04『もう一度、猫たちの話をしよう』
さて、話をもう一度少女のような、猫のような、猫少女の話に戻しましょう。
ああ、ちょうどいいタイミングですね。すぐそこに、蝋人間を集めている二匹の猫少女がいます。
ほとんどの人が蝋となってしまった世界を歩き回る、この、猫の特徴をもつ少女らしき者たちは人間の加工品です。人類の長い歴史の中で培ってきた人体改造の技術に、不思議化した世界で発見された素をいくつか加えたことで実現した強化生物ですね。
「ねぇ、猫鬼って呼び方、キモくない?」
猫鬼というのは、正式名称ではありません。インターネットが生き残っていた不思議化世界ができたばかりのころ、科学者たちが公開した動画に映っていた猫少女を見た人々が使いだしたスラング、或いは嘲笑のようなものでした。
「あ! いけないんだ! キモいって言葉は、ジャパン最悪の発明品だって博士が言ってたでしょ!」
今、地球上に猫鬼たちを馬鹿にして笑うような人間は一人もいません。人体蝋化現象が猛威を振るった結果、心の余裕がなくなってしまったのですね。
「でも、キモいじゃん」
「キモいって言う人がキモいんだよ!」
「あ! 人のことキモいって言った! 博士に言いつけてやる!」
今、猫鬼という言葉を使うのは猫鬼自身。でも、彼女たちは猫鬼という言葉が蔑称であったということは知りません。インターネットが死んだのは、もう随分と前のことだからです。
「ごめん。ごめんね。ごめんねって思ってるから博士には内緒にして、内緒にしてよ」
「いいよ。今日、機嫌いいから」
二匹の猫鬼の会話は、まるで人間。でも、彼女たちには人間と呼ぶにはあまりにもお粗末で短絡的な凶暴さがありました。
「ありがと! お礼にそれ運んであげる!」
「横取りするつもりだな!」
ほらみたことか!
「そんなことしないよ!」
「嘘をつけ! 殺してやる!」
猫鬼はちょっとしたすれ違いで、さっきまで仲良くしていた友達と殺し合いをはじめるような生き物なのですよ。とほほ……。
「死ね! 殺してやるから死ね!」
猫鬼の役目は、世界各所にある人蝋を回収することです。回収量はそのまま個体の評価に直結し、与えられる餌の量に直結します。働こうとしない者は食べることもしてはならない。猫鬼にとって人蝋は、食事を得るための通貨のような存在でもあるのです。
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
「ぎゃああああっ! ぎゃあああ!」
恥ずかしげもなく、獣のような鳴き声をあげて猫鬼たちが争います。分割した人蝋の入ったカバンすらも放り投げて、もう大変!
「ぎゃあああ! ぎゃああ!」
「ぎゃあああ!」
二匹とも、爪の長さは五センチほどに伸ばしていました。長く伸ばしすぎると折れやすくなってしまうので、同種殺しをするときはこのくらいの長さにするのがセオリーなのです。
「ぎゃっぎゃっ!」
「ぎあああ! ぎゃっ!」
二人が手加減なしで戦うのには、大きな理由がありました。猫鬼は早く死ぬ………………彼女たちは、普通の人間よりもずっと寿命が短い生き物だからです。
「ぎゃっぎゃ!」
「ぎああぎゃっ!」
短い命だと自覚しているからこそ、躊躇せず友を殺そうとすることができます。短い人生だからこそ、全身全霊をかけて目の前の敵を屠ろうとすることができます。そう! 彼女たちは今、青春を謳歌しているのです!
だからもう、猫鬼のこともこう呼んであげても良いでしょう。少女、と。
命輝かせ生きる猫鬼のことを「少女らしき」だとか「猫少女」だとかと呼ぶのは、そろそろ終わりにするべきだと思うのです。