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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第3章

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10 暇を持て余した神々のお戯れ



 おそらくツムギの体に天狐が入ったのだろう。


 山神がウツギの体に入ったのを見ていた湊はすぐに察した。

 一度直接、天狐に会ってもいたため、そこまで驚きはない。


 だが、その時よりはるかに神気が強い。

 その圧に押され、後退した湊のかかとが座布団の端に触れた。


 その座布団上の山神は、横柄に伏せた体勢のまま、立ち上がることすらしない。ただ眇めた眼で、成り行きを静観するのみ。


 ツムギの紋様が完全に朱色になった。

 ふるると一本の尾が小刻みに震え、一挙に本数が増える。


 その数は、九本。


 背後にそれらを見せつけるように広げ、軽く笑い声を立てると、大気がさざなみのごとく振動した。


 雰囲気が一変した小狐がじっと湊を上目で見つめる。


「――外はうるさかろうと、わらわの神域(住まい)は静かで快適じゃぞ。どうだお主、わらわのもとに遊びにこぬか」


 朗々と響くその声音は、脳を痺れさせる威力を誇る。

 しかも、やけに甘い。若い女であろうやや低めの声で、人を誑かすのに適している。


 失礼ながら湊はそう思う。

 九本の尾を持つ狐といえば、人を惑わす妖狐(ようこ)たる九尾(きゅうび)の印象が強いせいかもしれない。


 小狐――天狐の視線が室内のキッチンへと流れた。

 キッチンカウンターには、稲荷寿司と蕎麦稲荷が載った大皿が置かれている。


「もちろんあの稲荷寿司を持ってじゃぞ。わらわも蕎麦稲荷とやらが気になるのじゃ」

「ツムギとそっくり……」


 やはりか、と思わないでもない。

 神の類いだからか、いや、動物形態だからか。

 皆一様に、食関係にこだわりが強く、容易に釣れる。そもそもツムギは天狐を(もと)に産み出されたものならば、似ていて当然であろう。


「どこまでも食い意地がはっておる」


 山神が(あざけ)るように告げた。

 侮蔑(ぶべつ)を含む物言いに、驚いた湊が視線を下げる。

 静かに山神が起き上がるところだった。その御身の長い毛が、ざわざわとゆれている。

 超絶不機嫌である。かつてない様相に湊は言葉を失う。


 山神が足を踏み出した。

 一歩、また一歩。時をかけて歩むたび、毛のゆらめきが増し、その身を覆う金色の明度まで上がっていく。

 しまいには光に火花が交じり、音が弾けた。


 縁側の際にたどり着く頃には、全身から稲妻と化した光をうねらせ、ほとばしらせていた。その先端が縁側の天井にまで達している。


 あまりの恐ろしさに、湊は気がつけば背中をガラス窓にびったりと張り付けていた。


 縁側の床を踏みしめた山神が、眼下の小狐を睥睨する。


「ほんに(いや)しい女狐(めぎつね)よな」


 天狐は鼻で嗤い飛ばす。


「ソナタにだけは言われたくないものじゃ。甘味ごときに容易く釣られて噴火を抑えるようなソナタにはな」


 山神を取り巻く稲妻光が蛇めいてうねった。


「ほざけ。我は貴様と違って食い物目当てによその神域()に侵入したことなぞ一度もないわ。貴様にはここへの立ち入りは許しておらぬ。なにゆえ勝手に入ってきておるか。早う()ね」

「わらわの眷属を許したじゃろ。ならば、それはわらわも入ってよいということじゃ」

「ぬかせ。己の都合のよいように解釈するでないわ」

「これはこれは()なことを申される。眷属はわらわの分身でもあるのにのぉ」


 のらりくらりと交わした天狐は、その尾を煩わしげに振った。


「そもそも、じゃ。ここへ立ち入るために、ソナタの許しなんぞいらんじゃろ。その者がよしといえば、誰でも入ってよい庭じゃ。のぅ?」


 天狐が山神越しに湊を見やる。

 湊は反射で愛想笑いを浮かべるも、思いっきり引きつっている。


「まったくソナタに見下されるなぞ、気分の悪い」


 小狐が宙に浮き上がり、山神の目線より上に浮く。

 山神の体から一本の光が放たれた。

 鞭のごときそれは唸りをあげてしなり、天狐へと向かう。


 が、双方の中間地点で霧散してしまう。


 天狐は動いても、身構えてもいない。

 視線のみで瞬時に消してしまった。余裕綽々であくびでもしそうだ。


「弱い、弱い。情けないのぉ。今のソナタの力は、ハエはおろか蚊にも劣る」


 天狐の体は、山神より小柄だ。

 なれど、決して弱そうには見えない。その身の周囲が蜃気楼のようにゆれている。発する神威が空間にまで干渉していた。

 内包する神力が桁違いだからだ。


「おのれ……」


 低く唸った山神が、相次いで光の鞭を繰り出す。

 しかし横に、縦に、斜めに打ち払われ、すべてが消されていった。

 九本の尾が、さもつまらなそうにそよいでいる。


「今のソナタの相手なんぞ、わらわ自身よりはるかに弱いこの体(ツムギ)で十分じゃ。どうせ、わらわの圧勝じゃからな」

「おのれ、小癪(こしゃく)な。目に物見せくれるわ」


 山神が縁側から跳ぶ。

 一蹴りで、標的――天狐に肉薄する。その鋭き爪が狙うのは顔面。だが天狐は迫りくる前足を紙一重で避けた。


 なぜか、肉弾戦へと突入してしまった。


 中空――屋根より高い位置で白い狼と黒い狐が近づき、離れ、爪と牙で死闘を繰り広げる。

 打撃音と獣の咆哮が大気を裂く。牙をむき、吠え合う二柱は、戦神かと見紛う形相である。


 けれども、その姿は、かわいらしい小狼と小狐だ。


 いかにバトルが激しかろうと、醸す空気は刺々しかろうと、じゃれて揉めているようにしか見えない。

 向かい合う二匹が前足を激しく動かし、引っかき合っている。きゃわんきゃわんと小狼が吠え、ムキーッと小狐が唸る。

 仲良く喧嘩しな、という有名フレーズが湊の脳裏をよぎった。



 二柱は上へ、下へと目まぐるしく立ち位置を入れ替える。その神速は、縁側にいる湊の肉眼では捉えられない。白糸と黒糸の曲線が宙に描かれ続ける。


 光景は激しく恐ろしくも、その罵声が緊迫感を削ぐ。

 わあわあ、ぎゃあぎゃあ、もちゃもちゃ絡まり合っている。


「このチビ狐めが!」

「今のソナタにそれを言う資格があるか、小狼の分際で! なんたる情けない姿じゃ! 鏡でも見てこい!」

「やかましいわ!」


 いつの間にか湊の全身から強張りは取れていた。

 それも束の間、二匹の声とともに、強風までも吹き下ろしてきた。

 一斉に庭木がざわめく。

 あおられたクスノキも地面スレスレまで倒れた。若葉までも千切れ飛びそうだ。


 湊が風を放ち、屋根と庭の間に防壁をつくる。

 即座、風がやみ、びよんとクスノキが起き上がり小法師の勢いで元に戻った。


 そんなやや平和な地上と裏腹に、中空での舌戦だけは、依然として殺伐としている。

 相も変わらず小狼と小狐が引っかき合っているけれども。


「遅い、遅い。なんたる鈍足ぶりじゃ。久方ぶりの戦い(遊び)であるのに、なんじゃ、その(てい)たらくは。もっとわらわを楽しませておくれ」

「ほざけ!」


 九本の尾があざ笑うようにゆれ、神威を乗せた風で山神の攻撃を軽くいなす。


「それにしても、ずいぶんな力の衰えようではないか」


 眼下の山神を見下す天狐の、眼の瞳孔が引き絞られた。


「五百年前より、さらに劣っているようじゃ」


 小狐の体を覆う陽炎が一挙に範囲を広げる。

 神威の濃度が増し、まるで軽めの地震めいて、敷地全体が軽くゆれた。

 一瞬動きを止めた小狼がその余波に弾かれ、防護の風の膜に落ちた。


 山神が負けた。


 時間にして数分程度で、あっさり勝敗がついてしまった。決して敵わない。湊でさえわかる歴然たる神力の差だった。


 宙に浮かび、見下ろしてくるちっこい狐は、その眼力だけなら、覇王さながらである。


「さて。今回で三万三千三百三十二回戦目であったかの。そうして、二万二千二百二十二回目のわらわの勝利じゃ」


 天狐は中空で後方宙返りをして、高らかに笑っている。とてもとても楽しそうだ。


「かようなくだらぬことを、いちいち数えてなぞおらぬわ」


 湊が風を止めると、山神がストンと庭に降り立った。

 しかと立ち、よろけることもない。


 さっきまでの行為は、二柱にとって遊びだ。戯れだ。

 現にこちらへと歩み寄ってくる山神も苦悶の表情などではなく、単に悔しげなだけだ。


 むろん、湊も理解している。

 だが、地味にショックを受けていた。

 山神は無敵だ。

 無意識にそう思い込んでいたからだった。

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