第17話「公爵令嬢としての顔、試される宴」
──夜会なんて、好きでもない。
そう思っていたはずなのに、今日は妙に心がざわついていた。
月竜との契約が正式に認められてから、初の晩餐会。
開催の名目は“王都騎士団の新体制発足を祝う会”とされていたけれど、
実際には──私の“品定め”が目的だということは、火を見るより明らかだった。
(公爵令嬢として、王宮に戻った以上……これは避けて通れない)
私はため息をひとつだけついて、鏡の前に立った。
淡い紫のドレスは、控えめながらも凛とした気品を帯びている。
肩のあたりには薄く刺繍が施され、剣の意匠がさりげなくあしらわれていた。
「……らしくないって、思われるかしら」
でも、“らしさ”とは、自分で決めるものだ。
ドアの向こうでノック音が響いた。
「リセリア様、時間です」
ミリアムだった。
静かにドアを開けた彼女の隣には、フィリエルも控えている。
「お支度、お似合いです」
「ありがとう」
二人の視線を背に、私は踵を返した。
* * *
晩餐会の会場は、白と金で彩られた王宮の大広間。
水晶のシャンデリアが輝き、貴族たちの笑い声が壁に反響する。
私は静かに足を踏み入れた。
視線が、一斉にこちらに向けられるのがわかる。
それはまるで、“観察対象”を見るような目。
(……ふん。好きに見ていればいいわ)
正面から視線を返すと、何人かがたじろいだ。
「やはり、噂どおりですね。
月竜に選ばれたというだけあって、雰囲気が違う」
耳打ちする声が、微かに届く。
──だが、その中にひときわ目立つ姿があった。
「まあまあ、素敵なご登場ですこと」
クロエ・デュメレ。
淡い桃色のドレスを身に纏い、まるで天使のような微笑を浮かべている。
「リセリア様、今日も麗しいですわ。
その凛とした佇まい……まるで“聖女”のよう」
その言葉に、周囲がくすくすと笑った。
皮肉だ。
彼女は“聖女”と呼ばれているが、私に向けたその言葉には棘が混じっていた。
「ありがとう。クロエ様こそ。
“聖女”という言葉が似合うのは、あなたぐらいでしょう?」
私はにこやかに返す。
“同じ棘を、同じ笑顔で返す”──
それが、貴族社会の“剣”だというのなら、私も抜かずにはいられない。
「今夜は賑やかですわね。
そういえば……近衛筆頭殿のお姿は?」
「さあ? 私には関係ないわ。
剣は、見られるよりも、振るう方が性に合っているもの」
「まあ……」
クロエは微笑を崩さなかった。
けれど、その瞳の奥がわずかに揺れたのを、私は見逃さなかった。
「剣姫と呼ばれていること、気にされているのですか?」
「いいえ。
気にするのは、剣を向けられる側でしょう?」
一瞬の沈黙。
その後、誰かが笑い、場が和んだように見せかけた。
けれどその実、空気は確かに、張り詰めていた。
* * *
会の終盤、控えの間に戻ろうとしたところで、私はレオンと鉢合わせた。
「……見事な立ち回りだったな、リセリア殿」
「剣を抜かずとも、戦う方法はあるのだと知った夜よ」
「君は貴族としても、剣士としても、一級だ」
その言葉に、私はわずかに笑った。
「褒め言葉として、受け取っておくわ。
……でも、油断はしていない。次は、もっと露骨に来るはずだから」
「……警戒しておけ。
貴族たちは、剣より言葉を怖れる者も多い」
そう言って、レオンは立ち去った。
静かな夜風が、ドレスの裾を揺らす。
(剣で切れないものがあるなら──私は、それすら斬る術を身につけてみせる)
胸の奥に、静かな炎が灯った気がした。




