第16話「断罪の記録、そして新たな試練」
「月竜の剣が、正式にリセリア・ヴァンブローズを契約者と認めた。
よって、選定の儀は正当に成されたものと、聖堂として承認する」
その一文は、想像していたよりもあっけなく届けられた。
王宮の執務室に届いたのは、封蝋がされた一通の文書。
それが意味するのは、“疑いようのない”事実の確定。
たとえクロエが何を言おうと、これを覆すことは不可能だった。
「おめでとうございます、リセリア様」
そう言ったのは、宰相代理のユリウス卿だった。
誰よりも政治的に冷静な男が、珍しく微笑を浮かべていた。
「これで、あなたの立場は公的にも揺るがぬものとなりました。
もちろん、“建前上は”……という話ではありますが」
「建前、ね。……それが通じる場所ではないでしょうけれど」
私は静かに応じた。
王宮というのは、事実よりも“解釈”が力を持つ世界。
選ばれたという事実よりも、それを“どう受け止めるか”が、彼らの判断基準になる。
そして今──
私は“力”を得たことで、より多くの敵を生んだ。
(剣を抜いたのは、私。ならば、進むしかない)
自室に戻ってから、私はそっと鏡の前に立った。
ここ最近、顔つきが変わったと何度も言われた。
それは多分、私自身の“覚悟”が変わったからだ。
「……これが、“選ばれた者”の顔、かしら」
鏡の中の自分は、もう以前の“リセリア”ではなかった。
婚約者に見捨てられ、断罪された哀れな公爵令嬢ではなく、
竜に認められ、剣を携える者の顔。
ノックの音がして、ドアが開いた。
「リセリア様、お手紙が一通。……差出人は不明です」
「不明?」
「はい。封蝋もなく、ただあなた宛ての名前だけが……」
それを受け取り、私は封を切った。
紙片には、たった一行の文字。
『選ばれし者の背には、祝福と呪いが共にある。試練は、まだ始まったばかり。』
……差出人の名はない。
けれど、その筆跡には奇妙な癖があった。
どこか、私の記憶にかすかに引っかかるような、乾いた印象。
(これを送ってきたのは──)
考えがまとまる前に、別の気配を感じた。
「リセリア様。お客様です」
応接室に通されたのは、意外な人物だった。
「……マリー?」
「姫様、お久しぶりです!」
元侍女──いや、今は“誰かの監視役”として動いているであろう彼女が、
満面の笑みで現れたことに、私は一瞬思考が止まった。
「どういう風の吹き回し?」
「うふふ。クロエ様から、“様子を見てきて”って言われて。
でも本当は、姫様に会いたかっただけですけど!」
……なるほど。
表向きは偵察、実際は懐柔。
彼女らしいといえば、彼女らしい。
「それで、何を探りに来たの?」
「探りじゃありません。……ただ、次に起こることは、“剣だけじゃ解決できない”かもしれませんよって、お伝えしに」
「どういう意味?」
「今度の試練は、“剣姫”ではなく、“公爵令嬢”の顔が試されます」
そう言って、マリーは意味深な笑みを浮かべた。
「……気をつけてくださいね、姫様。
王宮は、どこよりも美しく、どこよりも冷たい場所ですから」
まるで、何かを“知っている”かのように。
私は彼女が帰ったあとも、しばらく黙ったままだった。
“試練はまだ始まったばかり”
……ええ、望むところよ。
だって私は、剣を選んだ。
そして、その代償として“すべて”を引き受ける覚悟をしたのだから。




