3 依頼主の神とは
かくして一行はまた田舎道をゆく。湊は胸部から延びる先を眺めた。
「アマテラス様は、そう遠くない所にいらっしゃると思う」
「左様か。我にはわからぬ」
「山神さんでもわからないんだね」
「かの女神は隠れるのがうまいゆえ」
湊がちらりと左肩を見ると、ヤタガラスは神妙な顔をしていた。
「大体の位置はわかります。あと数キロ先といったところですな――」
といったあと、ピタリと嘴を閉じ、斜め上を凝視した。
湊も倣う。新たな神気が近づいてくる。
それは、刷毛で引いたような雲を蹴散らし飛んできた。
金色の光である。あっという間に迫り、すぐ近くの木の幹に突き刺さった。
矢だ。
その上に、ニワトリが乗っている。
立派なトサカもさることながら、派手な色彩に湊はぽかんと口を開けた。
蓑めいた赤い羽毛と、黒い尾羽。どちらも長く、風もないのになびいている。
眼光が鋭く、顔つきもいかめしい。
ただでさえ、鳥類の表情はわかりにくいため、威圧感しかない。
だが、その声は存外やわらかかった。
「おひさしゅうございます、方丈殿!」
「うむ。相変わらず忙しないやつよ、息災のようだな」
「もちろんでございます」
とのやりとりのあと、湊を見た。
「よう、人間!」
気さくだ。まばゆいその顔面も笑い顔のように見えてくるから不思議である。
そして、その身から発する神気で、ニワトリもまたアマテラスの眷属だと知れた。
「どうも、はじめまして」
「おう。ヤタガラスに付き合わされたのだろう、お気の毒に。だが、しょうがないな。なんといってもアマテラスに力を貸し与えられているのだから」
うむうむ、とひとりで満足げに頷いたあと、ヤタガラスを見た。
「ところでヤタガラスよ、いつまでグズグズしている。はよう、かの神のもとへゆけ。待ち焦がれているぞ」
「なにゆえ。かの神との約束は明日だろう」
「バカモノ、なにを勘違いしておる。約束の日は、今日だ」
「なんだと!」
羽毛を逆立てるヤタガラスを山神がジト目で見た。
「やはり慌てものであったか……」
とつぶやくその斜め上でも、ニワトリが憐れみの眼で見やる。一つため息をつくと、ニワトリは幹から矢を引き抜き、矢じりを空へ向けた。
「わが使命は果たした。では、さらばだ!」
バシュッと射られたように雲の隙間へ飛んでいった。あまりに展開が早すぎて、湊は突っ立ったままであった。
「いまさらなんだけど、あのニワトリさん、なんで矢に乗ってたの?」
「神の眷属ゆえ飛べぬことはないが、矢の方が疾いゆえ」
山神が答えると、ヤタガラスが飛び立つ
湊の眼前で翼を広げ、厳かにのたまった。
「やむをえん。アマテラスのもとへ向かうのではなく、依頼をしてきたかの神、アメノハヅチのもとへ参りますぞ」
アメノハヅチとは、織物の神であったか。
思う湊に、ヤタガラスが翼の先端を向け、言い放つ。
「そなたがアマテラスの代わりを果たすのだ!」
「そんな無茶な!」
悲鳴じみた声をあげようと、その決定を覆すことはできなかった。
✽
トントン、カラリ。トン、カラリ。
機屋に、機織りの音が響く。
機屋の戸にひらいた隙間から室内をのぞき見る湊は思った。
キリギリスの鳴き声とはまったく違うなと。
とはいえ休みなく、規則正しく奏でられるその音は耳に心地よい。
部屋の真ん中で、一柱の女神が木製の機織り機を操っていた。
トントン、カラリ。トン、カラリ。
軽やかな音に合わせ、ごくごくわずかに伸びていく織物は美しい。視線を引きはがすのが困難なほどに。
橙色の小さな花の集合体はキンモクセイであろうか。
その花々のみならず、織物そのものから室内の隅々までを照らす光を発している。
それを紡ぎ出す女神もむろん、見目麗しい。
あでやかな和服をまとい、伏し目にかかるまつげは頬に影を落とすほどに長い。ふっくらとした桜色の唇が濡れたように光っている。
しかしなぜだろう。
淡い笑みを浮かべるその顔は、ひどく恐ろしい。
「私の織物がもっとも美しい……」
うっとりとしたつぶやきに、湊は背筋が凍った。
よろめくようにあとずさる。
キシリ。
かすかに鳴った畳の音に、女神がゆっくりとこちらを見た。
「機を織る姿は、決して見てはならぬと申したであろう」
ひゅっと、息を吸い込み、湊は下を向いた。
「山神さん、脅かさないでよ!」
お約束の台詞を吐いたのは、女神ではない。同じくのぞき見をしていた山神であった。
「ないすたいみんぐ、であったろう」
喉を震わせて嗤う大狼は、尻尾まで盛大に振る。
そのせいで巻き起こった風に、髪やら衣やらをなびかせている神が後方に立っている。
アメノハヅチ、織物の神である。
ゴマ塩頭の中年女性の姿という、はじめてお目にかかる外見だ。しかしながら、神ゆえにその容姿は整っている。まとう着物もシンプルながらも、その存在を際立たせることに一役買っていた。
ともあれアメノハヅチが、ヤタガラスに相談をした神であった。
ニワトリにいわれたあと、ヤタガラスが空間に切れ目を入れ、追い立てられるようにそこへ入ったら、アメノハヅチの神域内だったのである。
そうして、いま戸を隔てた機屋で機織りをしている女神について相談かつ依頼をされた。
どうか、驕り高ぶる彼女の自尊心を消してほしいと。
ゆえに戸口の隙間からこっそりのぞいていたのである。
いまは二十畳あまりの和室にいる。
なお、あちらの女神にはアメノハヅチの神力により、こちらの様子は一切知られていない。
戸越しに女神が機織りを再開したが、その音は聞こえなくなった。
とはいえ、湊は説明のできない恐れが忘れられず、胸部を握りしめた。
カコーン。
キレのある鹿威しの音につられ、湊は広い庭に目を転じた。
一見無造作なようで、その実計算されて置かれたいくつもの石。見事な枝振りの松も石に負けず劣らず素晴らしい。
そんな和風の庭園を眺めていると、やや強張っていた心がほぐれ、表情も和んだ。
それを待っていたように、ヤタガラスが嘴を開いた。
「ではアメノハヅチよ、かの娘の自尊心だけを消せばよいのですな」
湊が室内を見ると、ヤタガラス、アメノハヅチ、山神が輪になっている。
山神が上座の座布団に深く身を沈めているのは、なんとも言い難い。
予期せぬ山神の訪問にも、アメノハヅチがそつなく対応してくれた結果である。
しかしその顔は強張ったままだ。山の神という存在は、やはり別格なのだろう。
さておき、依頼である。
機織り中の娘は、アメノハヅチの系譜だという。
背筋を伸ばし正座をするアメノハヅチは、意を決したように話しだした。
「いえ、もう一つ。アマテラス様への嫉妬心も消してくださいませ」
しんと沈黙が落ちた。アメノハヅチは目を伏せる。
「あの娘は、常々己が機織りの腕は、アマテラス様よりも上だと豪語しております。恐れ多いことです。それは、かの方への憧れの裏返しでございますが、嫉妬にまみれているのです。――今一度ご覧くださいませ、かの娘が織ったモノを」
上に向けられたその両手に、反物が現れた。
うっすら発光するそれは美しい。
だがやはり、湊は気持ちがざわつき、心臓を押さえた。
アメノハヅチが静かな目を向けてくる。
「人間であるあなたにも、いえ、人間だからこそ、これに込められた神気を感じるでしょう」
「はい……。あの、とても恐ろしく感じるんですけど」
「そうでしょうね。己の驕りたける感情と神気を織り交ぜてあるのですから」
「機織りに熱中するあまり、神気が入り込んでしまったということですか?」
「いいえ、そうではありません。そもそも己が神気を織り込んではならないのです。わたくしどもが織るのは、他の神々の神御衣のためなのですから」
納得した。言葉は悪いが、作り手の神気をまとっているということは、マーキングしてあるようなものだろう。
神は基本的に、神気を発している。
そうやって自己主張をしているから、他の神気を放つ織物でつくられた衣など、好んで着たがる神などおるまい。
「自己顕示欲の塊よな」
山神に不快げに反物を見られ、アメノハヅチは手のひらを振って反物を消す。膝の上で手を固く握り締めた。




