第25話「審問の庭、剣姫の誓い」
聖堂の庭は、まるで舞台のようだった。
整えられた石畳の中央に設けられた“誓いの円環”。
それを囲むように並ぶ聖職者たちと見届け人たちの視線が、容赦なく私に注がれていた。
空は曇りがちだったが、雲間から差す月光が静かに降り注いでいる。
それだけが、私の味方のように思えた。
「リセリア・ヴァンブローズ殿。あなたは、月竜との契約を主張しておりますが──」
儀式の進行役である高位神官の声は、冷ややかだった。
「このたび聖堂に提出された文献により、
あなたの出自に関する疑義と、契約の過程における不備が指摘されております」
「……不備、ですって?」
「はい。“契約の儀式において、正式な導師が立ち会っていなかった”という点が、
もっとも重大な問題とされております」
クロエの仕掛けた“罠”は、そこだった。
あの夜。
契約の場にいたのは、竜と──私と、双子の従者たちだけ。
形式にこだわる聖堂の連中にとって、それは“証明不能な奇跡”でしかなかった。
「しかし、私の手首には“契約の印”があります。
剣もまた、私に応じた」
私は左手首を見せ、月の印を示す。
「それが“真の契約”である証です」
「それがあなた自身による細工でないという保証は、いかに?」
「……!」
喉元まで出かかった言葉を、私はぐっと飲み込んだ。
ここで怒っては、クロエの思う壺だ。
「私は“証明”しに来たわけではありません。
“誓い”を捧げに来たのです」
私の声が、庭に響く。
「私はリセリア・ヴァンブローズ。
月竜に選ばれし者として、この剣を掲げます」
私は、剣を抜き放った。
冷たい光が走り、石畳の空気がわずかに震える。
「剣姫として、この場で“誓いの演武”を行います。
それが私の証明であり、すべてです」
一瞬、沈黙が落ちた。
けれど──
「演武、か……いいでしょう。
“真の契約者”ならば、それにふさわしい“動き”を見せていただきましょう」
クロエの声だった。
今日の彼女は、神官服ではなく、
まるで王族のように飾り立てた装いでそこに立っていた。
その口元には、明らかに“勝利の確信”が滲んでいる。
(私がしくじれば、それで終わり。
この演武そのものが、私への“断罪”にすり替えられる)
けれど、私は一歩も退かない。
「ご覧に入れましょう。
“剣姫”としての誓いを」
* * *
私は、剣を握りなおすと、“誓いの円環”の中央に立った。
月光が差し込む。
私の周囲に、淡い光の揺らぎが広がる。
“竜の息吹”──それは、契約者にしか見えない流れ。
私は、その流れに意識を委ねながら、構えを取る。
“剣姫の型”──それは、力を示すためのものではない。
心を映す、誓いの儀式。
一歩。
剣を払うように踏み出す。
そして、腰を落とし、風を切るように円を描く。
石畳の上に、光の軌跡が瞬いた。
“剣と、誓い”
その一振りに、私は込めた。
自分のすべてを。
この十数年間で積み上げてきた、静かな抵抗と誇りを。
“私は、誰にも譲らない”
私は、剣を振るう。
もう一度。
そしてもう一度。
剣筋は美しく、空気を裂くように鋭い。
観衆の中から、小さな息を呑む音が聞こえた。
「……あれが、“剣姫”か」
「気品がある。いや、それ以上に……本物だ」
誰かの囁きが、風に紛れて届いてくる。
私は、最後の構えで静かに剣を納めた。
そして、顔を上げる。
「──これが、私のすべてです」
* * *
そのとき、聖堂の鐘が遠くで鳴った。
それは、裁きではなく──
新たな時代の始まりを告げる音に聞こえた。




