表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

第4話「契約の試練と、月の問い」

《……名を、問う。》


書庫に響く声は、空間そのものを震わせるようだった。

深く、静かで、底知れぬ力を孕んだそれは、明らかに人間の言葉とは異なる。


私はそっと一歩前に出る。

セラが止めようとしたが、手で制した。


「私は、リセリア・ヴァンブローズ。

――誇りと剣を、この身に宿す者」


《……その誇りが、奪われたとき、何を残す?》


質問。

否、審問のような響き。

私はすぐに答えず、わずかに瞼を伏せる。


「私が奪われたものは、名誉でも、地位でもない。

誇りを踏みにじられたと思ったことは、一度もないわ。

……ただ、剣を預けた信頼が、裏切られた。それだけ」


《怒りか、悲しみか。》


「どちらでもない。ただ、記憶として刻まれたわ」


声は、しばらく沈黙した。

やがて、書庫の奥にある壁の一部がゆっくりと、音もなく開いていく。


冷たい風が吹きつけ、奥には石造りの階段が現れた。


「……試練の扉」


セラが低く呟く。


私は微かに笑う。


「ついてくる?」


「もちろんです。リセリア様が行く場所なら、どこへでも」


* * *


階段を降りると、そこは円形の広間だった。

天井が高く、月の紋章が刻まれた天蓋から、青白い光が降り注ぐ。


中心には、ひとつの剣。


純白の鞘、蒼銀の柄。

それは、まるで“月”そのものを象ったようだった。


《……なぜ、剣を持つ?》


再び、問い。


私は剣へと歩み寄り、答える。


「それが、私の言葉だから。

この身にまとわる誤解も、剣で断ち切ってきた。

私は、剣でしか語れないの」


静かな沈黙が降りる。


《ならば、証明せよ。》


広間の空気が変わる。

まるで空間そのものが敵意を持ったような、重圧が襲ってきた。


そして、闇の中から姿を現す──銀の甲冑に包まれた騎士の幻影。


「……試す気なのね」


私はゆっくりと剣に手を伸ばす。


だが、その柄は、冷たいまま、重たく、まるで拒んでいるようだった。


《お前は、誰のために剣を振るう?》


私は剣を引き抜く。

その瞬間、冷たい音とともに刃が月光を反射し、広間に煌めきを放った。


「私のために。

そして、私の傍に立つ者のために。

私を侮り、嘲った者のためではないわ」


騎士の幻影が動いた。


刃と刃が交差する音が、鋭く空間を切り裂いた。


セラが剣を抜いた気配があったが、私は片手で止める。


「これは、私だけの戦いよ」


* * *


五合目、私は相手の剣筋を読みきり、肩口に斬り込んだ。

幻影は抵抗せず、淡く光りながら崩れ落ちる。


《……契約、受理。》


その声とともに、剣が淡く発光し、柄に淡い印が浮かび上がる。

月の紋章。契約の証。


セラが静かに膝をつき、頭を垂れた。


「月の聖剣……まさか、ここで」


私は剣を見下ろし、小さく息をついた。


「……剣しか、私にはなかった。

でも――それでいい。これが、私」


その瞬間、空間が静かに光を収め、階段の向こうに戻る道が現れた。


“選ばれし者”としての第一歩。

私はその剣を携えて、静かに歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ