第13話「魔術師の忠告、誓約の剣先」
「──君が選ばれたのは、偶然じゃない。
けれど、誰かにとっては都合が悪い“必然”なんだ」
ノエインの言葉は、私が思っていたよりも、ずっと鋭かった。
その日の午後、図書塔の一角で私は彼と向かい合っていた。
契約術の文献を探すふりをしていたけれど──本当は、私のほうが彼に“会いに来た”のかもしれない。
「言いたいことがあるなら、はっきり言って。回りくどいのは好きじゃないの」
そう告げた私に、ノエは眼鏡の奥の視線をわずかに細めてから、静かに言った。
「クロエ・デュメレが動いてる」
その名前を聞いた瞬間、空気が一段冷たくなった気がした。
「正式に“月竜の聖剣の継承資格”を再審査するよう、王妃付の評議会に働きかけてる。
“リセリアは月竜に魅了されているだけで、真の契約者ではない”って主張でね」
「魅了……? まさか、そんな理屈が通ると思ってるの?」
「理屈じゃないよ。ああいうのは“政治”って言うんだ。
君の力を危険視してるのは、クロエだけじゃない。
剣が君を選んだことに、腹を立ててる連中がいる」
「……そうでしょうね」
私は視線を落とした。
自分が“選ばれた”という事実が、これほどまでに重いとは、想像していなかった。
けれど、逃げるつもりはなかった。
「私は、剣を得た。でも、それを“使える者”かどうかは、これから証明していくわ」
「君のそういうところ、好きだよ。……いや、好感が持てるって意味で」
「からかわないで」
「からかってないって。
……ただ、気をつけて。
セラは君を守る。けれど、“彼のやり方”でしか動かない」
ノエの声は、ふいに真面目だった。
「……どういう意味?」
「誓約騎士ってのはね、主に絶対を誓う代わりに、
感情を殺す訓練を積んでる。……彼は君に忠義を尽くすけど、
“君が傷つくかどうか”より、“任務として守るべきかどうか”を優先することがある」
私は言葉を失った。
「……それでも彼は、私の傍にいるわ。
その剣が、どんな形でも、私の“誓い”に応えてくれるなら、それでいい」
「そっか。ならいい。……でも、僕は僕のやり方で、君を守るよ」
ノエはそう言って立ち上がった。
彼の背中が遠ざかっていく。
そのあとを追いかけようとは思わなかった。
私は図書塔の窓辺に歩み寄り、静かに月を見上げた。
(私は選ばれた。だからこそ、試されている)
月の光は穏やかに私を照らしていたけれど、
その光の裏には、確かに“陰”が広がっている。
けれど、それでも私は剣を手放さない。
私は誰かのためではなく、私の意志で誓った。
だから、その誓いに報いるために──戦う覚悟はある。
たとえ、かつて私を捨てたこの王宮が、また私を拒もうとしても。




