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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第10章

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33 また会う日まで





 そんな経緯で麒麟、応龍、鳳凰はそろって氷河にやってきたのである。

 城壁のごとく立ちはだかる氷の壁の深部に、神宝がある。

 渦巻く銀河と似た輝きを放つそれを手に入れるには、氷河を破壊しなければならない。

 だが、それは霊獣たちの力をことごとく跳ね返した。それぞれが微量に有する神力で対抗するしかない。


 各々思うまま渾身の力をぶつけ続けていると、氷河にわずかな亀裂が生じた。


『あと少しだ。みなで力を合わせよう』


 鳳凰の言葉に、麒麟と応龍も頷く。

 横並びになり、一斉に振り下ろした頭部から神力を放った。

 命中した氷河の亀裂が広がり、割ける。


『やりましたね……っ』


 と麒麟が喜んだ時、地鳴りが起こった。

 周囲の氷という氷が崩れゆく。

 俊足で名をはせる麒麟も、意外に逃げ足は速い応龍も、翼をもつ鳳凰もとっさに動けなかった。

 三体を呑み込まんと、轟音とともに無数の氷塊が落下してくる。


『ひっ』


 あわやというその時、麒麟の頭上すれすれで氷が砕け散った。

 風が吹く。

 苛烈な熱を帯びるそれが三体の上空に吹き荒れた途端、氷がことごとく水に変わった。

 あたたかな雨が降り注ぐなか、三体は見た。

 上空から見下ろす、二体の神獣の姿を。


 白き虎と青い龍であった。




 西方の守護神たる白虎と、東方の守護神たる青龍が氷床に降り立つ。

 二神は巨獣である。

 ちんまりとした四霊にしてみれば、新たに出現した壁といってもいいほどの体格差があった。

 身を固くした麒麟、応龍、鳳凰を見下ろし、白虎が呆れ混じりにいった。


『お前たちは、なにをやっておるのか』

『まったくだ。ここの氷河を壊そうとするなぞ、鬼らすら行わぬ蛮行であるぞ』


 青龍の厳しい声に、応龍が羽を縮こまらせた。

 応龍は青龍に弱い。親のように面倒をみてもらったからだ。

 同じく白虎に大変世話になってきた麒麟なのだが、こちらは反抗した。

 氷床を引っ掻きつつ、吠える。


『白虎っ、なぜ余計なことをしたんですか!』

『素直になればよいというのに』


 つぶやいた鳳凰は、『助かったお二方、ありがとう』と感謝の言葉を述べた。

 ともあれ鳳凰も、南方の守護神たる朱雀にたいそう世話になっているため、この場にかの神獣がいなくて本当によかったと思っている。


『生意気を言うな、麒麟。だいたい、いつも言っているだろう、神界をうろつく前に我の所に顔を出せと』


 そういった白虎の住まいも神界にある。

 白虎は過保護だ。いつまでも麒麟を子ども扱いする。


『うるさいです。どこでなにをしようとわたくしめの勝手でしょう。わざわざ、貴殿の許可などとる必要はありません!』


 足踏みして憤る麒麟を、応龍がからかう。


『麒麟よ、いささか反抗期が長すぎるのではないか』

『なんですか、応龍殿まで! 貴殿だって似たようなものでしょう!』


 麒麟が指摘する通り、応龍の方も青龍の前で項垂れた状態である。

 中空でとぐろを巻く青龍が眼をかっぴらき、冷厳に問うた。


『それで、汝らはなにゆえ、かような無茶な真似をしたのであるか』


 重い息吹が放たれ、吹き飛ばされそうになった四霊がおのおの踏ん張る。震えつつ、応龍がことのいきさつを語った。

 さすれば、麒麟を前足で押さえていた白虎が眼を丸くする。


『なんと、もうかの恩人の家を出るのか! 我もそろそろあいさつにいこうかと思っておったのに』


 とっくの昔に訪れていた青龍が深く息をついた。


『たわけ、遅すぎるわ。白虎よ、おぬしは人間の寿命が短いのを忘れたのか』


 白虎がしゅんと尻尾を下げた。


『そうだったな……。我らとは根本的に違うのだな』


 白虎をはじめ、四神はあまり人間と関わることがない。

 ややあって、白虎は打って変わって明るく言った。


『ふむ。ならば、ぜひともかの者に神宝を贈るといい』

『はあ。ですが、神宝は手に入りそうにありませんけど』


 今しがた氷河はかなり崩落した。しかしながら氷河は、何事もなかったように元の厚さに戻っている。

 いつの間にか、そうなっていた。氷の中の神宝があざ笑うようにまばゆい光を放っている。

 それを一瞥した白虎は、にこやかに笑う。


『ああ。神宝はな、力ずくでは決して手に入らんのだ』

『ならば、どうすればいいんだ?』


 鳳凰が興味深そうに訊く。


『頼むといい』


 四霊が虚をつかれた顔をすると、青龍が補足を入れた。


『神宝に直接言えばよいということだ。これこれこういう理由であなたがほしいと』

『ああ、かのモノも意思をもっているんですね』


 麒麟がいうと、応龍と鳳凰も合点がいった。


『そうか。こちらのモノはたいがいそうであったな。最近現世におったからすっかり忘れていた』

『ああ、向こうの物は意思をもたないからな』


 そう、神の世界のモノはなんであれ、自我をもつのだ。


『ただし、頼んだからといって、神宝は必ず応えてくれるわけでもない。たいそう気まぐれなんだ。お前たちの心根次第だな』


 挑戦的に告げた白虎が脇へよけると、銀河めいた光を内包する氷河があらわになった。

 表情をあらためた三体が、その前に立つ。

 ぶるっといなないた麒麟、羽をはためかせた応龍、翼を震わせた鳳凰が、一斉に口をひらいた。



 翌朝。

 山神に暇のあいさつを済ませた麒麟、応龍、鳳凰は、楠木邸の庭に立つ湊の前に並んでいた。

 旅立つ三体を祝福するかのように、その頭上に蒼穹の青空が広がっている。加えて、数多の鳥が楠木邸を取り囲んでいた。

 それらの視線を意識することもなく、麒麟と応龍が前に進み出た。


『湊殿、長らくお世話になりました』

『然り、ずいぶんと面倒を掛けた』

「いや、そんなことはないよ」


 社交辞令ではなく、湊は心からそう思っていた。

 たしかに金はかかるモノたちだったが、もらった加護の効果でそれ以上に金やら物やらが舞い込んだうえ、この家を汚すような真似はされなかった。実に、行儀がよかった。


 そして、家族のようでもあった。


 ゆえに昨日、この家を出ると聞いた時は悲しかった。

 けれども、鳳凰が旅立ちたくてウズウズしていたのはわかっていたし、ついにその日が来たんだとも思った。

 とはいえ麒麟はもともとここに住んでいるというより、旅の中継地点にしていたようなものだ。これからもあまり変わらない関係でいられるのではないだろうか。

 思っていると、見上げる鳳凰がいってきた。


『世界を一回りしてきたら、またここに来てもよいか?』


 それはいつになるのだろう。

 己がここにいる間に、間に合うのだろうか。

 そう思うも、湊はすぐさま答えた。


「もちろん、いつでも来てよ」


 鳳凰をはじめ、麒麟も応龍も穏やかな顔を浮かべた。


『では、湊殿。最後にわたくしめたちから贈り物がございます。お世話になったお礼ですから、ぜひ受け取ってくださいませ』


 言葉は丁寧であろうと、問答無用である。

 湊も無駄なやり取りをする気はなく、笑顔を浮かべた。


「あ、はい。ありがとうございます」


 といったものの、身構える。

 三体が輪になると、その中央に忽然と光が出現した。淡い光に包まれたモノがある。


「ん? これは、ひょうたん?」


 カタチはそうなのだが、植物ではなく、陶器製のようだ。全体的に濃藍なのだが、下部の膨れた方に、渦巻銀河のようなモノが見える。


『そうです、ひょうたんです。さあ、どうぞ』


 麒麟が頭部を突き出すと、ひょうたんが宙を漂ってきた。

 手に取ると、ぴたりと手のひらに吸い付くような感触で、いたく軽い。

 そして、なんて美しいのだろう。

 銀河を形成する粒の色合いが異なっており、強弱をつけて明るさを変えている。そのうえ、奥行きまで感じられる。

 まるで、本物の宇宙を閉じ込めたようだ。

 いつまでも見つめていたいがそうもいくまい。


 湊はひょうたんから無理やり視線を引きはがし、笑みを浮かべた。


「――飾っておくのにとてもよさそうだね」

『いいえいいえ、どうかお使いください。貴殿が望む液体を好きなだけ出せますから』

「液体って、水とか?」

『ええ、むろん水も出せますが、洗濯洗剤、食器用洗剤、シャンプーでもなんでもござれですよ』

「おお、すごい!」

『ただし、最初にこれから出したい液体を少量入れてください。そうすれば、同じ液体を半永久的に出せますから、日々の生活にお役立てくださいませ』

「素晴らしい……! ものすごくありがたいです」


 湊が喜びをあらわにすると、応龍が言う。


『もちろん酒も出そうと思えば出せる。ワインを入れるといい』

『応龍殿、なにをおっしゃいます。それを教えるなら、まずはビールからでしょう』


 いやワインだ、いえビールですと言い合う二体を横目に、鳳凰が教えてくれる。


『ようは液状のモノであれば、なんでもいいということだ』

「そうなんだ。すごいね」

『そういってもらえるとうれしい。我らが望んで、そうなってもらったからな』

「といいますと?」

『これは、もともと決まったカタチをもたないモノなんだ。他者のために心から求めたものにしか己が身を任せず、そのものが望んだモノにしかならない』


 我の強そうな代物である。

 いったいどなた様がおつくりになったのだろうか。これでもかと強いほど神気を発しているため、製造主が神なのは疑いようもない。

 これで今後、洗剤を買う手間が減る! と喜んでしまったが、早計だったろうか。

 というより、そんなとんでもない代物を洗剤などを生成するモノに変えてしまったとは。

 申し訳なさしかないが、己のためを思ってくれたのだ。態度に出すわけにもいかない。


「そ、そうなんだ。えーと、なにか注意しないといけないことはあるのかな。取扱いにはことさら気をつけるべきとか」

『まあ、そうかたくならずともよいだろう。そなたの手に大人しく収まっているのだからな』


 湊は視線を落とす。

 ひょうたんに触れた箇所が、ほんのりあたたかくなった。


「うん。なんとなくだけど、仲よくできそうな気がする」

『そうか、それはよかった。神宝ゆえというわけではないが、大事にしてやってくれ』


 いま、なんと。


 硬直した湊と違い、家の周囲の鳥が騒ぎ出す。


『では、そろそろいくとしようか』


 そういった鳳凰が翼を根元から持ち上げると、応龍も羽根を広げ、麒麟が足をリズミカルに動かした。


「うん。じゃあ、元気でね」


 湊の別れの言葉を合図に、一斉に飛び立つ。

 鳳凰が南へ、応龍が東へ、麒麟が北へ。


 「いきおったな」


 いつの間にか横にいた山神の言葉に「うん」とだけ返した。

 光と化した三体が消え、鳳凰を追う鳥影が点状になってもなお、湊は庭に佇み、いつまでも見送っていた。




 住民が減っても、楠木邸の日常は変わらない。

 湊は家の窓拭きに励み、山神はクスノキのもとで横たわり、霊亀は大池を泳ぎ、カエンと風鈴がじゃれている。

 ちりんちりん、とひっきりなしに夏の音はしても、空では秋の風物詩のいわし雲が漂い、かすかに稲を刈るコンバインの音も聞こえてくる。

 その恩恵で獲りやすくなる虫をご馳走になるべく、四方から集まってくる鳥は、楠木邸に見向きもしない。


「ちょっと寂しいけど……」


 つぶやきながら、湊は己が顔が映る窓を磨く。

 ワサワサとクスノキが烈しく樹冠を振り、にぎやかに風鈴が鳴るなか、ラバーダックは露天風呂で静かに浮いていた。





第一部、完結


書籍10巻発売中。

書き下ろし、3万字。

ラストがWEB版と異なっております。

詳細はカクヨムの近況ノートにて。


https://kakuyomu.jp/users/_enju_/news/16818792435368050280


よろしくどうぞ!


■誤字報告してくださる方へ

いつもありがとうございます!

本当に助かっております。

今後もどうぞよろしくお願いいたします。


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