第6話「月下、静かな剣の音」
夜の中庭は、ひときわ静かだった。
冷たい石畳に薄く霧が立ち、塔の影が月光に溶けている。
私はその中心で、黙々と剣を振っていた。
ただ、自分の呼吸と足音、剣が空を裂く音だけが耳に届く。
(呼吸は安定。姿勢も崩れていない。……けれど)
剣の感触が少し重たい。
身体は万全。なのに、振るたびに重みが残るのは、剣のせいじゃない。
心の底に、まだ澱のように沈んでいるもの──
断罪されたあの日の、悔しさ、悔い、虚しさ。
「……やっぱり、剣を振ってる君は絵になるね」
その声に、私はふっと剣を止めた。
振り返らなくてもわかる。飄々とした軽口、塔に入り込んでくる気配。
「ノエイン。今夜も、忍び込み?」
「忍び込んでるつもりはないんだけどね。
僕としては、正々堂々“君を見にきた”つもりなんだけど?」
「ふふ……相変わらずね」
私は剣を鞘に収め、軽く息をついた。
空を見上げれば、雲の隙間から月が覗いていた。
夜の空気がほんのり肌を撫でていく。
「……もう少しで“お呼び”が来る頃だよ」
「リオネルたち?」
「うん。君が“契約した”って話、王都にも届いてる。
しかも“月竜”と。……あの国王が動かないわけがないでしょ?」
「都合のいい話ね。追い出しておいて、今さら戻れだなんて」
「王家って、そういうものだよ。
“力”があれば、昨日の敵でも今日の味方になる」
「……私にとっては、昨日の仲間が今日の敵だったけど」
ノエは肩をすくめて笑ったけれど、言葉を返さなかった。
きっと、何も言えなかったのだろう。
彼はあの場にいた。私が断罪された、あの日に。
「でも、君は戻るでしょ?」
「ええ。“自分の意思”でね」
そう、あの日とは違う。
もう誰かに命じられて動くつもりはない。
「私は私の足で立って、この剣で、自分の未来を選ぶ」
ノエは目を細めて私を見ていた。
彼の視線は時々、私の心の奥にまで触れるような気がする。
「……そういう君、嫌いじゃないよ」
「ありがと。でも、私は今、誰かに好かれる余裕なんてないわ」
「ふふ、それがまた君らしい」
塔の扉がきぃ、と小さく開く音がした。
現れたのは、ミリアムとフィリエル。
双子の従者──正確には、月竜の眷属であるふたり。
「リセリア様、お夜食の準備ができております」
「でも、あんまり遅くなると冷めちゃいますよ」
「……わかった。すぐに戻るわ」
「ノエ様もどうぞ。ミリアが焼いた焼き菓子、わたしは美味しいと思いました」
「うん、それは楽しみだな」
ミリアムとフィリエルは、ふわりと頭を下げて、静かに戻っていった。
あのふたりには、いつも救われてばかりだ。
「じゃあ、僕も先に戻ってるよ。君の分、取っておいてあげる」
「余計な心配を」
私は軽く笑い、剣の柄を握り直した。
あと、もう少しだけ。
この静かな夜の中で、自分の内にあるものと向き合いたかった。




