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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第10章

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30 いざゆかん、風神のもとへ






 回想を終えた湊は、手のひらをじっと見下ろした。


「あの時は意識しないと風を出せなかったけど、いまじゃ、呼吸するのと変わらないくらい自然に出せるからな」


 自身でも成長を感じた。風の扱いはほぼ会得できたのではなかろうか。

 しかし湊は手を固く握りしめ、強く自身を戒めた。


「――気をつけないと」


 外界――人前では決して、遣わないようにしなければならない。

 鳳凰が捕らわれた折、怒りのあまり我を忘れ、人に対して風を行使してしまった。その時、暴風も吹き荒れたが、周囲に被害は出なかった。

 それは、風神が力を調整してくれたからだ。

 運がよかっただけに過ぎない。

 なぜなら神は、人間と時間感覚が異なるからだ。いったん眠ってしまえば、数日あるいは数年、数百年と寝続けるものである。

 たまたま風神が起きていたからこそ、気を遣ってもらえたのだろう。


「次はないかもしれないし」


 胸に手のひらを当て、風の力の源を意識する。

 ふと思った。


「源とはいっても、ここから力が湧くっていうのもなんか違うんだよね……」


 枯渇どころか、減るという感覚すらない。

 魔法だの魔術だのそういう系統の力には、たいがい容量があるものだろう。霊力も同様らしいのだが、この力は違う。

 いずこからか脈々と力が流れてくるような感じがするのだ。


「紛れもなく、風神様だろうけど」


 その力の根源たる風神は、自身の力を与えたために湊がどこにいてもわかるという。


「これといって意識をしたことはなかったけど、逆に言えば、俺からも風神様の居場所がわかるってことか……」


 風神様は今、いずこに。


 ちょっとした好奇心から、胸に意識を集中させてみた。

 背中から細く長い、糸めいたモノが伸びている。

 と気づいた時、上空に風の精の気配を感じた。

 かなり多いと思った直後、ちりーん! と風鈴が警鐘をかき鳴らし、珍しく声を発した。


『敵襲でござる!』


 その声が終わるやいなや、冷たく重い風が吹き下ろしてきた。面で叩きつけてくるそれは、地面に当たると四方へ広がる。

 まさにダウンバースト。それを発生させる積乱雲もないというのに。

 屋根の上に一列縦隊を組んだ風の精が、口で吹いているからだ。

 風の精はいたずら好きである。

 このあたりを通る際に毎度、あいさつ代わりに風をお届けしてくる。迷惑なことだ。


 もちろん、ただされるがままなはずもない。

 即座に湊も風を吹き上げ、対抗する。風は軒下の位置でぶつかり合い、せめぎ合う。やや押され気味である。

 湊は手をかざしたまま、叫んだ。


「今日は、ちょっと強すぎでは!?」


 風の精がどんどん増えるせいだ。

 数体がこれをやりはじめると遊んでいると思うらしく、わざわざ遠くから馳せ参じ、参加するモノが後を絶たないのだ。

 クスノキの樹冠も前後左右へ傾いているが、葉は一枚たりとも飛んでいかない。

 涼しい顔をして、爆風を受け流している。頼もしい限りである。

 ともあれ、いい加減疲れてきた。

 渾身の風を放つと、風の精にとってはそよ風程度なのか、ケラケラ笑って風の渦に巻かれている。


「キリがないよ……」


 笑い声がする所を恨めしげに見やると、うっすらその姿が浮かび上がってきた。


「うわー、視えちゃったよ。――楽しそうだ」


 回転して遊ぶ風の精たちが確認できた。

 人型なのも驚きであったが、何より――。


「風神様をちいさくしたみたいだ」


 とはいえ風神は、外見に反して子どもらしく喜怒哀楽をあらわにすることはない。

 加えて、人の噂話を勝手に届けてくれることもないのだけれども。

 風の精は今日も耳元で、商店街で耳にした湊に関する話を嬉々として話してくれる。


『あのお、すみません、ちょっとお伺いしたいんですけど。鳥遣いさんっていう人は、何時くらいにくるんですか?』

『なんだいアンタ、わざわざよそから来た野次馬か? 残念だったな、鳥遣いさんは休日はこねぇんだよ』

『ねぇねぇ、おかあさん。なんであのノラネコちゃんはずっと商店街の入り口に座ってるの?』

『たぶん仲のいい鳥遣いさんを待ってるんだろうね。健気だねぇ』


 やけに期待されているようだ。

 どういう顔をしたらいいかわからず、湊は口をムズつかせた。


「悪口じゃないだけよしとすべきなのか」


 正直、知りたくない情報の時もある。かといって、情報自体をいりませんともいえない。

 風の精に悪気はないのはわかっているうえ、いま、その表情も視えてしまった。

 得意げな顔をしている。


『どう? わたし、ヤクに立つでしょ!』


 と言って、二の腕を鉄棒代わりに回る。


「まあ、うん、ありがとう」


 礼を言うと、ぴたりと動きを止めた風の精が弾けるように笑った。赤く色づく顔から高揚しているのは明らかだ。

 幼い子どもそのものである。そう痛感していると、風の精は山の方へと飛んでいってしまった。


 その代わりのように、一陣の風に乗った二体がやってくる。


 他の精霊と外見がやや異なっていた。

 額に小さなツノをもつ小鬼という外見は同じだが、肌の色が濃く、顔に隈取りもある。腰に小さな風袋も持っていた。

 いつもちょっかいをかけてくる二体だろう。


「北風と南風だよね」


 勝手につけていた名で呼びかけると、二体は周囲をくるりと一周回った。


『そうだぞ~』

『ようやく視えるようになったかー』


 高らかな笑い声をあげるその様は、やけにうれしそうだ。

 この二体は受け答えに難がない。他の精霊と比べて知能が高いのだろう。

 ふいに頭の両側に静止した二体は、突如、凄まじい音を口から発した。


『ガガガガ、ガッキン、ゴッツン!』


 激しく衝突する甲高い金属音。


『バッチ〜ン、ドッカーン!』


 肉体同士がぶつかり合うような打撃音。


 どう聞いても戦いの音にしか思えず、湊は息を呑んだ。

 誰だ。

 誰が戦っている。

 より耳をすませて、わかった。


 神同士だ。


 音の中に、山神が天狐や伊吹と戯れた時と同じ、やや変わった音が交じっている。


 神々は、ただその身を動かすだけで音を発するものだ。

 それは声や神気と同じで、固有のモノなのだと湊も判別できるようになった。

 山神であれば、しゃらしゃらと硬めの布がこすれる音。

 天狐であれば、雨だれの音。

 そして風神ならば、渦を巻く風の音。

 いま風の精が口で真似する音の中に、その風神の音が入っている。もう一つ、鼓膜をひっかくような方の音は一度も耳にしたことはない。


 つまり、風神と見知らぬ神が戦っているということだ。


 風神と雷神は強い。

 そのせいで、好戦的な神に戦いを挑まれることが多いという。かのスサノオも風神と出会うたび、挑むとも聞いている。それはともかく。


「いったいどこで戦っているんだろう……」


 気になるところはそこだ。

 応えるように南風が、唸る風音、葉擦れの音、地面をバウンドして転がる音を出した。


「現世……?」


 もしそうであるならば、これだけ激しい神々の戦いなら、甚大な被害が出ていてもおかしくはあるまい。

 最悪の事態が頭をよぎり、顔を強張らせると、北風が極めつけに人々の悲鳴を発した。


「現世じゃないか! なにをなさっているんだ……!」


 確定である。

 風神が負けるなど万に一つもなかろうが、人間たちに頓着はしないだろう。

 音を出すのをやめた二体と、向き直る。


「神様たちが戦っている場所はどこ? この国じゃないよね」


 人々の言語が異なっていたからだ。叫び声で、あまりよく聞き取れなかったが、他国なのは間違いない。

 だが、それがなんだ。

 言葉が違う、肌の色が違う、目の色が違う。

 どうでもいいことだ。同じ人間であり、同族だ。

 とはいえ、いかにして外国へ駆けつければいいというのか。


『任せとけ~』

『われらが連れていってやるぞー!』


 南風が腰の風袋を空へ放り投げた。

 湊の頭上で方形に開き、二体が端を持つ。

 ばさりと頭からかぶせられ、視界が真白に染まった。袋の端々が地面についた途端、ふっと足元が軽くなったのであった。



 布お化けと化した湊ともども、南風と北風がかき消えた。

 あとには、見分けのつかない無数の風の精だけが残された。ハイタッチしたり、手をつないで回転したりしながら、三々五々に四方へと散っていく。

 ひゅるりとイチョウの葉が舞い上がったあと、庭は無風になった。

 ちり~ん。

 風鈴の音だけが敷地内に鳴り渡る。

 その音はいつも通りだ。微動だにしないクスノキも、感情を荒立てる様子もない。

 湊は連れ去られたわけではなく、自らの意志で出向いていったのだから――。


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