第11話「月の選定、剣姫と野心」
月の光が、地上に降りるように──
礼拝堂の中央、祭壇の上に、剣の輪郭が浮かび上がっていた。
光の剣。けれどその輝きは太陽のような眩しさではなく、
深い夜の中で密やかに照らす、銀の月明かりそのものだった。
(……あれが、月の聖剣)
見上げた刹那、胸の奥が熱を帯びた。
ただ力を得るためではない。
剣を手にするということは、この国と、人々と、自分自身に対する──覚悟の証明。
私が剣に歩み寄ろうとした、そのとき。
「待って」
クロエの声が空気を裂いた。
「私も、選定を受けるわ。……聖剣が本当に“選ぶ”というなら、私にも資格があるはず」
彼女は静かに、しかし確かにそう言った。
「貴族の娘であり、王子の婚約者であり、
王妃として相応しい教養と立場を持つ私が、剣に選ばれない理由なんて、あるの?」
私は立ち止まり、彼女を見た。
クロエの瞳は真剣だった。軽薄でも、虚勢でもない。
彼女なりの“正しさ”を証明しようとしているのだ。
「……なら、剣がどちらを選ぶか、見届けましょう」
そう言って、私は一歩引いた。
礼拝堂の空気が再び張りつめ、月光の粒子が天井から舞い落ちるように揺れた。
クロエは堂々と祭壇に近づき、剣へと手を伸ばす。
その瞬間。
──ギィィン!
鋭い音が空間を貫いた。
まるで拒絶の音のように、空気が振動する。
「っ……!」
クロエの手が弾かれ、身体ごと後方へ吹き飛ばされた。
ノエがすぐに手をかざして衝撃を和らげたが、それでも彼女は膝をついた。
「……どうして……」
クロエは戸惑い、震える指で床を押さえていた。
「聖剣は“王妃の器”を求めているのではない。
“竜の真意に応える者”を選ぶのだ」
セラの声が、礼拝堂の静寂に沈み込むように響いた。
「器や地位ではなく──覚悟と信念。
それを持つ者にしか、あの剣は応えない」
クロエが私を見上げる。その目に、悔しさが滲んでいた。
私は、言葉を返さず、ただ祭壇へと歩を進めた。
剣はそこに、何も語らずに浮かんでいた。
けれど、私にはわかっていた。
この刃が、何を望み、何に応じるのか。
「私は……誰かのために振るう剣じゃない。
私自身の信念で立ち、選ぶ。だから、その力が必要なの」
私はゆっくりと手を伸ばし──
触れた瞬間、剣はまばゆい銀光を解き放った。
空間が揺れ、風が巻き上がり、祭壇の古文字が一斉に輝き出す。
ノエが驚愕の息を漏らし、セラが剣の前にひざまずいた。
「月の聖剣が……応じた」
剣は静かに、私の手の中に収まった。
その重みは、まるで“責任”そのものだった。
だが私は、それを怖いとは思わなかった。
「リセリア・ヴァンブローズ。
貴女こそが、“月竜の契約者”にして、“剣姫”の名を継ぐ者」
ノエの声が、静かに宣言のように響いた。
クロエは唇を噛み締めながら、立ち上がった。
だが、もう何も言わなかった。
月の光は、私の背に静かに降り注いでいた。




