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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第2章

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29 素晴らしい効き目であったとさ


「今日はこっちでいいかな。山神さんいいよね?」

「よかろう」


 播磨は戸惑っている。

 油性ペン製はそうそう消えはしないが、墨製であれば取り扱いに注意を払う必要があると思ったのだろう。


「気軽に洗えないのか……?」

「いえ、たぶん普通の水では消せないです」

「……そうか。なら、頼む」


 余計な詮索をしないのが播磨のよいところである。

 悪霊さえ始末できればそれでいい。単純明快で清い。


 己に害がないのなら、基本、放置する性格でもある。

 クスノキが動いている様子を見た当初は呆気にとられていたが、今ではクスノキのあいさつに軽く会釈して応えている。順応性も高い。


 湊が静かに、かつ丁寧に。二つの力を込め、格子紋を描いていく。

 いつもより少し時間をかけ、紡がれていく。

 翡翠の光を上から閉じ込める銀の六角形たち。小さなそれらは互いにくっついているものの、形は不ぞろいだ。


 それが視えている播磨は、重くなった瞼を懸命に開き、ただ見守った。

 最後の一本が引かれる。さすれば、翡翠の光を覆う銀の蜂の巣(ハニカム)構造はすぅと音もなく消えていった。


「身体はどうもありませんか」

「ああ……」


 墨痕鮮やかに入った格子紋は、いつもよりやや太い。

 播磨が指先で線に触れても、消えることも伸びることもない。その指を裏返してみても、何もついてはいなかった。


「まだ新しい力をうまく遣いこなせてないんですよね」


 やや照れくさそうに湊が告げる。播磨は手の甲に見入ったままだ。


 己には視えないモノが播磨には視えているのだろう。


 それを多少羨ましいと思う。己が力を己の目で視れたのなら、祓う力も閉じ込める力の上達も、もっと早いだろう。

 それは、ないものねだりというものだ。己の力は十分非凡だという自覚はある。

 あまり欲張るものではない。そう気持ちを戒めた。


 二人のやり取りを黙って眺めていた山神が起き上がる。


「どれ、たまには我からも与えてやろう」

「山神さんが……? 珍しいね」

「そやつの手をこちらに」

「はいはい」


 播磨には何も告げずに、その手を山神の前へと誘導する。

 山神が後ろ足で立ち上がり、前足を目一杯伸ばし、よいしょと格子紋に触れた。

 その仕草は『お手』にしか見えない。湊は一人、和んだ。

 一方、播磨は大混乱だった。

 ぺふっとあたたかくて小さき何か(・・)が押しつけられたのだ。

 そして触れたと同時、そこを中心にぱっと金の粒子が散る。その粒子が消えたかと思えば、翡翠の光が完全に消えてしまった。

 むろん湊には視えていない。播磨の手を離し、山神を見やる。


「山神さん、なにしたの」

「不完全なお主の力を完全にしてやったのよ」

「閉じ込めきったってこと?」

「左様」

「……お手数おかけしました」

「甘酒饅頭でよいぞ」

「今しばらくお待ちください。播磨さん、山神さんが完璧に閉じ込めてくれたらしいので……いや、待てよ。今さらだけど、これって直接悪霊に触れないと祓えないってことになるのか」

「……いつもそうしている」

「えっ、そうだったんですか!?」


 実は湊、播磨が悪霊を殴打して祓っていることを知らなかった。てっきり現場で手袋を外して、そばに寄るぐらいだと想像していた。

 播磨は折り目正しく、物静かで落ち着き払った人物にしか見えない。

 まさか日頃の鬱憤晴らしをかねて、悪霊相手に暴れているとは思いもよらない。


 礼を述べてくる播磨はうれしそうだ。ならば、よかろう。

 湊がうなずく。人物像を改めねばならぬようではある。

 播磨が深く長く息をついた。


「ここのところ、忙しくてな」


 思わず、こぼしてしまったようだった。気が抜けたのかもしれない。


「でしょうね。見るからにお疲れですからね」


 湊も大概遠慮がなくなってきていた。

 元から人見知りもしなければ、幼い頃から接客業もそれなりにこなしてきている。仕事上でしか付き合いのない相手だろうと気負いはしない。


「今は悪霊が異常に湧く時期だからな」

「そんな時期があるんですか」


 播磨が裏門の先へと視線を流した。


「少し前に、この近くに巣食いかけていた悪霊を祓ったばかりなんだが、さほど日を置かずまた巣食うだろう」


 湊へと視線を戻す。


「このあたりは今は清浄だ。だがすぐ近くに悪霊が巣食いやすい場所がある。あえていうまでもないだろうが、気をつけてくれ」

「……はい」


 おそらく先日山帰りに通りかかったため池のことだろう。播磨の見たのは、そちらの方角だった。


「相変わらず、顔色の悪い人間ね〜」

「ここにきた時より、マシにはなったよね」


 温泉に入っていた雷神と風神が飛んできた。

 彼らにタオルは必要ない。ぺたぺたと縁側を歩くその足から水など滴るはずもなく、身体もすでに乾いている。


 雷神が播磨に近づき、顔を傾けて横から播磨の顔を覗き込む。

 せっかくよくなっていた顔色が再び青くなった。背筋も物差しが差し込まれたように伸びる。


「……これは、だいぶお疲れだわ。お気の毒ね。電撃ショックいっとく?」

「するなら、事前に伝えますけど」


 自由な雷神を止める術はない。ただ播磨の衝撃を軽くしてやることならできるだろう。

 湊も雷神の電撃は体験済みである。全身に電流が駆けめぐるが、効果は保証できる。

 ぜひやってもらうとよろしい。


「……いや、俺の時は疲れというより、筋肉痛だったな」

「いっくわよ〜」

「まあ、効くだろ……たぶん。播磨さん、雷様が電気ショックのようなものをかけてあげるって仰ってます」

「……は?」


 戦々恐々となった播磨の背後に、超絶笑顔の雷神が立った。


 声なき悲鳴があがる中、縁側の間近を麒麟が砂塵を巻き上げて駆けていく。その風圧であたりに舞う桜が対流を起こし、渦を巻いた。

 霊亀が御池の外周を亀にあるまじき速度で回り続けている。水面から跳んだ応龍は、その瞬間、最高高度記録を塗り替える快挙を成し遂げた。


 はらりはらりと舞い散る桜の花弁とともに、クスノキが躍るように樹冠をうごめかせる。

 石灯籠の周りだけは空気が違うように、ただ光が明滅していた。

 

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