第27話「裁きの幕、失脚の序章」
「聖堂の“演武”を見た民の声、耳に入っておりますか?」
静かな王宮の一室にて、エルヴィン殿下はそう切り出した。
「まるで“神託を受けた巫女”のようだったと。
“リセリアこそ月竜に選ばれし剣姫だ”と、そう噂されている」
対するのは、王族会議に名を連ねる数名の重鎮たち──
そして、その末席に座る弟・リオネル。
「民の声など、風のようなものです。すぐに収まるでしょう」
リオネルは、冷ややかに笑った。
けれどその笑みの奥に、不安の色がにじんでいるのは隠しきれなかった。
「ならばいい。だが、国庫の一部が“聖堂を経由して、クロエに流れていた”という報告はどうか?」
「……それは、まだ調査中のはず」
「だが、確かな“証拠”が出ている。
君の印章が押された文書が、聖堂の資金管理室から発見されたのだ」
エルヴィンの声が、僅かに鋭さを増す。
「言い逃れはできない、リオネル。
君は、あの“婚約破棄”の裏で、クロエとともに政治工作を行っていた」
「兄上、待ってください。私が本当に──」
「否定するなら、それ相応の証明を出してみせろ。
さもなくば、王弟である立場は危うくなる」
それは、明確な“警告”だった。
* * *
同じ頃、聖堂では別の緊張が走っていた。
「クロエ様、先ほどの“演武”の映像水晶が、王都中の礼拝堂に配信され始めました」
侍女が、慌てたように報告する。
「なに……?」
「“正式な記録映像として、神意を判断するための資料”だそうです。
民の間では、“剣姫”という称号が広まり始めており……」
クロエは、その場に立ち尽くした。
「……こんなはずではなかったのに」
かつて、断罪の場で誰よりも勝ち誇ったはずの彼女の顔には、
今や焦燥と混乱が入り混じっている。
「彼女を落とし、私が“聖女”として新たな契約を得るはずだった。
なのに……なぜ……!」
その時、部屋の扉が重く開いた。
「クロエ・デュメレ。
聖堂会議への召喚が決定された」
淡々とした神官の声が、最後通告のように響く。
「“聖印の偽造”および“王家への影響工作”の疑いにより、正式な尋問が行われる」
クロエの足元が、わずかに揺れた。
「待って、私は──私は、ただ……正しいことを……」
その声は、誰にも届かない。
* * *
私は、王都の広場でその報せを聞いた。
風が冷たい。
けれど、胸の奥は、不思議なほど静かだった。
「クロエが……聖堂の尋問に?」
ノエインが私の隣で、目を細めた。
「ようやく表沙汰になったか。
聖堂も王家も、もう庇いきれなくなったということだね」
「……リオネルは?」
「兄王太子の監視下に置かれている。
王太子が“これ以上の政治的汚染”を防ぐために動いたらしい。
さすがに、婚約破棄だけならともかく、国庫の流用となれば話が違う」
私は、小さく息を吐いた。
リオネルとクロエ。
かつて私を“断罪”したふたりが、今度は自らの行いによって裁かれようとしている。
「ざまぁ、かしら」
私は呟いた。
でも、それ以上の感情はなかった。
もう、彼らを憎むことすらない。
私は、前を向いて歩くだけ。
「剣を持つ者として、誓いに生きるわ」
その言葉に、ノエインが軽く笑った。
「やっぱり、君は“剣姫”だね。
……らしいって言葉、あんまり好きじゃないけど、
君がそう呼ばれるのは、たぶん正しい」
私は、彼のその言葉を素直に受け止めた。
過去の呪いを、ようやくひとつ、断ち切れた気がした。




