第24話「ざわめく聖堂、断罪の再演」
「……断罪、ですって?」
その言葉を耳にした瞬間、胸の奥が冷たくなった。
かつて私を突き落とした、あの“言葉”。
それが再び、今度は“聖堂”という神聖の仮面をかぶって迫ってくるとは──
「正式な通達ではありませんが、聖堂の上層部で“裁きの儀式”の準備が進められているとの噂がございます」
そう報告してくれたのは、ミリアムだった。
いつもの毒舌は潜められ、表情は硬い。
「裁きの儀式……契約が偽装された可能性を問う、異端審問の形式か」
フィリエルが続けた。
「“竜の声を聞ける者”は、聖堂においても神託の証とされています。
それを偽ったとなれば──確かに、異端として断罪される可能性はあります」
「証明しろと?」
私は、自分の左手首を見つめた。
月の印は、そこに確かにある。
けれどそれだけでは、何も証明できない。
「“力を見せろ”と言っていた連中は、今度は“力が異端だ”と言い出す。
都合のいいことね」
口にした言葉は、皮肉めいていた。
でも本音だった。
「……このまま黙っていても、審問は避けられないでしょう」
「ええ。
だから、こちらから先に動く」
私は立ち上がった。
「このまま舞台に引きずり出されるぐらいなら、自分で舞台を作った方が早いわ」
ミリアムが目を丸くする。
「もしかして……聖堂に乗り込むおつもりですか?」
「いいえ、もう少し静かに。
“正式な公開演武”を申し込むのよ。
月竜との契約が真実であると、聖堂の神前で、皆の前で示してやる」
その提案に、フィリエルが口を開いた。
「リセリア様。
もしそれで、“契約の矛盾”が露呈してしまったら……」
「そのときはそのとき。
でも、私は“疑われたまま”で終わるつもりはない」
沈黙のあと、フィリエルはそっと微笑んだ。
「……やはり、リセリア様は“剣姫”でいらっしゃいます」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
私は、冗談めかして笑い返した。
* * *
その日の夜。
私はひとり、月の下で剣を振っていた。
風が冷たい。
けれど、その冷たさが心地よい。
剣を振るたび、胸の奥のざわめきが少しずつ、静まっていくようだった。
「リセリア様」
声をかけてきたのは、フィリエルだった。
「こんな夜更けに、どうしたの?」
「……少しだけ、お話したいことがあって」
私は剣を収めて、彼女の方を見た。
フィリエルは、いつもより少しだけ遠慮がちだった。
「“眷属”として、お伝えしておきたいことがあります」
「改まっているわね」
「……今後、“月竜の契約”が問われる中で、
もし、リセリア様の正体が明るみに出るようなことがあれば──」
彼女は一呼吸置いて、続けた。
「私は、すべての責任を引き受けます。
あなたが“真の契約者”であると、私は心から信じている。
でも、もし世がそれを否定するなら、
私が“嘘をついていた”ということにすればいいのです」
「フィリ……」
「あなたは、“生きるために”戦うべきではありません。
“信じたもののために”戦ってください。
その覚悟を、私は持っています」
私は、言葉を失って彼女を見つめた。
その表情は、静かで。
けれど確かな決意に満ちていた。
「……私には、あなたたちがついてる。
だから私は、胸を張って剣を振るわ」
「その言葉だけで、十分です」
そう言ってフィリエルは小さく微笑んだ。
私の隣に立つその横顔が、とても強く、そして美しく見えた。
* * *
夜の風が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。
“剣と誓い”が、確かにここにある。
誰かに否定されても。
過去を暴かれても。
私は、月に誓ったこの刃を、決して捨てたりしない。




