第28話「月と剣、真なる契約」
「……月竜殿からの御召しです」
その報せを受けたとき、私は言葉を失った。
月竜から“直接呼ばれる”など、滅多にあることではない。
ましてや、私のような存在が──
けれど、私はすぐに答えた。
「参りましょう。今夜こそ、すべてに“誓い”を捧げます」
* * *
案内されたのは、王宮の奥、月の塔と呼ばれる高所。
月光が差し込む特別な祭壇が、そこにはあった。
天井のない、半円形の空間。
空を覆う雲が晴れ、月がくっきりと姿を現している。
「よく来たな、リセリア・ヴァンブローズ」
響いたのは、人の声ではなかった。
それは、意識の内側に直接響くような──
けれど、確かに“声”として感じられるもの。
「これより、お前に“真なる契約”を授けよう。
月の剣を継ぐ者として、汝が本当にふさわしいか、今一度問う」
「……応じます。
私は、この国と、人々と、そしてこの剣に誓いを立てます」
私は、手を差し出した。
すると、月の光が一筋、私の手のひらへと落ちてきた。
「誓約の証として、汝の“真名”を示せ。
──汝が、己のすべてを賭してこの剣を継ぐと、示すために」
“真名”──それは、この世界における最も強い“言霊”。
誰にも明かすことのない名を捧げることは、
契約の中でも、最上級の“縛り”である。
私は、胸の奥に刻まれているその名を、静かに心の中で唱えた。
「我が名は、リセリア・ヴァンブローズ。
すべてを継ぎ、すべてを断つ者。
この命にかけて、月の剣に“誓い”を」
瞬間、光が爆ぜた。
眩い月光が私の周囲を包み込み、空間が揺らいだように感じた。
そして、光の中心から──
一本の剣が現れた。
それは、かつての“演武”で応じた剣とは異なる。
より研ぎ澄まされ、重く、そして──美しかった。
「これこそが、真なる契約の証。“月光の聖剣”なり。
リセリア・ヴァンブローズよ。
汝は、今より“正統なる剣姫”として、この国を導く存在となる」
私は、その剣を両手で受け取った。
重みが、確かだった。
責任の重さでもある。
でも、私は決して、その重さに怯まない。
「誓いは、果たされました。
この剣とともに、私は歩みます。どこまでも」
「──リセリア!」
* * *
背後から、声がかかった。
振り返ると、そこにいたのはノエインだった。
「終わったのか?」
「ええ。
すべて、受け取ってきたわ。“剣姫”としての証を」
私は、剣を見せる。
ノエインは目を細めて、それを見つめた。
「綺麗だな。まるで……夜空そのものを切り取ったみたいだ」
「ふふ、詩人みたいね」
「いや、学者だから。比喩は得意だよ」
軽口を交わしながらも、
私は、彼の目に“敬意”が宿っているのを見逃さなかった。
「で? これからどうするんだ、“剣姫”殿?」
「まずは──明日、国王陛下に正式な報告を。
それから、クロエとリオネルの一件について、“聖堂の決定”を確認するわ」
「うん、動き出すのか。いよいよ本当に、国を背負うつもりなんだな」
私は黙って頷いた。
もう、“悪役令嬢”と呼ばれていた頃の私じゃない。
誰かの脚本に従って動く“駒”でもない。
私は、自分の手でこの国を見つめて、考えて、選ぶ。
それが、“剣姫”としての道──
そして、リセリア・ヴァンブローズという人間の、誇りだ。




