第14話「近衛筆頭の眼差し、揺れる王子」
鍛錬場の空気は、いつだって清々しい。
冷たい空気と焼けた土の匂い。
何より、剣を振るう音が響くこの場所は、私の心を落ち着けてくれる。
「……やっぱり、ここが一番好きかもしれない」
私は誰に言うでもなく、ひとりごちた。
細身の練習用の剣を手に取り、型をなぞるようにゆっくりと振る。
聖剣を手にしてからというもの、私に向けられる視線は、ますます多くなった。
まるで王城全体が、私の動向を探っているかのように。
(誰かの望みのままに動くつもりはないわ)
“剣姫”と呼ばれようと、“契約者”と囁かれようと。
私が手にしたのは、誰かの称賛のためじゃない。
私の信念を貫くために必要だっただけ。
「……見事な剣筋だな」
その声に、私は振り返った。
「……レオン・シエリス」
金の髪を束ねた近衛筆頭騎士。
王直属の騎士団を率いる男が、私の剣を“見に来た”というのか。
「見物のつもりはなかったが、つい目を奪われた。
まるで剣が、君と一体になっているかのようだ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
私は剣を下ろし、汗をぬぐうこともなく、レオンと正対した。
「何の用? まさか私に騎士団入団の誘いでも?」
「まさか。剣の才と忠義は別物だ。
私は、君の“剣”ではなく、“目”を見に来た」
「目、ですって?」
「クロエ・デュメレが、再審請求を出した件──
君はそれにどう応じるつもりだ?」
「……応じるつもりはないわ。
正々堂々、剣で証明してみせるだけ」
私がそう言うと、レオンはふっと表情を緩めた。
「なるほど。確かに君は、そう言うだろうな」
「何か意外だった?」
「いや。
思っていた以上に、君は“まっすぐすぎる”」
その言葉に、私は思わず眉をひそめた。
「……それは、褒め言葉には聞こえない」
「事実を言ったまでだ。
王宮で生きるには、多少の曲がり角を受け入れるしなやかさも必要だが……」
そこで彼は一瞬だけ言葉を止め、静かに続けた。
「……君には、今のまま突き進んでほしいと思っている」
その目は、試すようでもあり、どこか期待するようでもあった。
「……あなたも、私の剣の行く先を見届けるつもりなの?」
「それが筆頭騎士の務めであり──
かつて、君を“断罪”した男の剣を支える者としての、償いでもある」
リオネルの名は出なかった。
けれど、それが暗に指されたのは明白だった。
私が答えるより先に、レオンは踵を返した。
「……いつか、“本物の剣”で、手合わせ願いたいものだ」
そう言い残して、彼は鍛錬場を去っていった。
(“まっすぐすぎる”……ね)
彼の言葉が、静かに胸に残っていた。
* * *
その夜、謁見の間の奥。
リオネル・ヴァルセリオは、窓辺に佇んでいた。
「……あいつが、剣を振るっていた。あの場所で」
彼の声に、誰も答えなかった。
彼の手には、一通の書状。
“再審査請求について、王妃候補の見解を”
クロエ・デュメレの筆跡。
けれど、その裏に見え隠れする貴族派の影。
「なぜ……」
リオネルは低く呟いた。
「なぜ、あのとき……俺は──」
その問いに、答えはなかった。
ただ、夜風が静かに揺れて、薔薇の香りを運んでくるだけだった。




