22 過去世があって今世がある
湊は幾度も転生を繰り返してきている。
その中で陰陽師だったこともあった。幾世も前のその人生を思い出すことはできなくとも、当時の経験と記憶はしかと魂に蓄積されている。
見ただけで、あるいは少しやってみただけで、あっさりできてしまうことがままあるだろう。
そういう場合、たいがい過去世で体験しているものだ。
努力したことが無駄になることは、決してない。
いつか必ず役に立つ時がくる。
そのことを、山神は湊に伝える気はない。
湊、ひいては他の人間も知る必要はない。それは、神だけが知っていればいいことだ。
そして湊が、今生で転生を終えることも。
それを湊が知るのは、本人が望むように人として死んだあとでいい。
なお湊の今生は、ご褒美のようなものである。
最期に現世を楽しんでおいで、といった風で、もう乗り越える試練もなく、ただのんびり穏やかな生涯を過ごせる予定であった。
にもかかわらず、様々な厄介事に巻き込まれている。
それは、山神が目をつけたからだ。
神域に囲い込んだせいでもある。
かわいそうになどとは思わない。身勝手な神ゆえ。
山神がふさふさと尻尾を振っていると、湊は筆を置いた。
「山神さん、ちょっと見てよ」
視線のみを向けると、書籍と描き立ての護符を並べてみせられた。
祓いの力の確認をしてくれという意味ではなく、自らの符が本職と比べていかがと訊きたいのだろう。
ふさりと尻尾を振り、山神は頷いた。
「よき。本のやつとなんら遜色はない。高値で売れるであろうよ」
「お褒めいただき恐縮です。売る気はないけどね」
いまのところ、湊が符を卸す先は、播磨家のみである。
湊が〝播磨家お抱えの符術師〟と呼ばれているのを、播磨家訪問時に、小耳に挟んだ。
神にとって、物理的な障壁――家の壁や建具、天井や床などもなんら問題にならない。家人と使用人たちがどこで何を話そうが丸聞こえであった。
実際、かの家に行き、場所を知ったいまなら、ここからでも聴くことは可能だ。
「無駄に疲れるゆえ、せぬが」
つい本音をもらしてしまうと、符を座卓に置きかけていた湊が弾かれたように面を上げた。
「山神さん疲れてるの!?」
しまった。余計なことを聞かせてしまった。
湊は心配性である。
カエンへの接し方にも顕著に表れているように、いささかその度合いがすぎる。
神力が知覚できるようになった今なら、こちらの神力がまったく衰えていないのは、わかるであろうに。
思いはすれど、誤魔化しておく。
「なあに、単なる寝疲れである!」
瞬時に巨大化し、ついでに全身から太陽ばりの光を放出した。
不意打ちを食らった湊は「目がぁ〜ッ」と叫んで、目元を覆う。
「無駄に力を遣わなくていいから!」
と文句をいうその手が持ったままの符を見やった。
「なにゆえそれは売らぬ。あの眼鏡なら気にせず買うであろうよ」
「――そうかもだけど。いざ描いてみたものの、やっぱり違うなって思ったんだよね……。ちゃんと習ってもいないし、意味もわからないまま描いていいものでもないなと」
「生真面目よな。ろくに意味なぞわかっておらん輩がただ写し、より一層わかっておらん者らに売りつけておるであろうに」
「うんまあ、そういう退魔師もいるらしいけど」
湊は顔をゆがめ、苦々しそうにいった。
かつてを思い出しているわけではないようだが、もとより正義感は強い。許しがたいのだろう。
「おぬしがやれば、詐欺ではあるまい。他の者に売りさばかぬのか」
さすれば、いまよりさらに稼げるのはわかりきっている。
だが金銭欲も薄い湊はそんなことはしない。わかっていてもあえて尋ねた。
神は、人間を試すのが好きだからだ。
山神は、湊が答える間にも魂の変化を注視し続ける。
「特に考えてないよ」
やや不思議そうなその言葉に偽りはない。その証に、魂は形や色を変えることも、まして臭いを放つこともなかった。
「左様か」
己の声に喜色が滲んでしまったのは、意図したことではない。
それに気づいているのかいないのか、微笑みを浮かべた湊は、新たな和紙を手に取った。
そうして、またも難しい顔をして悩み出した。
「やっぱり書き慣れた字が一番なのかな。でもなぁ――」
はらりと、その手元にクスノキの葉が舞い落ちた。湊はその軸をつまみ、くるくると回す。
「あ、そうだ。クスノキの葉の絵にしようかな。俺らしいよね?」
たしかにそうかもしれない。
「うむ、しかしそればかりなのはいかがなものか」
といいざま、風でイチョウの葉を飛ばし、湊の横手から滑り込ませた。
「あ、イチョウの葉もいいね」
湊の指先がイチョウの葉に触れそうになった瞬間、どさーっとクスノキの葉が降ってきた。
座卓に小山を築く量に、山神は半眼になった。
「クスノキよ、嫉妬なぞ見苦しいぞ」
浅く口を開け、呆気にとられている湊の頭上で、樹冠の葉という葉が一斉に下を向き、尖る先端が山神に狙いを定めた。
『うるさい。余計なことをするな』
といっぱしの口をきくが、舌っ足らずの幼児声である。
何しろクスノキはまだまだ幼木だ。人間らには立派な木に見えるであろうが。
とはいえ、その性格はいかんともし難い。
幹や葉が放つ癒しの効果は、類を見ないほどにもかかわらず、クスノキは凄まじく好戦的である。
「こやつめ、ほんに生意気よな」
生みの親たる〝木の神ククノチ〟と、腹が立つほど似ているのであった。




