第21話「聖女の宴、仮面の陰謀」
「聖女の祝祭──?」
その言葉を耳にした瞬間、私は思わず眉をひそめた。
「正式には、“聖堂主催による契約者賛美の舞踏会”とされています。
けれど実際には、貴族たちの“顔合わせ”が目的のようです」
報告をしてきたのは、ミリアムだった。
淡々とした口調だったが、その奥にはわずかな警戒がにじんでいた。
「祝祭というには、少々皮肉がすぎるわね。
私に“器”としての価値があるかどうか、品定めでもしたいのでしょう」
「加えて──クロエ・デュメレ様も、主賓として招かれています」
やはり。
この祝祭そのものが、私を“試す”ために仕組まれた舞台だというわけだ。
「……出席するわ」
私は毅然と言い放った。
逃げたところで、何も変わらない。
ならば、立ち向かうしかない。
* * *
当日、王都の中心に位置する“聖堂ホール”は、仮面をつけた貴族たちで埋め尽くされていた。
煌びやかな装飾と香の匂い、滴るような音楽。
けれど、その華やかさの裏に、どこか冷ややかな気配が漂っていた。
私は、銀の仮面を頬に添える。
ドレスは夜の海を思わせる深いネイビー。
肩口にあしらわれた月の意匠が、契約者としての立場をさりげなく示していた。
(仮面の奥から、何が見えるのかしら)
会場の中央では、すでに舞踏が始まっていた。
──そして、彼女はそこにいた。
クロエ・デュメレ。
可憐なピンクのドレスに、花を模した仮面をつけている。
一見すれば、誰もが“聖女”と呼ぶにふさわしい姿。
けれど、その微笑みの奥には、明らかに“意図”があった。
「まぁ、剣姫様。
そのお姿……まるで月光の化身ですわ」
「お褒めにあずかり光栄です。
貴女も、まるで“仮面の裏が本物の顔”のようにお美しいわ」
「まあ。ご冗談が過ぎましてよ?」
互いの仮面越しに、火花が散った。
その瞬間、会場にざわめきが走る。
「……あれが、月竜の契約者……?」
「本物かどうか、まだ議論が分かれてるらしいぞ」
──この空気。まるで舞台の上だ。
クロエが軽く手を挙げた。
すると、中央の舞台に聖堂の神官が現れ、朗々と告げる。
「今宵、この場にて“契約者の力”を拝見したいとの声が、多くの貴族より届いております」
(なるほど。これが狙いね)
“証明の場”を、今ここで用意する。
断れば“逃げた”と。
応じれば“操られている”と。
どちらに転んでも、こちらが不利になる舞台。
「ご指名を受けた契約者、リセリア・ヴァンブローズ様。
どうか、ご自身の力を……この場でお示しくださいませ」
私は、仮面の奥で静かに目を閉じた。
「……わかりました」
一歩、前へ。
剣を抜く。
その瞬間、空気が張り詰める。
「ここでは剣舞のみ、実演にて。魔力の発露は、聖堂の結界が制限しますので」
「十分ですわ。どうぞ、皆様に“真の剣姫”の舞を」
クロエの声が、響く。
私は、静かに剣を構えた。
舞踏のように、優雅に。
剣閃のように、鋭く。
一歩、また一歩。
円を描くように、刃が空を裂く。
音もなく、流れるように。
まるで──月光そのものが舞っているかのように。
終わった瞬間、会場に静寂が落ちた。
そして。
「……見惚れてしまった……」
「美しい……あれが“剣姫”……」
──確かな反応だった。
だが、それだけでは終わらなかった。
「リセリア様。少々、よろしいでしょうか」
一人の神官が、私の前に進み出る。
「実は──先日、貴女の契約に用いられた“儀式具”に、一部の異常が確認されました」
「異常?」
「“通常とは異なる反応”です。
聖堂の中でも、一部の者が“契約の改竄”を疑う動きを……」
私は、微笑を浮かべた。
「……だから、私の剣を試したのね」
「いえ。あくまで貴族の皆様の関心によるもので──」
「結構よ。
“器”の定義は、結局あなた方にも説明できないのでしょう?
ならば、黙って見ていなさい。
私は、剣で証明するわ」
その場に、再び沈黙が訪れた。
けれど、私はそれを“敗北”とは思わなかった。
証明の機会を奪われようとも。
嘲笑されようとも。
私は──月竜と剣に、誓ったのだから。
* * *
その夜の終わり、私は控えの間でフィリエルに声をかけた。
「……どう思う?」
「……月竜の契約は、誰にも壊せない。
それだけは、私が保証します」
その口調は、いつになく硬かった。
「……フィリ?」
「いえ。何でもありません」
彼女の視線が、ほんの一瞬だけ、私から逸れた。
(……今のは、何?)
その“わずかな違和感”が、後の嵐の前触れだったことを、このときの私はまだ知らなかった。




