表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/30

第23話「剣姫と魔術師、隠された契約の記録」

聖堂の地下に、こんな空間があるとは知らなかった。


「ようこそ、“聖印記録室”へ」


案内してくれたのは、ノエインだった。


彼の言葉に続いて、重々しい扉が音を立てて開いた。


そこには、湿気と香の混じった空気が漂い、壁一面に記録文書や契約文、写本が整然と並んでいた。


「この部屋には、過去千年にわたる契約の記録が眠っている。

もちろん、誰でも入れる場所じゃない。けど、僕がここに案内したくなったということは──察してもらえる?」


「……つまり、“私の契約”に関わる何かがあるってことね」


「察しが早くて助かるよ」


ノエインは、笑みを浮かべながらも、どこか探るような目をしていた。


その視線に、私の中の警戒心がひとつ、弦を張った。


「目的の記録は、ここだよ。『月竜契約者の記録・第六稿』。

いちばん古い記録群じゃないけど、最近のものより信憑性が高いとされてる」


ノエインが手渡したのは、革表紙の小ぶりな冊子だった。


ページをめくると、年代とともに列挙された契約者たちの名が記されていた。


それぞれの時代に、選ばれし“剣姫”が存在していた。

だが──


「……あれ?」


私の名が、そこになかった。


いや、それだけじゃない。


「……前任者が、空白になってる」


「そう。

リセリア、君が“契約の正式継承者”とされているのに、

その直前の契約者の記録が“無効”と記されているんだ」


私は、眉を寄せた。


「無効? どうして?」


「それは、誰にもわからない。

ただ、数十年前に“契約はなかった”とされた空白期間がある。

君の契約は、形式上は“再契約”として処理されているけど──」


「本来は、“初代”扱いされていてもおかしくない、ということ?」


ノエインは小さく頷いた。


「加えて──もうひとつ」


彼は、別の文書を取り出して私に手渡した。


それは“選定条件”に関する記録だった。


「月竜の契約者には、“生まれながらに月の印を持つ者”が選ばれる──」


私は、反射的に左手首に手を当てた。


そこには、小さな三日月の痕がある。

けれど、それは私自身、物心ついたときにはすでにあったものだった。


「……この印、私が意識したのは最近のことだけれど」


「リセリア。

君の家系──ヴァンブローズ家には、そのような“印”の遺伝情報は確認されていないんだ」


その言葉に、私は静かに息を呑んだ。


「……どういうこと?」


「つまり──君は、ヴァンブローズ家に“生まれた”存在ではない可能性がある」


世界が、ほんの一瞬、揺れた気がした。


「……私が、養子だった……ってこと?」


「公にそのような記録は残っていない。

でも、“その存在を隠すために何かが改ざんされた可能性がある”──

そう結論づける文献が、聖堂内部で抹消寸前になっていた」


私は、拳を握った。


「なら、私は一体……誰なの?」


「わからない。

でも、“君だけが、竜の声を聞き、剣に選ばれた”──それが事実だ」


ノエインは、静かに私の目を見つめた。


「それが、“君自身の価値”だ。

出自ではなく、意志によって選ばれた者としての──ね」


私は、言葉に詰まりながらも、頷いた。


震える胸の奥に、ひとつだけ確かな想いがあった。


“私は、私だ”


たとえこの身に、誰の血が流れていようと。

どんな経緯で生まれ育とうと。


剣を選び、契約を結んだのは、他でもない私自身。


「……ありがとう、ノエ」


「礼には及ばないよ。

僕は、ただ“君を知りたい”だけだから」


その言葉に、少しだけ心が温かくなった。


(……知りたい、か)


私自身すら知らなかった自分を、

他人が知ろうとしてくれることが、これほどまでに嬉しいなんて──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ