【短編】秘密が多いイケメンなんだが、実は知ろうと思ったら事情は知れる。聞かれなさすぎるから答えなかった、それだけなんだ。すまんな
※恋愛要素、最後の方にあります
好きです!と差し出された手紙。かれこれ何通目なのかは数えなくなって久しい。
騎士団で練習やら訓練やらをしていると、休憩時間を見計らってこうして渡される手紙や愛の言葉。それだけなら良いけれど、最近は『我が父に挨拶を』だの、腕を絡めて胸をグイグイと押し付けながら自分が彼女ですと言わんばかりに自信満々な顔で引っ付いてくる令嬢まで現れる始末。
「申し訳ないが、受け取れない。当家宛に送ってはくれるかい?」
「そうしたら、読んでいただけますか?」
「読むくらいなら」
「あ、っ……ありがとうございますぅ!」
感激した様子でぶわりと破顔し、涙を零しながらその場からものすごい勢いで立ち去る令嬢を見送ると、とんでもなく大きな溜め息が『はぁぁぁぁ』と零れた。
果たしてこれはどのくらい続くんだろうと、クリスは溜息を再び吐いた。
数多の令嬢からの誘いを断りに断って、ついたあだ名は『氷の貴公子』やら『冷酷騎士』。
同期からのやっかみも一部、ある。とはいえ、クリス自身もこの向けられ続ける好意をどうしたらいいものかと悩んでいるのだ。
贅沢な悩みと言うなかれ。周りからは贅沢に見えても本人は嫌でたまらないのだから。
「次はどこの令嬢引っ掛けたんだー?」
「……見ていたなら助けるくらいしろ、アルベルト」
「わりぃ、でもお前ほんっと淡々としてるよな。大丈夫か?その、あれだ。色々、人として」
「喧嘩売ってるなら買うけど」
「売ってねぇよ! ごーめーんって!」
アルベルトはこの騎士団に入ってから出来た、気を許せる同期にして友人だった。クリスのあまりの淡々とした様子に『お前、断り続けるにもやり方があるぞ!』と気にかけてくれた貴重な人である。
なお、アルベルト自身は婚約者もいるが、もう既にクリスには会わせている。その上で婚約者から『まぁ、わたくしクリス卿は何とも思ってなどおりませんわ』と、可愛らしい声で言われたので安心したからこそ、気の置けない友人になれたといっても過言ではない。
話してみると、クリスは別に冷たすぎるわけではない。
いきなり令嬢たちに告白され、手紙を押し付けられ、贈り物までされ、騎士団の寮まで押しかけられた挙げ句に『わたくしと結婚してくれなきゃ嫌ですわー!!』と叫ばれる。
なお、これが日替わりであればいくら可愛い女の子が好きなアルベルトでも嫌になるというものだ。しかしアルベルトは婚約者ひと筋。どうにか他の団員に目を向けさせようとクリス共々頑張ってみたものの焼け石に水状態。
「……もうさぁ、訓練の時とか手合わせで手ぇ、抜いたらどうよ」
「嫌だよ気持ち悪い」
「えぇ……」
「手加減でもしてみろ、下手をしたらこっちが死ぬぞ?」
「そりゃ、まぁ……そう、なんだけど」
「団長も言ってるだろう、いつ如何なる時も、気は抜いてはならない。訓練は実戦と変わらないものと思え、って」
「正論すぎて耳が痛い」
「む、言い過ぎた。ごめん」
「いや、俺も迂闊だった」
悪い悪い、とお互い謝ってから休憩所へと歩いていく。そして歩きながらアルベルトは『あれ?』と思う。
「(クリスの家名って……何だ?)」
自己紹介をした時も淡々とした様子で『クリスだ、よろしく』とだけ言われた。アルベルトは自身を『アルベルト=クラヴェルだ、よろしくな!』と自己紹介したのだが。
平民にしては身なりが良かったが、アルベルト以外も恐らくクリスの家名を知らない。というかフルネームを知らない。
サラサラとした濃紺の、クセのないストレートの長髪をきっちり一つに結んで纏めている。なお、手合わせで掴まれたりすると容赦なくその髪をばっさりと切り落とすほどの豪胆ぷりを発揮する。
しかも、翌日には何故か長さが戻っているものだから全員に問い詰められたクリス。ひと言、『え?魔法で元の長さに戻したらいいだけだろう』と真顔で返された。
時間を操るのか!と更に問い詰められると、これまた淡々と『いや、成長魔法というか、成長促進魔法?というか…ほら、植物の育成を助ける補助魔法。あれだ』と、更にあっさり告げられる。
生活魔法の一つにそういったものがあるのは知っている。知っているのだが、それを実際に使っている人を見たことがなかった。
魔法も使えるんかい!とまた誰かがツッコミを入れたが、更にクリスはあっけらかんと『基礎魔法なら。応用は無理』と返す。
あまりに淡々としているし、出来ないことは出来ない。出来ることは出来る。更に、嫌なものは嫌というこの性格で、気の合う人は実はそこそこいたりするクリスだった。
一部、クリスのことをやっかんでいるのは、婚約者の令嬢がクリスに夢中になっている令息たち。
今日の令嬢は騎士団の先輩団員の婚約者の令嬢だったよなー、とアルベルトが思い出していれば、クリスはちらりとアルベルトに視線を寄越した。
「何だよクリス」
「アルベルト、今日のあのご令嬢って……」
「あ、そうそう。先輩の婚約者」
「明日が嫌だな……」
「何かあったら即言えよ? お前の味方、そこそこいるんだから。一番は俺だけどな!」
「うん、ありがとう」
こく、と頷いてくれるクリスにご満悦なアルベルトだったが、二人の行く先を阻む団員がいた。
「噂をすれば」
「なんとやら」
タイミングばっちりな二人だったが、行く先を塞いでいる団員は憤怒の表情を浮かべている。
それもそうか、とクリスは溜め息を吐いた。
「クリス! お前、人の婚約者に手を出すとは何事だ!!」
「出しておりません」
「嘘をつくな!! 俺のマーガレットが!! 『クリス様に、貴方はなに一つ勝っていないのだから婚約なんか解消よ!』と言ってきたんだぞ!!」
「えぇ……」
そんなん知らんわ、と言いたげな心底嫌そうな顔をしてクリスは呟いた。
アルベルトもつられるようにしてげんなりした顔になるが、どうやらそれもその先輩団員の怒りに触れてしまったらしい。
「~~っ、決闘しろ!!」
会話をした時間はとても短いが、先輩団員からとてつもない声量で告げられた決闘の申し込み。
アルベルトがクリスを見ると『めんどくさい』と明らかに顔に書かれている。
「クリス、隠せよ」
「……あのさ、自分のせいじゃないことに対して、こうやって決闘申し込まれて『わーいやったね!』って喜ぶ馬鹿、いる?」
「うーん、いねぇな」
「だろう?」
「人をおちょくるのもいい加減にしろよテメェ!!」
どうやっても決闘の申し込みを受け入れてくれそうになかったクリスに、その団員の怒りが爆発してしまう。
正式な決闘の手続きをしてはいないが、己の怒りを優先した団員がクリスに飛びかかろうとぐわりと腕を広げる。
「うわあ!」
あまりにいきなりの行動にアルベルトは悲鳴をあげるが、クリスは淡々としている。いつもと変わらない。
「……」
「逃げられると思ってんじゃねぇぞクソ野郎が!!」
羽交い締めにして、落とそうとしたのだろう。
しかし、クリスはするりと、あくまでも冷静にそれをかわしてから先輩団員に足をかけ、転ばせる。
「うおっ!?」
勢いよく転んでしまい、ずざー、と顔面からスライディングをかました団員の姿は彼が思っていたよりも多くの人に見られていた。たまたま運悪く、そこに居合わせた団長も、バッチリと見ていたのだ。
「い、てて……。テメェ、避けんじゃねぇぞ卑怯者が!!」
はー、と呆れたような溜め息が聞こえ、団員が怒り心頭のままそちらに視線をやるが、彼の表情は怒りから驚き、それから焦り、困惑、とあれよあれよと変化していった。
何せその溜め息の主は団長だったのだから。
「だ、ん、ちょう……」
「何が卑怯だ。お前がクリスに難癖つけて殴りかかろうとしたんだろうが」
「いや、しかしクリスがわたしの婚約者を誘惑して!」
「毎度毎度、どうしてお前らは飽きんのだ……」
「だって!!」
「子供みたいなことを言うな!! お前たちが強く、凛々しく、そしてしかと婚約者のご令嬢の心を掴んでいないから彼女たちも心変わりをするんだろう! 大体、クリスが迷惑そうにしているのをどうして誰も理解しない!!」
「え、」
慌てて団員がクリスに視線を向ければ、うん。と力強く頷いているクリスの姿。更にはクリスの隣に立っているアルベルトもうんうん、と同意するように頷いているではないか。
「ほん、と?」
「はい。改めて言わせていただきますが、きちんとお断り申し上げております。仮に手紙が来たとしても受け取らず、返送いたしております。その際は、断りの理由もつけているんですが……先輩、考えてみてください」
「え?」
「誰にも家名を言っていないし、フルネームを知っているのが団長だけなのにどうやって手紙を送るのでしょうね。ちなみにどうにかして手紙を送ってくるご令嬢は、寮の部屋宛に送り付けてくる猛者です」
うわぁ、と誰かが悲鳴を上げる。
むさくるしい騎士団員の寮への手紙は基本的に家族からのものしか受け付けないとされている。
ということは、どうにかして家族と偽って管理人に押し付けているということだ。
それから、とクリスは続けた。
「なお、自分は寮に名前はありますがきちんと帰るべき場所がありますので受け取るのは週に一度なんですけどね」
そういやそうだな、とアルベルトは納得する。
このクリス、あまりにも秘密のことが多すぎるのだ。騎士団員として訓練に参加し続けておおよそ一年ほどにもなるだろうか。
自分のことは一切話さない、家名も明かさない、帰る場所がどこなのか後をつけようにも綺麗に撒かれる。一ヶ月もすれば皆、早々に諦めてしまったのだ。なお、アルベルトもその一人である。
「じゃあ……本当に、お前は嫌がっ、て」
「迷惑極まりないんですよ」
淡々としていて冷静沈着、ほぼ表情を崩すことがないクリスが、心の底から嫌そうに言い捨てた。
これでようやく、ほぼ全ての団員が理解をしてくれたようで、団長もガリガリと頭をかきながらクリスの肩をばしばしと叩く。
「団長、痛いです」
「まぁあれだ、やっとこさ分かってもらえたな!」
「先輩で最後です。でも、分かってもらえることと、それを理解することとはまた別問題ですけど」
「お前ねぇ」
ああ言えばこう言う奴だ、と苦笑いを浮かべていた団長だが、思い出したように『あ』と言う。
「何ですか?」
「団長、どうしたんすか?」
クリス、アルベルトが問いかけると、これまでの経緯を見守っていた団員たちも何だ何だ、とわらわらと近寄ってくる。誰か止めろや、とクリスが彼等を見たが、あまりの眼光の鋭さに全員があちこちに向ける。
これもある意味通常運転ではあるが、クリスはすぐ無表情になる。面白くない、という感情をのせたまま。
「三日後、王家主催のパーティーがある。お前ら、警護の仕事があるんだからきちんと正装して参加しろ!いいな!」
『美味いもん食えるぞー!』と誰かが言うが、団長がその団員の頭を遠慮なくはたいた。
「アホか! メインは警護なんだよ!」
「でも団長、休憩もありますよね?!」
「まぁ、そりゃ……しかし、気を抜くなよ!当日は第二王子殿下の婚約者の発表も兼ねているんだからな!」
「マジか……」
「え、ほんとに婚約者いたの?」
「いやー……今回もどうせ一人で来るだろ」
騎士団員がざわつき始める。
はて、とクリスは首を傾げ、アルベルトへと視線を向けた。
「アルベルト、皆の反応が……」
「あー……。あくまで噂なんだけど……殿下は婚約者がいるフリをし続けてるんじゃねぇか、って話なんだ」
「そう、なのか?」
「公式の場に、その婚約者殿が一度たりとて一緒に来たことがないんだよ。だから、『いるフリ』をして結婚を回避してんじゃないか、ってもっぱらの噂だ」
「へぇ……」
そうなんだ、と呟くクリスに、アルベルトは思わず問いかけた。
「お前、知らなかったのか?」
「あまり興味がなくて」
「あのな、そこはちゃんと興味持っとけよ」
「気を付ける」
『そうか』とか、『うーん』とブツブツとボヤいているクリスを横目に、団員たちは当日の正装の支度だー、とわらわらとその場から去っていく。休憩をしようと思っていたが、やることの優先順位が変わったアルベルトも同じように一度自宅へと帰ることを選んだようだ。
それは勿論クリスも同じようで、いつの間にかその場から消えていたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、パーティー当日。
「アルベルト、クリス見てないか?」
「いや、そっちいねぇの?」
「そうなんだよ」
「もしかしたら、特別任務でも受けたんじゃないか? だってアイツの強さ凄いし」
「うーん……」
納得していないようで、眉を顰める団員にアルベルトは不思議そうな顔をするが、はっと時間を確認してから慌てて団員の肩を叩く。
「おい、時間!」
「やべ!! 急げ!!」
いないならいないだけの理由があるのだろう。騎士団員たちは皆、そう判断した。
秘密裏に任務を受けるということももちろん、可能性としては充分有り得る。
クリスの普段の強さを考えれば、そういう考えになるのも当たり前だった。一撃の重さはさほどないものの手数の多さ、魔法をのせて放ってくる斬撃の強力さ、更には体術の豊富さ。
様々な可能性を考慮してみても、一番の伸びしろがあり手合わせでここ最近誰に対しても負け無しであれば、恐らく団長命令。あるいは王命があったのかもしれない。
そう思いながら各自、護衛についていた。
「王族の皆様方のご入場です!」
主要貴族の入場から始まり、次いで王家の入場。
賊がいないか、騎士団員全員の神経がピリピリと張り詰めたものへと変わっていく。今まで以上の警戒をしていると、会場にどよめきが広がった。
「何だ……?」
アルベルトがキョロキョロと見渡すと、理由はすぐに分かった。
第二王子であるダリウスが、令嬢の手を引いている。
とても身長の高い、すらりとした美女。切れ長の目、長い睫毛、すらりとしながらも女性特有のしなやかさは持ち合わせている。
だが、身長高すぎやしないか?と思わず会場にいる全員が思った。恐らくヒールを履いているからだろう、という予測の元ではあるものの、ダリウスとほぼ変わらない高身長。
確かダリウスは180cm近くあるはずだから、令嬢の身長は恐らく170cmくらい、あるいはそれよりも少し高いかもしれない。更には、腕の感じが、こう……筋肉質のような……と、観察していたアルベルトは、はっと気付いた。
「クリス……?」
まさかあいつの秘密任務は第二王子の婚約者として振る舞うことか?!と思い、心の中で『お前の女装という犠牲はこの目にしかと焼き付けてやるぜ!(後でからかいまくってやろう)』と呟いた。
他の団員も同じだったようで、ちらちらと視線を交わし合い、皆揃ってうん、と頷いた、のだが。
「ようやく、我が息子。第二王子が婚約者の説得に成功した」
王からの言葉に、慌てて団員たちは背筋を伸ばす。勿論、周りへの警戒は続けたまま。
「ダリウスの婚約者、クリスティアーヌ=レッドフィールド公爵令嬢は、なかなかこういった場に出てきてくれなかった。照れくさいから、ということが理由の一つではあるのだが、ようやく!我が息子の説得に応じてくれた。将来の王子妃として、まずは挨拶を」
促され、ダリウスの腕に己の手を添えたまま、クリスティアーヌとダリウスは揃って前に出る。さぁ、と促され背中をぽんと押され、一歩、クリスティアーヌが前に出た。
「お集まりの皆様方、恐らくダリウス殿下の婚約者は影武者ではないかとお疑いになっていらっしゃることでしょう。ですが、わたくし、クリスティアーヌ=レッドフィールドは、訳あってこのような場に出ることを頑なに拒んでおりました」
少しだけ低い、けれど女性らしくゆるりと喋るその姿は、アルベルトが知っているクリスのようでクリスではない。いやでも見た目はクリスだよな?!とアルベルトをはじめとした騎士団員は混乱の中にいた。
「わたくし、クリスティアーヌ=レッドフィールド。訳あって騎士団に籍を置かせていただいております。騎士団員の皆さま方」
クリス、否、クリスティアーヌの声がいつものものへと変わった。
「公爵令嬢としての立場を隠して、騎士団に所属させていただいていたこと。隠していて大変申し訳ない。……強くなるのに手っ取り早いと思って、あぁしていたんだ。あと、令嬢としての格好を見られるのが恥ずかしくて、つい」
いつもの口調で話され、騎士団員からは『はぁ?!』と驚きと困惑の声が盛大に上がる。
「ちなみに騎士団で訓練したのは、わたくしの愛するダリウス様から『自分の身くらい自分で守れるようになれ』と言われたからだ」
おい待て、とアルベルトは思う。
確かにダリウスは強い。戦場へと出れば『鬼神』と呼ばれるほどの強さを発揮する。見た目は単なるヒョロい男なのに、剣を持てば性格ががらりと変化するのだ。
なお、それを見てクリスティアーヌはダリウスに一目惚れしたということ。そして婚約を申し込んだ際にダリウスから『自分の身は自分で守れるほどには強くないと王子妃としてやっていけないよ』と言われたことがきっかけで、こっそり団員になったとのこと。
「一応、強くはなりましたが任務があれこれ舞い込んできたものですから、表舞台に戻ることもできず、今のような事態になってしまった、という次第でして……」
会場全体がぽかんとしている。
それはそうだろう。
あのクリスが、レッドフィールド公爵令嬢で、ダリウスの婚約者。しかも騎士団員となっていた理由が『ダリウスに言われたから』。つーかお前自分の身を守るどころかとんでもなく強いじゃねぇか、とアルベルトはじめ、騎士団全員が内心ツッコミを入れた。
団員との手合わせでは遠慮など辞書から消したように、文字通り鬼神のように相手をボコボコにするわ、敵に襲われたら完膚なきまでに叩きのめした挙げ句、情報を徹底的に聞き出すまで尋問する始末。
これを成し遂げてしまう令嬢がどこにいんだよ!ここか!とアルベルトは更にツッコミを入れた。
アルベルトをはじめ、団員の女性のイメージは『守ってあげたい』が第一だったのだが、例外もあるということを嫌というほど思い知らされた。
そしてよくよく考える。レッドフィールド公爵自身、有事の際には出撃し、得意な雷魔法を駆使して戦うものだから『雷帝』という二つ名がある。なお体術にも剣術にも秀でている。そしてその娘。強くなる要素がないどころか、磨いたらとてつもなく光る原石だったようだ。
「ご令嬢がた、わたくしがお断りした理由はご理解いただけましたでしょうか。我が愛はダリウス様だけのもの。このお方を、一生愛し続けるとそう決めておりますので、悪しからず。それにそもそも、性別というものがございますので、無理でございましたの」
うふふ、と笑っているクリスティアーヌの表情がとても艶やかで、女性らしさとどこか男性のような中性的な雰囲気が相まって、不思議な色気を醸し出していた。
「……そうか、だから……」
アルベルトは理解した。
自身の婚約者が『あの方は大丈夫ですわ』とも言っていた意味が。
つまり、『あの方は(そもそも女性なので自分が好きになることなど微塵もないから)大丈夫ですわ』なのだ。
騎士団の制服を身にまとい、恐らく肩幅なんかは下着などでうまく誤魔化していたのだろう。なるべく男性に近い体つきにしておこうという配慮があだになった、とでも言うべきであるかもしれないが、クリスティアーヌが女性であると、きちんと気付いたのはどうやらアルベルトの婚約者だけのようで、アルベルトはこの場にいる婚約者に慌てて視線を向ければ、声を出さずにこう返された。
『だから、言ったでしょう?』
読唇術で聞き取ると、婚約者はにこりと微笑んでいる。
あぁ、そうかとこれまでのクリスの行動にも合点がいった。
手紙を『読むことは』する。
いくら令嬢がアタックをしかけても靡かないわけだ。だってクリスは『彼』ではなく『彼女』だから。
騎士団の規則に『女性は訓練に参加してはならない』とあるわけではない。しかし、女性が参加したとしても舐められてしまうに違いない。そう判断したクリスティアーヌはバレても良いから男として騎士団に所属して己を鍛えることを決めたそうなのだ。
目論見は成功したが、如何せん有能すぎたが故に本来の婚約者としての役割ができなくなってしまっていて本末転倒、と思い、ダリウスが慌ててクリスティアーヌに騎士団を辞めるようにと促して、今日という日を迎えた、とのこと。
あまりに唐突すぎる核爆弾級の暴露の前には、さすがの騎士団員も思わずへたり込むメンバーが何人かいたらしい。
「騙すようなことをしてしまい、申し訳ない。その代わり、貴女方の婚約者はわたくしが然と、ぶちのめしましたので更にお強く、皆様をお守りできるとても素晴らしい騎士へとなっておりますから」
そうだろうよ!とクリスに負けた全員の心の声が重なった。
女みたいなやつに負けた、だなんて一生の恥だ!と訓練した結果、婚約者の心を射止め直した者の方が多いのだ。
「わたくしの愛しい殿下から、もうそろそろ王子妃としての自覚をきちんともってほしいから、とお願いされましたので、騎士団員としてはもう皆様方とご一緒することはございませんでしょう。今まで、ありがとうございました」
体幹が全くぶれることがないカーテシーを見事に披露し、改めてダリウスに寄り添い、言葉通りの近い目線でうっとりと彼を見つめる姿は、一人の女性でしかなかった。
翌日、王都で配布された号外には『麗しの氷の君、実は女性!』というゴシップ誌のような見出しがでかでかと掲載され、色んな人にばら撒かれたのだが、これは一旦置いておく。
「クリス!」
「はい。あら、アルベルト卿、ご機嫌よう」
「あぁ、君がクリスティアーヌが話していた何でも話せる友人のアルベルトか。話は聞いているよ」
「だっ、第二王子殿下!!」
当たり前だがダリウスと一緒にいるクリスティアーヌに話しかければ、隣のダリウスも反応する。
更には、にこにこと笑いながら手を差し出し、がっちりと男同士握手をしていたのだが。
「…………………駄目だよ、わたしのクリスにこれ以上親しくしないでくれ。とても、クリスを愛しているのだからね」
お前ここ戦場か、という目とオーラによって、アルベルトは否が応でもこの第二王子の愛の深さを知ることとなる。
助けを求めるようにクリスを見たが、自分の婚約者と和やかに話しているではないか。というか婚約者もいつの間にここに来たんだ、とツッコミを入れてみるが、それよりもアルベルトの手が粉砕されんばかりの勢いでみしみしと嫌な音がしている。
「で、で、殿下、あの、ご安心を!! わたしには婚約者がおります故、クリス……じゃない、レッドフィールド公爵令嬢に何の感情も抱いておりません!!」
「は? わたしのクリスになんていうことを抜かしやがるんだお前は」
「下心ないんですよ!! 許してくれませんかねぇ!!」
「尊敬の念くらい抱けよ。お前より強いだろうわたしのクリスは」
「助けろクリスー!!」
「それくらい切り抜けてくださいな、アルベルト様」
「お前に言ってないだろう?!」
「まぁ、何て冷たいお方。クリスティアーヌ様、聞きまして?」
「えぇ聞きました。まったく、男の風上にもおけない奴だ」
お前女だろうがーー!!と叫ぶ声が王宮に響き渡ったのは言うまでもないが、遠慮なくダリウスからクリスティアーヌへの惚気を聞かされ、うっかり返事をすれば離してもらえない手に力を込められ、いつになったら解放されるんだー!!とまた叫ぶアルベルト。
ひとまずダリウス様の相手はあいつに任せとこう、俺らは警護にあたろう。決心した団員たちからいい意味で人柱にされたアルベルトが解放されたのはパーティーの終了間際だったそうだ。
「わたしのクリスティアーヌ、明日からは王子妃の勉強をお願いするよ。予想以上に強くなった君の努力する姿と勇ましさ、己だけではなく民をも守れる力を得た君を妻にできるわたしは、国一番の幸せ者だね」
「ダリウス様……!」
この二人、イケメン同士のカップルとして国民にあっという間に知れ渡り、クリスティアーヌに関してはファンクラブが出来てしまったのは言うまでもない。
また、ダリウスから王子妃としての務めを、と言われたクリスティアーヌはさっさと騎士団から除籍してもらい、肉体面の強さだけではなく頭の回転の速さや、気の回し方など。色々な方面で思う存分あれこれ力を尽くしたという。
無論、そんな二人がおしどり夫婦にならないわけがなく、公務の際には寄り添い合い、微笑みあっている姿がよく見られたそうだ。
ちなみにアルベルトはパーティーの一件でダリウスに気に入られ、王子の護衛として一気に昇進街道に乗っかったことで騎士団員から羨ましがられたのだが、それを聞いたクリスティアーヌから『体がなまらないように手合わせを!!』と勝負を度々申し込まれ、実戦さながらの稽古をしている。それを見たダリウスがうっかり鬼のような顔で(勿論クリスティアーヌには見えていない)、アルベルトを睨みつけていたりするのだが、それはまた、別のお話である。