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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第10章

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22 過去世があって今世がある





 湊は幾度も転生を繰り返してきている。

 その中で陰陽師だったこともあった。幾世も前のその人生を思い出すことはできなくとも、当時の経験と記憶はしかと魂に蓄積されている。

 見ただけで、あるいは少しやってみただけで、あっさりできてしまうことがままあるだろう。

 そういう場合、たいがい過去世で体験しているものだ。


 努力したことが無駄になることは、決してない。

 いつか必ず役に立つ時がくる。


 そのことを、山神は湊に伝える気はない。

 湊、ひいては他の人間も知る必要はない。それは、神だけが知っていればいいことだ。


 そして湊が、今生で転生を終えることも。


 それを湊が知るのは、本人が望むように人として死んだあとでいい。

 なお湊の今生は、ご褒美のようなものである。

 最期に現世を楽しんでおいで、といった風で、もう乗り越える試練もなく、ただのんびり穏やかな生涯を過ごせる予定であった。

 にもかかわらず、様々な厄介事に巻き込まれている。

 それは、山神が目をつけたからだ。

 神域に囲い込んだせいでもある。

 かわいそうになどとは思わない。身勝手な神ゆえ。


 山神がふさふさと尻尾を振っていると、湊は筆を置いた。


「山神さん、ちょっと見てよ」


 視線のみを向けると、書籍と描き立ての護符を並べてみせられた。

 祓いの力の確認をしてくれという意味ではなく、自らの符が本職と比べていかがと訊きたいのだろう。

 ふさりと尻尾を振り、山神は頷いた。


「よき。本のやつとなんら遜色はない。高値で売れるであろうよ」

「お褒めいただき恐縮です。売る気はないけどね」


 いまのところ、湊が符を卸す先は、播磨家のみである。

 湊が〝播磨家お抱えの符術師〟と呼ばれているのを、播磨家訪問時に、小耳に挟んだ。

 神にとって、物理的な障壁――家の壁や建具、天井や床などもなんら問題にならない。家人と使用人たちがどこで何を話そうが丸聞こえであった。

 実際、かの家に行き、場所を知ったいまなら、ここからでも聴くことは可能だ。


「無駄に疲れるゆえ、せぬが」


 つい本音をもらしてしまうと、符を座卓に置きかけていた湊が弾かれたように面を上げた。


「山神さん疲れてるの!?」


 しまった。余計なことを聞かせてしまった。

 湊は心配性である。

 カエンへの接し方にも顕著に表れているように、いささかその度合いがすぎる。

 神力が知覚できるようになった今なら、こちらの神力がまったく衰えていないのは、わかるであろうに。

 思いはすれど、誤魔化しておく。


「なあに、単なる寝疲れである!」


 瞬時に巨大化し、ついでに全身から太陽ばりの光を放出した。

 不意打ちを食らった湊は「目がぁ〜ッ」と叫んで、目元を覆う。


「無駄に力を遣わなくていいから!」


 と文句をいうその手が持ったままの符を見やった。


「なにゆえそれは売らぬ。あの眼鏡なら気にせず買うであろうよ」

「――そうかもだけど。いざ描いてみたものの、やっぱり違うなって思ったんだよね……。ちゃんと習ってもいないし、意味もわからないまま描いていいものでもないなと」

「生真面目よな。ろくに意味なぞわかっておらん輩がただ写し、より一層わかっておらん者らに売りつけておるであろうに」

「うんまあ、そういう退魔師もいるらしいけど」


 湊は顔をゆがめ、苦々しそうにいった。

 かつてを思い出しているわけではないようだが、もとより正義感は強い。許しがたいのだろう。


「おぬしがやれば、詐欺ではあるまい。他の者に売りさばかぬのか」


 さすれば、いまよりさらに稼げるのはわかりきっている。

 だが金銭欲も薄い湊はそんなことはしない。わかっていてもあえて尋ねた。

 神は、人間を試すのが好きだからだ。

 山神は、湊が答える間にも魂の変化を注視し続ける。


「特に考えてないよ」


 やや不思議そうなその言葉に偽りはない。その証に、魂は形や色を変えることも、まして臭いを放つこともなかった。


「左様か」


 己の声に喜色が滲んでしまったのは、意図したことではない。

 それに気づいているのかいないのか、微笑みを浮かべた湊は、新たな和紙を手に取った。

 そうして、またも難しい顔をして悩み出した。


「やっぱり書き慣れた字が一番なのかな。でもなぁ――」


 はらりと、その手元にクスノキの葉が舞い落ちた。湊はその軸をつまみ、くるくると回す。


「あ、そうだ。クスノキの葉の絵にしようかな。俺らしいよね?」


 たしかにそうかもしれない。


「うむ、しかしそればかりなのはいかがなものか」


 といいざま、風でイチョウの葉を飛ばし、湊の横手から滑り込ませた。


「あ、イチョウの葉もいいね」


 湊の指先がイチョウの葉に触れそうになった瞬間、どさーっとクスノキの葉が降ってきた。

 座卓に小山を築く量に、山神は半眼になった。


「クスノキよ、嫉妬なぞ見苦しいぞ」


 浅く口を開け、呆気にとられている湊の頭上で、樹冠の葉という葉が一斉に下を向き、尖る先端が山神に狙いを定めた。


『うるさい。余計なことをするな』


 といっぱしの口をきくが、舌っ足らずの幼児声である。

 何しろクスノキはまだまだ幼木だ。人間らには立派な木に見えるであろうが。

 とはいえ、その性格はいかんともし難い。

 幹や葉が放つ癒しの効果は、類を見ないほどにもかかわらず、クスノキは凄まじく好戦的である。


「こやつめ、ほんに生意気よな」


 生みの親たる〝木の神ククノチ〟と、腹が立つほど似ているのであった。



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