第30話「そして、剣と誓いの果てへ」
「その剣姫の座は、偽りだと申し上げているのです!」
クロエの声が、王宮の大広間に響き渡った。
「神託が語ったのは“真の巫女”の再臨!
私こそが、その証だと──聖堂の記録にもあるはず!」
騒然とする貴族たち、動揺する神官たち。
けれど、その中でただひとり──
私は静かに立っていた。
「クロエ・デュメレ。
聖堂より“尋問中”の立場にありながら、王宮の儀式を妨害した件、
決して軽いとは思わないけれど?」
私の問いに、クロエは唇をかすかに引き結んだ。
「私は、偽りの“剣姫”に抗うために来たまでです」
「なら、その“真実”とやらを、見せてみせて」
私は一歩、彼女に近づいた。
その手には、月光の聖剣。
腰の鞘から抜かれた刃が、月のように静かに煌めいていた。
「神意と名乗るのなら、私の剣で試してあげるわ。
この剣は、偽りには決して応えない」
クロエの顔が引きつる。
それは、彼女が知っている証拠だ。
この剣が“月竜との真なる契約”で得られた、本物であることを。
「……それでも、あなたが王妃にふさわしいとは思えません」
「そうね。
私も、王妃になる気は一切ないから、安心して」
その言葉に、ざわめきが広がる。
けれど、私はただ、剣を掲げた。
「私は、“剣姫”であって、“王妃”ではない。
剣を振るう者として、誰かの隣に立つのではなく、
誰かの未来のために立つ存在でいたいの」
私は、クロエに背を向けた。
もう、この争いに意味はない。
「リオネルは、どうするの?」
ふいに、ノエインが低く問いかけた。
視線の先に、王族席の外れ──
静かに俯いたままの、かつての婚約者の姿があった。
「……あの人は、自分の過ちに向き合うしかないわ。
私が手を差し伸べることはない」
「……冷たいね」
「そうかしら?」
私は笑った。
「今の私にできることは、過去を振り返って誰かを赦すことじゃない。
未来に進むために、必要なものだけを抱えて、歩くこと」
儀式が終わり、私は静かに王宮を後にした。
セラは広間の外で待っていて、無言で私の荷物を受け取ってくれた。
「迎えに来たの?」
「当たり前だろう。
お前が剣姫なら、俺は誓約騎士だ」
「……そうだったわね」
私は微笑んだ。
その隣では、ノエインが肩をすくめていた。
「どうやら、僕の入り込む隙はなさそうだ」
「でも、あなたがいたから、ここまで来られた。
ありがとう、ノエ」
「……うん。まあ、それで満足かな」
彼は、ほんの少しだけ、寂しそうに笑った。
帰路の途中、私は空を見上げた。
月が静かに浮かんでいた。
──かつて、“悪役令嬢”と呼ばれた少女。
“剣しか愛せない”と笑われ、
“人の心がわからない”と噂され、
“捨てられた”と後ろ指をさされた私。
でも今の私は、そのどれでもない。
私は、“剣と誓い”に生きる者。
“剣姫”と呼ばれた、それはたったひとつの肩書きでしかない。
けれど、それを自分で選び、背負っているという事実だけは──
誰にも、奪えない。




