表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

第19話「剣姫の器、揺らぐ真実」

「──“月竜の契約は誤りだった”と、そんな噂が流れています」


その言葉を耳にしたのは、朝の回廊を歩いていたときだった。

廊下の向こうで、侍女同士がささやき合っていたのだ。

“契約の器にふさわしくない女が、聖剣を手にした”と──


私が姿を見せると、ふたりは慌てて頭を下げ、すぐに立ち去っていった。


(……もう始まったのね、クロエ)


剣のような噂。

一太刀で斬られるよりも、何倍も鈍く痛い。


けれど、逃げるわけにはいかなかった。

私は選んだ。竜と、剣と、この運命を。


「姫様、お耳に入っているかと存じますが……聖堂の高位神官からも、“契約の再検証”を求める声が上がっているそうです」


報告してきたのは、フィリエルだった。


静かな顔で事実を告げる彼女の言葉には、私情が混じっていない。

けれど、それが逆に、私の胸に刺さった。


「“器”の定義は、誰が決めるのかしらね」


「月竜自身……ではないのでしょうか?」


「なら、どうしてこんなにも揺らぐのかしら。

聖剣が応じた事実だけでは、もう足りないの?」


私はそっと、胸元のペンダントに手を触れた。


──あの夜、月光の中で交わした竜との誓い。


言葉はなかった。ただ、確かに“何か”が私の中に注がれた。

それは、剣を握るための力であり──“選ばれた者”としての証明だった。


(でも、それだけでは足りないというの?)


聖堂、貴族派、王宮の内部──

噂は静かに、けれど確実に広がっていた。


* * *


「君が契約者であることに、疑問を持つ者がいるのは当然だ」


そう言ったのは、ノエインだった。

彼は資料で埋まった机から顔を上げ、眼鏡を押し上げた。


「クロエが、“かつて月竜に選ばれかけた”という話を知ってるかい?」


「……なに、それ」


「公式記録には残っていない。

けれど、聖堂の内部記録の断片に、こんな記述がある」


彼は一枚の羊皮紙を差し出した。


そこには、こう書かれていた。


『次代契約者候補──デュメレ家令嬢クロエ、選定の試練に至るも、剣の反応に至らず。』


「つまり、“あと一歩”で剣に選ばれるところだった。

彼女は、選ばれなかったことを今でも認めていない。

だからこそ、君が選ばれた事実を否定したいんだ」


ノエインの声には、淡々とした響きがあった。


けれど、私は知っている。


この魔術師は、静かな口調の裏で、常に怒っている。


「だから、君に言っておく。

この国は、証明より“空気”を重視する。

いくら聖剣が応じたといっても、“君はふさわしくない”という空気が支配すれば、それが事実になる」


「……それでも、私は逃げない」


「うん。知ってる。だから僕は、君に味方する」


私は小さく息をついた。


それだけで、ほんの少しだけ心が軽くなった。


* * *


夜。

ひとりで中庭に出た私は、剣を抜いた。


月の光が、刃に反射して銀色にきらめく。


「私は、誰のために剣を振るう?」


誰かを斬るため?

何かを守るため?

それとも──


「私は、私自身のために」


呟いたその言葉に、月光が一瞬だけ強く輝いた気がした。


(……器の定義なんて、知らない。

でも私は、“私の中にある剣”を信じる)


たとえ世界が否定しても、私は、竜との契約を裏切らない。


それだけは、確かに言える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ