第15話「剣姫の決意、聖堂への一歩」
「殿下、聖堂側から“選定の儀の正式記録”が届きました」
クロエが受け取った書簡は、彼女の指先の緊張を物語っていた。
「……あの女が、本当に契約を結んだというの?」
誰に問うでもなく、呟くその声には苛立ちと焦燥が混じっていた。
月の聖剣は、王妃となる者が竜と契約を結ぶことで“応じる”とされる。
その証が明文化され、記録として王室と聖堂に保管されるのが通例。
クロエはその文書を握りしめたまま、目を伏せた。
(……まずい。あの女が、正式に“月竜の契約者”と認められれば……)
ただの剣の使い手ではない。
ただの“婚約を破棄された公爵令嬢”ではない。
正当な王妃候補──それも、王国の守護者となる存在。
それを、クロエ自身が認めざるを得ない日が来るというのか。
「そんなこと、絶対に……」
彼女はきつく唇を噛み、立ち上がった。
* * *
その頃、私は王宮の奥にある“聖堂控えの間”にいた。
「まさか、自分からここに来るとは思わなかったよ」
先に待っていたノエが、半ば驚いたように言った。
「私に対する再審請求が動いていることは知っている。
ならば、先にこちらから“動く”方が合理的だと思っただけ」
私はそう答え、聖堂の白い壁を見上げた。
ここは、竜と契約する儀式が行われる場所。
同時に、“偽り”や“虚構”を許さぬ神聖なる場でもある。
「聖堂に、自分の選定の正当性を証明してもらうつもり?」
「証明なんていらない。私自身が、ここに立つことで充分」
私はそう言って、聖剣の柄にそっと手を添えた。
「“月竜の契約者”という事実は、言葉で弁じるものじゃない。
行動で示すものだと、そう思っている」
ノエは、しばらく黙っていた。
「君って本当に、言葉の使い方が時々“貴族らしくない”よね」
「……褒めてるの?」
「もちろん」
彼はふっと笑って、視線を私からそらした。
「君がこの聖堂に来たと聞いて、セラが少しだけ慌ててたよ」
「……彼らしくないわね」
「でも、彼は来ない。理由は言わなかったけど。
多分、“信頼しているからこそ黙ってる”ってやつじゃないかな」
そう。
セラは、そういう男だった。
私の判断に口を挟まず、私が剣を取るなら、それを背後から支える。
それが彼なりの忠誠──あるいは、誓い。
「リセリア様、こちらへ」
聖堂の司祭が、私に声をかけた。
私は立ち上がり、白い大理石の床を、まっすぐに歩いていった。
“選ばれた者”としてではなく、“選び取った者”として。
私がこの剣を掲げるのは、誰かのためじゃない。
私自身の決意の証として、ただ真っ直ぐに。
月の聖堂に、またひとつ、静かな決意が刻まれた。




