど、実際にその瞬間が来ると、やはり心は波立つ。


「……通してちょうだい。私は下に降りるわ」


階段を降りる足音が、自分でも妙に重たく感じた。


広間に降りると、そこには深緑の外套を着た男性がひとり。

控えめな装いながら、所作には王宮仕えの矜持があった。


「リセリア・ヴァンブローズ様。

陛下よりのご伝令にあがりました。ご帰還を、との勅命でございます」


そう言って差し出されたのは、銀糸で封印された書状だった。


(……とうとう、来たのね)


「受け取るわ」


封を切ると、中には簡潔な文章が記されていた。

内容は予想通り。王宮への帰還命令、そして“月竜との契約に関する聴取”という名目。


だが、形式を取り繕っていても、これは事実上の呼び戻し。

私を追い出した王宮が、いまさら何を望むというのだろう。


「……どうするおつもりですか」


後ろからかけられた声に振り返ると、そこにはセラがいた。

いつもの無表情。けれど、その声には確かな緊張が宿っていた。


「行くわよ」


「危険です。あの場には、あなたを追放した者たちが揃っている。

再び同じ仕打ちを受ける可能性もある」


「ええ、わかってるわ。でも、私は逃げない。

あの日と同じ場所で、今の私が何を持っているか、証明する」


彼の瞳がわずかに揺れた。


「……なら、私もお供します」


「いいの?」


「私の剣は、あなたに誓った。

あなたが向かう場所がどこであれ、それが奈落でも、私は共に在ります」


セラの言葉は、いつも不器用なくらい真っ直ぐだった。

それが、どうしようもなく心に響く。


「ありがとう、セラ」


その瞬間、扉がふわりと開いた。


「ふたりとも、朝から重い空気だねぇ。

もっとこう、契約者としての凱旋! とか、前向きな雰囲気にしたらどう?」


ノエインだった。飄々とした笑みを浮かべながらも、その目は真剣だった。


「あなたも来てくれるの?」


「当然。学術的にも月竜との契約は興味深いし、君が何を成すのか、目撃者にもなりたい」


「……心強いわね」


「それに、僕がいないと、セラがまた無茶しそうだから」


「……否定はしない」


セラが小さく頷いたのが可笑しくて、私は少しだけ笑った。


* * *


出発の支度を整え、塔の外に出たとき、

ミリとフィリが並んで立っていた。


「リセリア様、必ずお戻りください」


「リセリア様は、わたしたちの主です。……たとえ、竜の器でなくとも」


「ええ。約束する。……私の帰る場所は、ここだから」


そう言って、私はふたりの頭に手を置いた。

ミリは少しむくれ、フィリはまぶしそうに目を細めた。


遠くで馬車の車輪が音を立てる。

王都への道は、かつてと同じ石畳。でも──今の私は、あの日の私じゃない。


「行こう。王都に、私の剣を見せに」


私はそう言って、塔を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ