8 カエンの眷属誕生
アニメのPV第2弾が公開されました。
長たち(四霊)の威厳に満ち満ちたお声をご堪能くださいませ!
https://m.youtube.com/watch?v=BqoipcH1Arg
クスノキの木陰でノートパソコンを眺めていた湊は、ふいに視線を上げた。
渡り廊下に、イチョウの葉が舞う。
直後、クスノキの樹冠から弾丸めいた速度で葉が放たれ、サクッとイチョウの葉を貫き、大池へと落ちた。
しゅわりと消え失せたのはイチョウの葉のみ。残ったクスノキの葉は、水面でゆらゆらとゆれている。
その様は、勝利の舞を踊るようだ。
「クスノキ、そんなにイチョウ気に入らないの?」
苦笑しつつ見上げると、枝上にクスノキの本体がいた。
苔玉めいた姿で腰掛け、細い脚をプラプラさせている。さらに、頭に生えた小さな葉っぱを回していた。
その仕草は、すねた子どもにしか見えない。
「あんまりイチョウをいじめないようにね」
ぽんと飛び降り、額に乗ってきた。
「うーん、あったかい」
頭の形に沿って滑り落ち、床ではねたかと思うと座卓に飛び乗った。
コロコロと転がってぶつかったのは、木彫り。
成長した鳳凰を彫った物である。その形を確かめるように、クスノキが包み込むように触る。
「どうかな、うまくできてる?」
試しに訊くと、木彫りの尾羽根を繰り返しなでた。思うように掘れなかった箇所である。
「――俺もそこはちょっと失敗したと思ってる。言い訳じみているけど、彫刻刀がいまいち使いにくくてね」
彫刻刀は年季が入っている。己で研いではいるものの、さすがにそろそろ限界のようだ。
「だから買い替えようと思って、いま調べてるとこ」
指差すノートパソコンの画面に映っているのは、彫刻刀。当然ながら購入する際は実物を見て、触れてからと決めているが、ひさびさ、否、はじめての購入になるため、調べていた。
いまの彫刻刀は、表札づくりを教えてくれた師匠からの頂き物だ。
教わった期間は、たった一週間であった。小学生の頃、湊の彫刻刀の使い方に不安を覚えた父が、夏休みを利用して、表札づくりを生業とする人物のもとへ連れて行ってくれたのだ。
到底免許皆伝とまではいかなかったが、最後の日に『これからも精進しなさい』と彫刻刀のセットを渡されたのである。
ほどなくして、その師は亡くなった。形見に近いそれらは、とても使いやすく、購入するなら同じ物がいいのだが、あいにく見つからなかった。
「――ないなら、諦めるしかないか……」
どうしようもないことだ。
しかし別の彫刻刀を購入しても、毎度思うだろう。前のほうがよかったと。
「いっそのこと、まったく違う物にしようかな」
クスノキの精がトコトコとパソコン画面に寄り付き、のぞき込む。そこに、カービングナイフを映し出す。
「これ、どうかな。結構よさそうだよね」
といっても、クスノキにはわかるまい。
「ナイフ一本で木を彫るって憧れでもあるからね」
クスノキが、カービングナイフの刃部分に触れた。
「残念だけど、感触はわからないよ」
悔しげに画面に頭突きを食らわす様子は、微笑ましい。笑みを浮かべた時、鋭い視線を感じた。
見れば、石灯籠の前にエゾモモンガがいた。
ちんまりと佇むその身は煤にまみれ、背後に開く神域で炉火が燃えている。
カエンはいま、鉄器の制作に打ち込んでいた。そのため、助手がほしいようで、眷属をつくっている。
「カエン、でてきたんだ。眷属はできた?」
「もう、できたのじゃ。――否! もうちとかかるのじゃ!」
なぜか叫んで前言撤回したカエンは神域へ飛び込み、開口部を閉ざしてしまった。
湊はクスノキと顔を見合わせる。
「どうしたんだろうね?」
はて? と己にもわからぬと、クスノキも胴体を傾けた。
そんなことがあった、数日後。
カラリと晴れた昼下がり、のっそり神域から出てきたカエンが大きく息を吸い込み、声を張った。
「麿の眷属ができたのじゃー!」
居間から湊が顔を出し、クスノキのもとで伏せた山神と大池の岩で霊亀が片眼を開ける。さらに御山に面した塀の上に、テン三体が現れた。
そうして、縁側に集まった。
みなの視線を独り占めするのは、ふんぞり返るカエンの横に佇む鳥である。
それは、もと飛行機であった。改造してずいぶん縮んでしまったが、カエンの背丈の数倍はある。
細く長い嘴と脚。ぬっと首が伸ばされると、そこも細長い。
「サギだ」
湊のつぶやきに、カエンが頷く。
「そうじゃ、コサギなのじゃ」
「あ、本当だ。冠羽があるね」
コサギが首を動かすと、ひょろりと後頭部に垂れた冠羽がしなった。これは通常、繁殖期にしか生えないのだが、サギを見分けるわかりやすい特徴の一つであった。
この国には、三種類の白い鷺がおり、その中で一番小さいのがコサギとなる。
ちなみに白鷺という名の鳥はいない。
ともかく湊は『鳥遣いさん』と見知らぬ者にも呼ばれるようになったため、それなりに鳥に詳しくなっている。けれども、カエンの眷属をコサギだと当てられなかった。
なぜなら。
「カエン、このコ白くしないの?」
そう、コサギは白くない。嘴や脚も黒くないし、足さえも黄色くない。
全身、鋼色である。
コサギは、鉄でできていた。
機械仕掛けの眷属といったところか。鍛冶の神の眷属にふさわしいといえるかもしれない。
「うむ、色はつけんのじゃ」
カエンがいうと、コサギが頷いた。機械めいた外見であろうと、その動きは滑らかだ。
そのうえ、飛行機だった時に、あちこちに飛び出ていたボルトは一本もない。文句のつけようもない外見である。
「名は、タタラという」
「いい名前をつけたね」
『ええ名ぞい。そして、ようできとるぞい』
霊亀を筆頭に、セリたちも笑顔で褒め称える。
「そうですね、見た目も立派です」
「だな。まさかここまで一気に腕を上げるとは思わなかったぞ」
「すごいよ、カエン! 全然ポンコツそうに見えないよ!」
「むろんじゃ! ポンコツではないからじゃ!」
張り切っていったカエンはタタラの細い脚をよじ登り、背に回った。
くるりとタタラが横を向くと、首の付け根部分にくぼみがあり、そこにカエンが収まった。
その前足が握るのは、ミニサイズの操縦桿である。
飛行機の名残をあえて残したようだ。
「タタラは、カエンが操縦しなきゃ飛べないの?」
「否。こやつだけでも飛べるのじゃが、気分じゃ」
そういったカエンの目元にゴーグルがかかる。その前足が操縦桿を引くと、タタラが翼を広げた。
羽ばたき一つで、空へと舞い上がる。わあ、とみな口をあけて見上げた。
ぐるりと楠木邸の上空を旋回したあと、逆さまになった。アクロバット飛行に、湊は真顔になった。
「鳥は普通、ああいう飛び方はしないと思うけど」
「お試しだよ、お試し!」
飛び跳ねるウツギの言う通りなのだろう。
何しろ、眷属である。普通の鳥ではない。
「そうですね。それにあのコは、もともと飛行機としてつくられたモノですから」
「だな。飛行機らしさもしかと残っているということを見せたのだろう」
眼で追うセリとトリカも笑いながらいった。
全員が見上げるなか、コサギは方向を変えて御山へと飛ぶ。
山肌に沿うように上昇していく途上、四方から風の精が集まってきて、追いかける。
団体様は山頂で方向転換し、滑空しておりてきた。
タタラが羽ばたくと加速。群がる風の精を置き去りにし、楠木邸に戻ってきた。
速度に似合わず、ふんわりと元の位置に着地し、翼を畳む。
操縦席に座したままのカエンは、顎を上げて得意げである。
「どうじゃ」
「すごかった。――カエンも速く飛ぶのが好きなのかな」
速度命の山神に負けず劣らず、そのケがあるのだろうか。
「そうでもない。麿は、のんびり空を飛ぶ方が好きなのじゃ。今回は、わが眷属の性能を見せてやっただけなのじゃ」
「それはよかった」
やはり優美なるサギには、ジェット機めいた飛行より、ゆったりと空を舞う方が似つかわしい。
思った時であった。カエンが操縦席から飛び降りるやいなや、タタラが頭を下げた。
ギギギ。
突如、油の切れた機械製品めいた音を立てた。
しかも動作までぎこちなくなっている。
突然の変貌に、湊をはじめ、テン三体も驚愕の表情になる。
「しばし休ませてやるがよい」
いまの今まで黙していた山神の指示に、うむ、とカエンは素直に従った。
カエンが神域への穴を開くと、コサギが首を曲げて入り込む。
ギッチョン、ギッチョン。耳障りな音を鳴らしつつ部屋の隅まで進み、敷き詰められた鉄器類に着くやいなや、うずもれるように身を横たえた。
眷属は、その基である神がつくりしモノに囲まれているとしごく安心するという。
それを証明するように、タタラも心地よさげに寝息を立てはじめた。
だが湊は、やや心配になった。
「疲れたのかな」
「うむ、まだ生まれて間もないゆえ。致し方あるまい」
カエンは、入口をなでるようにして開口部を閉ざした。
そして、湊に向き直った。やけに生真面目な顔をしている。
「長らく世話になったのじゃ」
その言葉から、湊は察した。
カエンは御山へいくのだと。
カエンが寝床にしていた石灯籠へ目をやると、空っぽになっていた。
「――世話だなんて。俺は大したことしてないよ」
カエンが楠木邸で過ごした期間は、数か月にすぎない。
当初、しばらく眠りたいとのことだったが、意外に早く起きた。心を開いてくれるまで、多少の時間は要したものの、それもいまとなってはよき思い出である。
「麿は、御山に行くのじゃ。ゆえに――」
その前足に、小さな座布団が現れた。
「麿が寝床にしていたこの座布団、持っていってもよいか」
「もちろん。それはカエンのためにつくってもらった物だからね」
いまも山神の巨軀を受け止め続けている巨大な座布団を購入した店で、特注でつくってもらったのである。
ふわふわとうれしげに尻尾を動かすカエンの前足から、その座布団が消える。
入れ替わるように、きらめくモノが現れた。
ふっくらとした丸みを帯びた木の柄。湾曲した短い刃の先端は、尖っている。
カービングナイフであった。




