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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第1章

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6 あの騒ぎをもう一度






 アメノハヅチに丁寧に見送られ、一行は神域を出た。


「山神さん、いいモノをいただいちゃったね」


 山神は羽衣をまとったままだ。ふわふわと浮き、滑らかに移動している。


「うむ、楽でよき」


 アメノハヅチからいい出したのだ。

 お気に召したのであれば、どうぞお持ちくださいませと。

 向こうはおもてなしのついででもあったろうが、山神もさすがにもらいっぱなしはヨシとしなかったようで、眷属たちが大量につくったさつまいもチップスをあげていた。

 アメノハヅチは、喜んでいた。

 件の女神も。

 つい先ほどまで御魂が悪感情で蝕まれかけていたことなど、噓だったかのように、清廉な神気をまとっていた。

 さつまいもチップスを手にして、少女のように無邪気に笑っていた。

 ぜひとも、そのままでいてほしいものである。

 思う湊の眼前を山神が横切った。


「うむ、なかなか慣れてきたぞ」


 尻尾が縦に振られると、まっすぐ延びる道なりに進む。次に右側だけで振ると左へ曲がり、下側で振ると上へ。


「尻尾で舵取りできるんだ。うまいもんだね」

「和んでいる場合ではありませんぞ」


 感嘆していると、上空を旋回するヤタガラスにたしなめられた。


「ですね、あっ」


 また糸が震えた。アマテラスが荒ぶりかけている。

 説明するまでもなく、山神もヤタガラスも察してくれたようだ。


「いざ参りますぞ、アマテラスのもとへ」

「うむ、参ろうか」


 ヤタガラスが大きく羽ばたき、山神も尻尾を振って加速する。

 ゆるやかな道の先、集落を経たら海となる。

 そこまでいくのだろうか。

 思いながら湊も地を蹴った。




 幸いなことに、海までいかずに済んだ。

 森であった。

 山神とヤタガラスとともに、空を隠すように密生した木々を抜けると、ぽかりとひらけた場所に出た。

 キラリと強く光が目をさし、湊は反射で瞼を閉じる。すぐさま開いた視界に入ってきたのは、泉であった。

 かすかな風に、静謐だった水面にさざ波が立つ。

 その光景を目にした瞬間、湊は心の安らぎを覚えた。

 水には不思議な力がある。ついふらりと近づいてしまいそうになった。


 が、そこではない。

 泉の横手に、いくつもの岩がある。

 重なり合うようなその中央を塞ぐように一枚の大岩があった。おそらく洞穴を岩で塞いであるのだろう。周囲を木々が覆い、隠れ潜んでいるように見えた。

 その前に、神が立っていた。

 後ろ姿であろうと、見間違えるはずもない。


 アマテラスだ。


 ゆっくりと振り向く。

 裾の長い神御衣が舞うように動き、首や腕を飾る勾玉が音を立てた。太陽めいた頭光がまばゆい。

 なおかつ前回の衣装とのあまりの違いに湊は息を呑んだ。

 と同時に安堵もした。今度のお召し物は、透けていないと。

 とはいえ、やはり強い光に目を完全に開けられないでいると、アマテラスの頭光の光が弱まる。


「あら、久しぶりね」


 気安い口調で声をかけてくれた。しかしその顔に笑みはない。

 近づいた分だけ、よりその感情も流れ込んでくるからわかった。

 アマテラスは、とても焦っている。

 その背にある岩が原因なのは明らかだ。

 扉めいた入口は固く閉ざされているものの、冷たい神気を発していた。

 中に、神がいる。

 隠れているのだ。


「お久しぶりです。かなり緊迫した状況のようですね」

「そうなの、あまり余裕がないのだけれど」


 アマテラスの視線が後方へそれ、山神をとらえた。


「山の神よ、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

「気にするな。――そうとう荒れておるな」


 岩を見やる山神の顔まで厳しい。

 今しがたまで羽衣で遊んでいた時と、まったく違う。羽衣もなくなっており、しかと四肢で大地を踏みしめていた。

 ともあれ、「ええ」と山神に答えたアマテラスは、今度はヤタガラスに声をかける。


「というわけでヤタガラス、お小言はあとにしてちょうだい」

「相わかった」


 ヤタガラスも、文句一ついわない。

 それだけ、状況は切羽詰まっているようだ。

 湊は意を決してアマテラスに尋ねた。


「どなた様がお隠れになってらっしゃるんですか?」

「トヨウケヒメよ」


 トヨウケヒメとは、食物と穀霊の神である。

 アマテラスの食事を調達する役目を担う、御饌(みけつ)の神でもある。

 ひとりで食事をするのがさみしかったアマテラスが、直々に指名してそうなってもらったとの言い伝えがある。

 そんなトヨウケヒメが突然、ここに閉じこもってしまった。理由はわからず、アマテラスの声にも一言も応じないという。


 早口のアマテラスから経緯を聞いた湊は、疑問に思った。


「――あの、ちょっとお伺いしたいのですけど」

「なあに?」

「アマテラス様の神域で、トヨウケヒメ様と一緒にご飯を食べてらっしゃるんですか?」

「ええ、そうよ」

「最近は、部屋の換気はされてますか?」


 間。


「たまに?」

「どうして疑問形なんですか」

「たぶんおのずとされているわよ。私が出入りする時に、空気も入れ替わるでしょう」

「一方向しか開けてないなら、入れ替わりませんよ」

「まあ、そうかもね。けど、それがどうしたの?」


 アマテラスはさほど気にしていないようだ。

 ゆえに、素直にいった。


「俺だったら、アマテラス様のお部屋での食事はご遠慮したいです」

「ど、どうして⁉」


 目を見開き、驚いている。青天の霹靂であったようだ。


「どうしてもなにも、空気が悪いですし」

「な、なんてこと。だから、トヨも嫌がってこんな所にひきこもってしまったの⁉」


 非常に動揺したようで、アマテラスの発する神気がゆらめいた。

 そんななか、山神の冷静な声でいう。


「否、それはありえぬ。いまさらかような理由で、かの女神が己が役目を投げ出すことなぞあるまい」

「そうですかな。我慢に我慢を重ねた結果、耐えきれずに行動に踏み切ったという可能性もなきにしもあらずですが」

「ヤタガラスさん、あなた誰の味方なんですか」


 ついいってしまった。

 澄ました顔のヤタガラスは翼を広げるだけであった。

 傍らの山神は、岩へ鋭い視線を向ける。


「さておき、このままではまずかろう」

「ええ」


 アマテラスも表情を引き締めたため、一気にその場の温度も下がった。

 湊は腕に鳥肌を立てつつも、山神に訊く。


「まずいとは?」

「穀物がことごとく駄目になるぞ」

「ええ、すべてよ。この国の土地に植えられた穀物が全部、枯れ果ててしまうの」


 アマテラスが補足する。

 神が隠れることの予想以上の被害の大きさに、震え上がった。

 古来、人間は神に祈り、神に感謝を捧げてきた。

 神がいるからこそ実り豊かになると、人々が身をもって知っていたゆえであろう。


「だから、絶対に出てきてもらわないといけない。――トヨには引きこもりたい深い事情があったとしても」


 眉尻を下げるアマテラスは、申し訳なさそうだ。

 が、固く拳を握る。


「というわけで、協力してちょうだい」


 有無を言わさぬ口調であった。しかし誰も異を唱えない。

 耳を傾ける一同に、アマテラスは手順を説明した。

 まずニワトリを鳴かせ、歌い踊り馬鹿騒ぎをする。それが気になったトヨウケヒメがこっそりとのぞき見るから、引っ張り出せばよいと。

 聞き終わった湊は、つい口にしていた。


「天岩戸伝説と同じですね」

「ええ、そうよ。――わたくしがやられた、あの……」


 突如、アマテラスの神気が膨れ上がり、長い髪が翻る。


「おのれスサノオめッ、あの時はよくも……!」


 ご自身がお隠れになった元凶を思い出した模様。

 かの弟神スサノオは、アマテラスのもとで口に出すのも憚られる所業の数々を行い、それに嫌気がさしたアマテラスは、岩屋に閉じこもったのである。

 ごうごうと燃え立つアマテラスの神気を、山神がぴゅうっと一吹きで吹き飛ばす。


「気を鎮めるがよい。いまはトヨウケヒメのことが先決であろう」

「――ええ、そうね」


 アマテラスは呼吸を整え、落ち着きを取り戻す。

 やや距離を開けていた湊は思った。


「天岩戸の方法で、うまくいきますかね……」

「もちろん、うまくいくわ。必ずのぞくに決まっている。ええ、必ずよ。気になるもの」

「経験者は語るというやつよな。これほど説得力のある言葉もあるまい」


 茶々を入れる山神に、アマテラスは怒ることもなく、頷く。


「そうよ。それで、トヨを引っ張り出したあと、すかさず結界(しめ縄)を張るのが肝よ」


 そういったあと、湊に真剣な顔を向けた。


「ところで、あなた。わたくしの力は遣いこなせるようになったの?」

「――いえ、まだあまり……」

「じゃあ、あなたが岩に結界を張りなさい」

「はい」


 大役を仰せつかってしまった。

 死ぬ気でやるしかない。

 拳を握って気合を入れ直す湊の前で、アマテラスは続ける。


「あとは、誰がなにを担当するかね」

「はじまりの鳴き声と、踊り、それから引っ張る役ですな。ならば、この不肖ヤタガラス、鳴き声の大役を引き受けましょう」

「なにを言ってるの、あなたは踊りでしょう」

「ご冗談を。その大役はアマテラスにしかできますまい。いや、山神殿こそふさわしいか」

「たわけたことをぬかすでないわ。よき見せ場ではないか。アマテラスよ、気張るがよい」

「いえいえ、滅相もない。非常に残念ながらわたくし、踊りは得意ではないの。それに引き換え、ヤタガラスときたら、踊りまでこなせますから。ぜひ、ご覧になっていただきたい。ね? ヤタガラス」

「ですから――」


 と一番肝心な大役を押し付け合う三体を見て、湊はがっくりとうなだれる。


「なにをやっておられるのか」


 気持ちはわからないでもないが、時間がないだろうに。

 湊は三枚のメモにそれぞれの役を書き込み、畳んだ。

 即席のクジである。広げて三体へ差し出した。


「ここは、公正にくじ引きで決めましょう。引いてください」


 強い口調に、三体もしぶしぶ従ってくれた。


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