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後編

 

 仕立て屋は苦悩していた。どんなに考えても王に相応しい一着が浮かばないのだ。


 あの後、王の身体をつぶさに観察してその姿を紙に留めると、男の創作意欲は頭を割って飛び出しそうなほど激しく湧いてきた。すぐさまそれを仕事場に持ち帰り、ありとあらゆる服の構想を練っては、王の絵姿にあてがってみた。

 しかし、どれもしっくり来ない。それどころか王の美しい肉体の流線を削いでしまい、その魅力を台無しにしてしまう気さえした。

 

 ――果たしてこの身体に似つかわしい一着など、この世に存在するのだろうか。男は鼻に皺を寄せて考え込む。

 

 目の前に広げられた紙の表面に一糸纏わぬ姿で白い歯を剥き凛々しく立ち現れた姿とじっと向き合っていると、男の中に鮮烈に閃くものがあった。――しかし、これは仕立て屋としての己の矜持に背くことになる。彼は頭を抱えた。しかしこれ以上の最適解が思い付かない。

 

 彼はじっと考え込んでいたが、意を決して道具をまとめると王城へと向かった。


***


 その数日後、王は城下を練り歩くことにした。というのも、仕立て屋が拵えた服があまりにも素晴らしかったため、その姿を民たちに見せたくなってしまったのだ。

 王はこの上なく得意気な顔で鏡の前に立ち、高らかに唱えた。


 「鏡よ、鏡、この世で一番美しいのはそう、この私だ!」


 もはや問答でもなんでもなくなってしまった独り言を側で聞いていた大臣は、だんまりを決め込みじっとりとした目付きでその姿を見ていた。その眉間には深く皺を刻まれている。

「――王様、本当にその姿で民の前にお出でになるのですか」

 彼はおもむろに口を開くと、低い声で問う。


 もちろん、と応えると王は勝利の構え(ダブルバイセップス)をとってみせた。大臣は、うっ、と口許を押さえて顔を逸らす。


 「この素晴らしい姿を民に見せずしてなんとする」


 王は嬉々として鏡に向かって胸を張ると休息の形(リラックスポーズ)を作った。さらに高く強く盛り上がった筋肉をぴくぴくと動かしてみせる。一通りの身体の動きを念入りに確認すると、彼は満足したように入り口まで堂々と進んでいった。

 大臣は深くため息をつくと、何もかも諦めたように王の後ろについていく。


 王城の前には王の姿を一目見ようと民衆が集まっていた。仕立て屋泣かせの王が、わざわざ練り歩いてまで見せようという着物がどんなものなのか、皆気になっているのだ。


 王が服を弾き飛ばすようになってからというもの、この国の仕立て屋たちは一様に気落ちし、店を閉めてしまった。おかげで人々は麻袋の角に穴を空けたような無様な服を着るしかない現状を余儀なくされている。

 ――もし王がみっともない姿で現れようものなら卵をぶつけてやる。国民の怒りは頂点に達していた。


 すると、王の到来を告げるラッパが鳴らされた。ざわついていた群衆は息を飲んで静まり返る。次の瞬間、城の扉が(うやうや)しく開かれ、輿(こし)に乗った王が中から現れた。


 その姿に民衆は絶句した。


 王は裸だったのだ。

 

 しかし、その身体はよく鍛えぬかれ、磨かれた鋼のように輝いているではないか。

 皆はその姿のあまりの美しさに思わず見惚れると、ほう、とため息をついた。


 すると真っ先に文句を言ってやろうと先頭に陣取っていた初老の男が、おもむろに被っていた帽子を脱いで王の御前に(ひざまず)いた。


 「ああ、王様。なぜ斯様(かよう)な御姿で私たちの前にお見えになったのですか」


 それにつられるように回りの者たちも次々と膝を折っていく。王はその様子を満足げに眺めると輿の中で立ち上がり、陽光に照り輝く裸体を誇示した。


 「皆の者、とくと見るがよい。これはこの国一番の職人が仕立てた新しい服だ」

 その言葉に民たちは首をかしげた。王は裸ではないのか――。彼らの困惑をよそに王は続ける。


 「これは、特別な布で作られている。ずばり『身に着けた者の真の美しさを引き出す布』だ」


 高らかに唱えると、王は勝利の構え(ダブルバイセップス)をとってみせた。


 「これが、私の真の姿だ!」


 王の言っていることが理解できず、民衆たちは静まり返る。しかし、先頭にいた初老の男だけは、ぽん、と手を打つと、そういうことかと呟いた。


 「つまり、その鍛えぬかれた素晴らしい筋肉を召された御姿こそが、王さまのお召し物が引き出した(まこと)の御姿なのですね」

 

 いかにも、と応えると王は握り拳を腰に当て、ふんぞり返る素振り(ラットスプレッド)を見せた。おお、と歓声が上がる。

 男の言葉に民たちも手を打った。王は裸に見える。しかし、その身に纏っているのは「身に着けた者の真の美しさを引き出す布」で作られた着物だ。したがって今、皆の目に映っているのは裸ではなく、その真の美しさを引き出した結果、裸のように見える王の姿なのである。


 つまり、王は裸ではない。


 どこかで拍手が聞こえてきた。それに呼応するように拍手と歓声が鳴り響く。王は得々とした顔で再び勝利の構え(ダブルバイセップス)をとると、街道を進んでいった。


 「どうだ大臣、これでお前も私をますます見直したろう」

 「――お(いとま)を頂きます」




 一人の少年が遠ざかる王の背中を目を輝かせて見守っていた。

 「凄いや、裸なのに恥ずかしくないなんて。僕もあんな堂々とした大人になりたい」

 すると隣にいた父が、優しい面差しで頷く。

 「そうだな、でも服は着た方がいい。体脂肪率が10%を切ると免疫力が低下して風邪をひきやすくなるからな」


 遠くの方で大きく誰かがくしゃみをする音が聞こえた。


閲覧いただきありがとうございマッスル

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