第29話「祝剣の儀、そして……」
その朝、王都の空気はいつにも増して張り詰めていた。
「“祝剣の儀”が始まります。
リセリア様、お支度の確認を」
侍女がそう告げると、ミリアムとフィリエルが手早くドレスの裾を整えてくれた。
──月光の織物で織られた、銀糸の礼装。
胸元には、“月竜の紋章”を象った青銀のブローチが留められている。
「似合ってる。ね、フィリ」
「……とても、綺麗」
毒舌と無口。正反対な双子の言葉が、今日はそろって優しかった。
私は、頷いてから剣帯を手に取った。
“月光の聖剣”を腰に下げるのは、今日が初めてだ。
──これから私がどこに立とうとも、この剣は、私自身の“意志”そのもの。
「ありがとう。ふたりとも。もう、大丈夫」
私が立ち上がると、扉の外で控えていたノエインが笑った。
「準備は整ったようだね、リセリア姫」
「姫、はやめて。落ち着かないから」
「なら、“剣姫様”?」
「……それも却下」
私は肩をすくめた。
「いつも通り、“リセリア”でいいわ」
「了解。じゃあ、いつも通りの無礼でいこうか」
「最初からだいぶ無礼だけどね」
ふふっと、互いに笑う。
でもその裏では、私たちの周囲にある“世界の重み”を、ちゃんと感じていた。
今日は、私にとっても、この国にとっても、“新たな始まり”の日なのだから。
王宮の大広間には、すでに各地の領主や聖堂の上級神官たちが集っていた。
白と金を基調とした、荘厳な空間。
王国の紋章が掲げられた正面に、国王エリアス三世の玉座があり、
そのすぐ脇には──王太子、エルヴィン殿下の姿。
そして、聖堂側からは“最上位神官”であるフィルネス猊下が出席している。
「剣姫、リセリア・ヴァンブローズ。
本日ここに、“月竜との真なる契約”を果たした証として、正式なる認定を行う」
国王の声が響くと、大広間の空気が変わった。
私は、ゆっくりと前に進み、玉座の前に膝をついた。
「リセリア・ヴァンブローズよ。
汝の剣、その意思、そして契約の証を、ここに示せ」
「御意」
私は、静かに立ち上がり──剣を抜いた。
光を帯びたその刃が、天井から差す陽光を受けて、青銀の輝きを放つ。
「汝の誓い、確かに見届けた」
国王の言葉に続いて、フィルネス猊下が手を掲げた。
「神意、これに応えん──
聖堂としても、剣姫としての資格をここに認める」
その瞬間、場内に響く拍手。
でも、その静かな熱狂のなか──私には、ひとつの違和感があった。
「……妙ね。誰か、足りない」
私は、あえて振り返らず、ノエインに視線を送った。
彼は、かすかに顎をしゃくる。
──そう、“クロエ・デュメレ”の姿がない。
本来なら、神託の巫女として“儀式の立会人”に立つ立場。
けれど、彼女は今、聖堂内で“尋問”を受けているはずだった。
「……ちょっと、気をつけて」
私は、ミリアムにだけ、そっと囁いた。
彼女は無言で頷き──
その瞬間、広間の扉が乱暴に開け放たれた。
「お待ちなさい!」
高らかな声が、響き渡る。
現れたのは──白い礼装の巫女姿をしたクロエだった。
「その剣姫の座、認められるべきではありません!
神意に背き、偽りの契約で剣を得た女など──!」
その場が、一気に凍りつく。
私は、静かに振り返った。
「……まだ、終わってなかったのね」




