表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

第18話「聖堂の使者と、魔術師の疑念」

晩餐会の夜が明けて、朝靄が宮廷を包んでいた。


昨夜の煌びやかさが嘘のように、回廊は静かだった。

けれど、私の胸の内はどこかざわついていた。

──これが“戦い”の始まりなら、今日という一日もまた、剣を抜く覚悟で臨むべきなのだろう。


「リセリア様、使者がお見えです。……聖堂からです」


朝の食事を終えたばかりの私のもとに、ミリアムが告げに来た。


「……こんな朝早くに?」


「ええ。書簡ではなく、直接の訪問です」


私は静かに立ち上がり、上着の肩口を整える。


聖堂──月竜との契約を監督した、その神聖なる機関が、何の用で?


「いいわ。応接室に通してちょうだい」


* * *


現れたのは、若い神官だった。

だが、その目には年齢にそぐわぬ老練さが宿っていた。


「剣姫リセリア様。

聖堂より、次回の“儀礼確認”と、“契約の証の公開確認”について通達をお持ちしました」


「契約の……公開?」


私は眉をひそめた。


「聖堂が、それを“要求”しているの?」


「いえ。あくまで“希望”です。

ですが、王宮内で一部に“契約の真偽”を疑う声があることも事実。

聖堂としては、余計な騒動を鎮めるために、あらかじめ火種を摘みたいとの意向です」


穏やかな物言いだった。

だが、そこには“聖堂の意志”が透けていた。


(つまり、“こちらから証明しろ”と)


私は静かに、神官の目を見返した。


「わかりました。正式な日程と手順を確認のうえ、判断いたします」


「ご英断に感謝を。……もう一件、個人的にお伝えしたいことがございます」


彼は少し間を置いてから、続けた。


「リオネル殿下が、近く“再度の婚約について”相談の意志を示されたそうです。

聖堂としては、それが政治的に波紋を広げぬよう、慎重な対応を──」


「……その話、誰が持ち出したの?」


私はすかさず言葉を差し込んだ。


神官は、わずかに視線を逸らした。


「……あくまで、“宮廷内の一部の動き”です。

私個人としては、剣姫様が再び“王妃候補”として巻き込まれることに懸念を抱いております」


懸念──それが本心かどうか、私は測りかねた。


けれど一つだけ、はっきりしていた。


この国の中で、私という存在が“特異点”になり始めている、ということ。


* * *


その日の午後、私は久しぶりにノエインと顔を合わせた。


「君、目の下に隈できてる」


「朝から聖堂の神官と話をしていたのよ。色々、聞き捨てならないことばかりで」


「……そうだろうね」


ノエインは珍しく、眼鏡の奥に真剣な光を宿していた。


「実は、僕も調べていたことがあるんだ。

クロエ・デュメレの後ろ盾と、聖堂内の一部の動き」


「……なにか掴んだの?」


彼はそっと、懐から小さな石板のようなものを取り出した。


「古い“契約記録”──聖堂に保管されていたものの写し。

本来なら、他者に閲覧されることはないものだけど……ちょっと裏口から手を入れてね」


「また無茶を……」


「君のことだと、無茶もするさ」


その一言に、私は思わず笑ってしまいそうになった。


けれど、石板に刻まれた一文を読んだ瞬間、その笑みは凍りついた。


『月竜との契約者は、常に“清き器”でなければならない。

剣を持つ者が、器を兼ねるとき、世界は秩序の剣を与える。』


「“器”……?」


「契約者が、“力の媒介”ではなく、“何かを宿すもの”である、という意味だと思う。

そしてクロエが聖女として扱われる理由も、そこにある。

──だが、君の契約が“正式なもの”として再認された今、

彼女の“器”としての立場が揺らぎ始めている」


私はゆっくりと息を吐いた。


剣姫としての私。

公爵令嬢としての私。

そして──器としての私。


いったい、どれが“本当の私”なのか。


わからない。


でも、ただひとつ言えるのは──


「どの立場も、私の“剣”で貫いてみせる」


ノエインは頷いた。


「だからこそ、君の隣に立ちたいと思うんだよ、リセリア」


その言葉が、どこか温かくて、くすぐったくて、

けれど、ほんの少しだけ心強かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ