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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第10章

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27 山神がいて、ただの弾丸旅行で済むわけがない





 イチキシマヒメとは、航海守護の神として名高い、かの宗像三女神の一柱であろう。

 ならば、このあとの二神はタギリヒメとタギツヒメだ。その証に、目鼻立ちの整った面差しがよく似て、ぬけるような白い肌と艶めく黒い髪がひときわ目を引いた。

 神は総じて造形が美しい。湊も見慣れてきたとはいえ、三柱もそろうと圧倒された。

 たとえその身が小さかろうともだ。

 三女神も舟に収まる小人サイズであった。おそらく舟に合わせて自身の大きさを変えているのだろう。


 イチキシマヒメが小首をかしげた。


「あら、そうなんですの? ああ、だから船柱が少しグラついておりましたのね」


 湊は反射で頭を下げた。


「誠に申し訳ありませんでした!!」

「よろしいのよ。ととさまがちょちょいと直してくださいましたから」


 父神はどなた様だったか、と湊が思い出すよりも早く「スサノオぞ」と山神が教えてくれた。

 宗像三女神は、スサノオとアマテラスの誓約なるモノで産み出された神々である。

 湊も様々な神と知り合ったため、あらためて神話を学び直したから知っていた。

 とはいえ神話は史実ではない。すべてを鵜呑みにすることはできない。山神も神話をさらりと読んで、鼻で嗤っていた。


 そんなことを思い出しているうちにも舟は進む。

 三女神の乗った応龍丸も、帆が大きく膨らみ、加速した。


「それではごきげんよう」

「またいつかお会いしましょうね」

「よい船旅を〜」


 にこやかに手を振る三女神が小さくなっていくのを、眼だけで送った山神が振り返った。


「さて、そろそろ櫓の扱いは慣れたろう」

「まあ、だいたい? とりあえずまっすぐ進めるようにはなったかな」

「ならば、本番といこうぞ」

「――どういうこと?」


 ただの試乗運転ではすまなそうだ。

 湊が身構えると、やおら山神は立ち上がった。


「この川を選んだのは、おぬしの腕を慣らすためだったにすぎぬ。ここは流れが遅い、遅すぎる。これではつまらぬ」


 やる気だ。

 山神は難易度の高い場所へいこうとしている。


「鈍行の旅、大いに結構! 俺は最高だと思うけど!」


 必死に言うも、山神は首を振る。


「ならぬ。かようにちんたらした道行きなぞあくびが出るわ」

「それは、いつものことでは!」

「ならぬ! このままでは寝てしまうわ。そのうえ、舟の性能を試すのならば、いかなる状況でも問題ないことを確認すべきぞ」

「そうかなあ!?」

「むろん。よもや忘れたのであるまいな、この舟を所望したのが誰であるかを。――神ぞ」


 最後のひと言がひどく重く感じられ、反射で肩がはねた。

 やけに真剣な眼をした山神は、地を這うような低音で脅してくる。


「もし神に不良品なんぞ渡そうものなら、おぬしの命は即刻なきものとなろうよ」

「マジか……!」


 スクナヒコナは、大変朗らかで優しそうだったのだけれども。

 荒ぶった姿を想像……しがたく、湊は首をひねった。

 同時、手の中から、櫓の感触が消える。

 ぎょっとする間にも、山神の鋭い指示が飛んでくる。


「座っておれ」


 反射的に膝を折ると、周囲の景色がゆがんだ。

 突如、舟のスピードが上がり、後方へ倒れかけた湊は、舟のヘリをつかんだ。


 瞬時に移動した先は、山間の急流であった。

 遠くから聞こえてくるのびやかな鳥の声。それにのんきに耳をすませる心の余裕など、むろんない。

 舟は驀進する。

 時折左右に現れる切り立つ岩をすれすれで避けつつ、山神の高笑いの尾を引きながら。


「なかなかよき! これぞ、川下りである!」


 全身に叩きつけてくる暴風は、神速で振られる尻尾のせいもあるのだろうか。

 思う湊は声も出せず、まともに目も開けていられない。


 ゆえに、唐突に川が終わることに、気づけなかった。


 突如、身体ならびに内臓が浮き上がる感覚に、湊は血の気が引いた。


「ま、まさか、飛んだぁー!?」


 直下は、落差何メートルあるのか想像もつかない直瀑である。


「左様。そして次なるは、落下ぞ」


 うきうきとした山神の実況は、場違いなことこの上ない。


「ぎゃああああー!」


 湊の悲鳴とともに、舟は放物線を描いて飛ぶ。

 その最中、ぞわりと悪寒を感じ、湊は口をつぐんだ。


 周囲の空気が一変した。


 空気が重く、淀んでいる。

 なぜと斜め下を見れば、林冠から閃光混じりの黒紫色の煙が立ち昇っていた。

 禍々しさしか感じられない。


「あれは、もしかして瘴気?」

「いや、ちと違うが似たようなモノである。それを放つろくでもないやつがおるわ」

「どうして……。ここは神様の世界じゃないの?」


 半眼になった山神が、つまらなさそうに言った。


「神の領域であろうが関係ない。いずこにでも、悪さをする輩はおるものぞ」


 甲高い金属同士がぶつかり合う音が響き、湊は眉をひそめた。


「誰か戦ってるのかな……」


 バチバチと閃光が弾ける煙の中心を見つめつつ、山神は言った。


「うむ。おぬしも知っておるやつが励んでおるわ」


 もやのかかった樹冠から飛び出し、その姿が見えた。

 まあるいその身は桃色。頭の先っぽがやや尖っている。


「桃神さま……!」


 いつぞや神の庭に流れてきた、オオカムヅミであった。

 あの時は、ただ川の流れに身を任せるだけだったのだが、いまは違う。

 その身の下部に生えた葉の先がくるりと丸まり、細長い形状のブツを持っていた。


「あれは剣!? ――いや、枝かな?」


 先端が二つに分かれ、一枚の葉がついた枝で応戦しているようだ。

 山神が重々しく頷いた。


「左様、桃ゆえ。己が身ひとつで戦っておるわ」

「桃神様の木の枝ってすごそう」


 なにせただでさえ、邪気払いに定評がある。

 その通りだったようで、オオカムヅミの枝は刀剣並みの威力を誇っている。

 それと火花を散らし、しのぎを削るのは、金棒だ。

 それを振り回すのは、丸太のごとき腕をもつ、ムッキムキの巨漢。

 粗末な腰布しかまとっておらず、頭部には二本のツノが生えている。


「鬼だ……!」

「うむ、タチの悪いあの世の輩よ」

「あの世の……」

「あやつが放つ瘴気じみたモノは鬼気である。時折、あやつらは神界(こちら)に攻めてきおる。ゆえに、いち早く察知した神が立ち向かうのよ」


 そういった山神は斜め下を見やった。


「しかし今回はちと数が多いわ。多勢に無勢であろう」


 木立の間に丸い窯のようなモノが浮いていた。

 蓋が半分ほど開いており、そこから同じような体軀の鬼がぞろぞろと出てきていた。手に手に金棒を持っている。

 湊はつかんだヘリに力を込めた。


「あんなに多いなんて、卑怯だ……!」

「そう思うのならば、加勢してやるがよい」


 舟はいまだ宙を飛んでおり、山神の長毛がなびいている。


「じゃあ、風を遣って……」

「否、このまま突っ込めばよかろう」


 山神が言う通り、窯は舟の落下地点近くにある。


「信じるがよい、己が育てたクスノキを」


 励ましなのかよくわからぬ声援を受け、湊は覚悟を決めた。


「じゃあ、やるよ……!」


 風を後方へ放った途端、舟は加速する。

 跋扈する鬼を次々と蹴散らし、窯の中央に突っ込んだ。舳先が突き刺さると、バキンと硬質な音が響いた。

 窯が蓋ともども割れ、爆散した。


「ふむ、これでしばらく鬼らはこちらにこれまい。ならばあとは、残りのハエどもを始末すればよき」


 くるりと山神が一回転する。

 尻尾から放たれた風が周囲に山ほどいる鬼を巻き上げ、回転させるうちにその巨漢らが薄くなり、消えていった。

 それが意味することは何か、湊は訊けなかった。


「これくらいでよかろう」


 鬼を一掃した山神は、顎を跳ね上げた。

 ふわりと舟が浮かび上がる。真上に上昇していく最中、湊は舟の下を見下ろした。

 伏した鬼の背中に乗った桃神が枝を振っている。


「桃神さま〜、またいつか~!」


 手を振って応えた次の瞬間、その姿もろとも景色が波打ち、また移動した。

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